陽光の騎士と腕輪ー
朝の光に照らされる石畳の街を歩き、ベルとミリィは大陸警察の地方支部へ向かう。胸の奥には、アンジュたちのことへの不安と、腕輪で変身できない自分たちへの焦りが入り混じる。
「今日は……ちゃんと連絡取れるといいな」
「アンジュさんたちのこと、少しでも分かるといいですね」
支部の重厚な扉を押すと、中には制服姿の警官が一人。ベルは息を整えながら声をかける。
「すみません、大陸警察のマリーナ・ベイ・マリス警部と連絡を取りたいのですが」
警官はうなずき、受話器に手を伸ばす。ベルとミリィは、その場で少し緊張しながら待つ。
先ほどの警官に促され、ベルとミリィは支部の奥の部屋へと案内される。部屋には大きな通信モニターがあり、映し出されたのは鋭い目つきのマリーナ・ベイ・マリス警部の姿だった。
「心配していたぞ。今までどうしていた?」
「アンジュたちは神殿騎士に拘束されている。誘拐監禁事件として、私の部下がすでに現場に向かい、救出作戦を進めている」
「そ、そんな……私たちも――」
「今は動くな。君たちが勝手に動けば、救出作戦が複雑になり、危険が増すだけだ」
「わ、わかりました……ベルさんも」
「うん、わかった……」
「それから、もし他の街に移動する必要がある場合は、必ず大陸警察支部に立ち寄り、所在を報告すること」
ベルは手首のバングルに視線を落とす。変身できないもどかしさは消えない。しかし、マリーナの指示に従うしかないと自分に言い聞かせた。
「私も状況が整い次第、君たちのもとへ合流する。焦るな。今は次の指示を待つのだ」
通信を切った後、ベルはミリィを見て小さく息をついた。
「……よし、ここは我慢するしかないね」
「ええ……でも、ベルさんと一緒なら少しは安心です」
二人は互いに手を握り、支部を後にした。街の雑踏に溶け込みながらも、心の奥ではアンジュたちのことが絶えず気にかかる。
「……さて、今日も夕食を食べに行こう。いつもの宿屋で」
「はい、ベルさん」
暗くなる前の街を歩きながら、二人は少しでも普段の生活に近い時間を過ごそうと心を決めた。バングルのこと、変身できないこと、神殿騎士の存在、すべてが胸に重くのしかかっていたが、それを隠すように空元気を出しながら、二人は笑顔を作って宿屋へと向かうのだった。
宿屋の一階、いつもの酒屋。今夜もベルとミリィは、ほっとする時間として夕食の席に着いた。だが、ふと視線を上げると、驚くべき人物が隣に座っていた。
長身の男――ルーシェが、無言でテーブルにつき、まるで当然のように料理を眺めている。戦闘装備ではなく、カジュアルな私服姿で。初めて会ったときのだらしなくも整った印象のまま、ゆったりと腰を下ろしていた。
ベルは思わず椅子を引き、ミリィも体を縮める。
「え……な、なんでここに……?」
「べ、ベルさん……あの人……」
ルーシェはゆっくりと二人を見下ろし、口元にわずかな笑みを浮かべた。
「こんばんはー、君たちもここで食事かい? 僕もついでに座っちゃったよー」
二人は顔を見合わせ、ただただ固まる。何も悪いことをしているわけではないはずなのに、なぜか背筋がざわつく。
ベル(心の中で) なんなの...この人……?
