太陽剣ー
ルーシェの瞳が鋭く光った。
「さて…僕の剣、見せてあげようか──太陽剣『ジークバルド』」
その瞬間、大剣の刃先が眩い黄金の光を帯び、まるで太陽そのものを切り出したかのような輝きを放った。光は路地を一瞬にして昼間のように照らす。三人は思わず目を細める。
バロムが高速で突撃するも、リックが突きで間合いを取ろうとするも、アンジュが鉄鞭を振るおうとしても──その瞬間、刃先から発せられた光が直線状に伸びた。眩さの中で空気が切れ、風圧が三人を押し戻す。
「うわっ!」
バロムの足元が吹き飛ばされ、リックは剣を振るいながらもそのまま後方へ転がる。アンジュも短剣で光を受け止めようとするが、刃の光は鋼鉄すら容易く焼き切る勢いで、短剣を弾き飛ばす。
光は路地を満たし、三人を完全に包み込む。まぶたを閉じても眩さは消えず、圧倒的な力が全身を押さえつける。瞬く間に三人は地面に崩れ落ち、路地の壁にぶつかり、全員が動けなくなった。
ルーシェは歩みを止めず、太陽剣を軽く振るう。その度に黄金の光が跳ね、圧倒的な存在感で三人を圧迫する。彼の表情は楽しげだ。戦いの興奮に目を輝かせながらも、手加減を感じさせない。
「僕の剣、どうだい? 三人まとめて、太陽の洗礼──!」
光が消えると、三人は路地に倒れ伏したまま、息も絶え絶え、動くことすらままならない。圧倒的な力の前に、ただ打ちのめされるしかなかった。
ルーシェは太陽剣を軽く構えたまま、微笑むように言った。
「僕のこの太陽剣はすごいんだ。こんな路地裏で扱うのはちょーーっと怖いけどね」
アンジュもリックもバロムも、ようやく呼吸を整えようとするが、体が言うことを聞かない。手足が鉛のように重く、立ち上がろうとしてもまるで身体から力がごっそり抜けたかのように、動かない。
ルーシェは軽く刃を振り、路地の空気を震わせながら続ける。
「本気を出せば、この大陸くらいは焼けるんじゃないかなー?」
アンジュが短剣を握り直すも、指先に力が入らない。リックは剣を構え直すも、脚が踏ん張れない。バロムも拳を上げようとするが、胸の前で止まったままだ。
ルーシェは肩をすくめ、にやりと笑う。
「もちろん、試す気はないよ。だって僕は優しいからね」
その笑顔の下で、剣から発せられる光の余韻はまだ残り、三人の身体の奥底から力を奪っていた。戦闘力というよりも、身体そのものの存在感を奪われるような──まるで太陽そのものが、意志を持って奪い取るかのようだった。
「無理だよ──」ルーシェは静かに言った。「太陽は僕らに元気をくれる。逆に、奪うこともできるんだ」
その言葉と共に、三人はなおも立ち上がれず、路地に沈黙が落ちた。圧倒的な力は、目に見えない形で確実に三人を押さえつけていた。
アンジュは這いつくばったまま顔を上げた。
「太陽など……わたくしの父たる炎神の前では、焚き火も同じ。ちゃんちゃらおかしいですわ」
意地で立ち上がろうとしたその鼻先に、鋭く光る太陽剣の切先が突きつけられる。
ルーシェはにやりと笑いながら、剣先をわずかに揺らした。
「知ってるよ。教会の特記戦力、炎神の娘――『ウィル・アンジェリース・フィン・フランヴェルジュ・アインツバーグ』ってね。有名だもんね」
アンジュの目が一瞬ぎらりと光るが、ルーシェは続ける。
「教会は本気みたいだから、おもしろいよねー。こーんな、何処の馬の骨ともわからない女の子を捕まえてさー」
アンジュが力を込めて踏ん張る。
「大して強くもないくせに」ルーシェの声に、アンジュの歯ぎしりが響いた。
剣先の光が二人の間で揺れ、路地裏の空気を焦がす。立ち上がろうとするアンジュの意志と、圧倒的な力の間で、緊張の糸が張り詰めたまま、三人は息を詰める。
アンジュは額に汗を滲ませながら、這いつくばったまま言葉を吐き出す。
「言わせておけば……訂正なさい! 私の父は――」
ルーシェは軽く首を振り、にやりと笑った。
「いないよー。そんな炎神なんてそもそも、この世界にはいないのー」
アンジュの視線が鋭くなる。
「それこそ……」
「この世界にいるのは、太陽神を始めとした十二柱の神々のみ。教会の信じる炎神や大地母神なんて、いないんだよー」
ルーシェの声には、嘲るような軽やかさが混ざっていた。
アンジュは力強く拳を握り、ゆっくりと立ち上がる。
「それこそ神殿の――」
「そうだよ。この世で神殿こそが絶対。神殿は世界をあるべき姿にするんだよ」
アンジュの目が揺らめくが、声には揺るぎがなかった。
「あなた達が信じるなら、それもまた正しいのでしょう。けれども教会は、世界を正しい姿にしなければなりません」
ルーシェは肩をすくめ、軽く笑う。
「相容れないねー、ほんとに」
アンジュも小さく頷く。
「本当に」
路地裏に張り詰めた静寂の中、二人の信念のぶつかり合いが、言葉だけで周囲の空気を重くしていた。
陽光の斬撃に押され、膝をついたアンジュ、リック、バロム。三人とも身体の力が抜け、立ち上がることすらままならない。ルーシェは楽しげに首を傾げ、太陽剣を振るうタイミングを計っている。
「さてー、このままでも十分かなー。でも、もう少し……」
ルーシェが笑みを浮かべた瞬間、路地の向こうから微かな振動。瓦屋根をかすめる足音――彼の背後に0ー
バロムが一瞬だけ身体を震わせ、魔力を迸らせる。光の刃を避ける間合いがわずかに生まれる。
「……行けるか?」リックがアンジュの視線を受け取り、ギリギリで剣を構え直す。アンジュも短剣を握り、腰を低くして立ち上がろうとする。その瞬間、ルーシェの太陽剣が三人に迫るが――バロムの魔力が切り裂いた空間が、一瞬の隙を作った。
「行きますわよ!」アンジュの声で三人が動く。膝をついたままのアンジュは、短剣を振り抜きルーシェの剣をかすめる