ミリィは小さく頷き、手をベルに添える。ベルも少し落ち着きを取り戻し、仕方なく箸を手にする。
ルーシェはテーブルに手を置き、ふわりとため息をついた。
「まぁ、せっかくだし、静かに食事でも楽しもうじゃないかー。急ぐ理由もないしね」
ベルとミリィは言葉を失いながらも、無理に笑みを浮かべて箸を動かした。
初めて、二人きりじゃない「夕食の時間」。少し奇妙だけれど、どこか新鮮な気持ちで、食事が始まった。
ルーシェはテーブル越しに、柔らかい笑みを浮かべながら二人に問いかける。
「ねぇねぇ、君たち、どこから来たの?」
ベルは少しぎこちなく答える。
「えっと……隣の村です…」
ミリィも小さく頷き、口を挟む。
「はい……私たち、その……ちょっと用事があって、街まで…」
ルーシェは興味深そうに首を傾げ、続ける。
「ふーん、じゃあ、明日はどこへ行く予定なの?」
ベルは咄嗟に答える。
「教会に……ちょっと用事があるんです」
ミリィも頷く。
「ええ、腕輪のことを調べてもらうんです……」
ルーシェは目を細め、クスリと笑った。
「なるほどー。で、君たちは何が好きなのかなー? 食べ物とか、遊びとか」
ベルは少し考え込みながら答える。
「食べ物は……甘いものが好きです」
「私は……本を読むのが好きです……」
ルーシェはうなずきながら、さらに質問を重ねる。
「ふーん、じゃあ明日は何をするつもり? 教会だけ?」
ベルは小さく肩をすくめる。
「ええ……たぶん、それだけです」
ミリィはベルの横で少し不安げに言う。
「なるべく……大人しくしてます……」
ルーシェは満足そうに頷き、テーブルに肘をついて二人を見つめる。
「ふーん、そうなんだー。君たち、なんだか面白そうだねぇ。いろいろ聞きたくなっちゃうなー」
ベルとミリィは心の中で警戒しつつも、表面上は少し笑顔を作って答える。
昨日のことも、相手が何者かも分からない。だけど今は、ただこの時間をやり過ごすしかない――そう思いながら、二人は箸を手に、無理やりでも食事を続けた。
「あ! そうだ!」
思い出したように、ベルは席を立ち、ルーシェをまっすぐ見据えた。
「そもそも、その腕輪……あなたが付けたんですよね? 一体どういうつもりですか!?」
ミリィも横で固まる。ベルの真剣な目つきに、ルーシェは少しだけ目を細め、ふわりと笑った。
「おやおや、覚えてくれてたんだー。そう、確かに僕が君に付けたんだよー」
ベルは息を詰め、問い詰める。
「外してください! これ、どうしても気になるんです!」
ルーシェは肩をすくめ、ゆったりと答える。
「ふふっ、簡単には外せないんだよー。僕が付けたものは、僕だけが外せるのさ」
ベルは怒りと焦りが混じった顔でルーシェを睨む。
「そんな……どうしてそんなことを!」
ルーシェは飄々と、テーブルに肘をつきながら言った。
「いやー、君のこと、ちょっと面白がってみたくなっただけさー。別に悪気はないんだよー」
ベルは腕輪を見つめ、指先で軽く触れてみるが、やはり外れる気配はない。
ミリィも小さくため息をつき、ベルの肩に手を置いた。
「……ベルさん、落ち着いて……」
ベルは深呼吸をして自分を落ち着ける。
ベル(心の中で) ……外せるのはこの人だけ、か……
ルーシェはそれを見て、にやりと笑った。
「さてさて、これからどうするんだい、君たち?」
二人にとって、この腕輪の存在はただの不安材料だった――外せるかどうかも分からないまま、少しずつ緊張が増していく。
ルーシェはベルの腕輪をじっと見下ろし、にやりと笑った。
「それはねー、『陽光の腕輪』と言うんだよ。それはとてーも、とてもありがたーいものさ」
ベルは眉をひそめ、腕輪を見つめる。
「『陽光の腕輪』……?」
ルーシェは手の指で軽く腕輪をなぞりながら言った。
「そう、身につければ太陽神の加護が受けられる。それもかなり強力なね」
ベルは思わず声を荒げる。
「そんなもの、いりません! 今すぐ外してください!」
ルーシェはふふっと笑い、少し首を傾げる。
「やっぱり、あれかい? 夜になっても変身できないのは、寂しいのかい?」
ベルは胸の内で、もやもやとした不安が込み上げるのを感じながらも、腕輪を握りしめた――。
ベルは思わず声を震わせた。
「変身って……一体、なんの……」
ルーシェは腕輪を指で軽く弾き、にやりと笑う。
「隠さなくてもいいんだよー。僕はずっと見ていたんだ」
ベルの心臓が跳ね、ミリィも手に力を込めた。
「――あの森の、湖の前で、君が男の子になるところをねー」
ベルとミリィの顔が一瞬、青ざめる。戦慄が二人を走った。
ルーシェは視線を二人に向け、楽しげに続ける。
「銀髪の男の子――そう、『魔王殺した』に――なるところをねー」
ベルは唇を震わせ、言葉が出ない。
ミリィも思わず目を伏せ、胸の前で手を組みしめた――。




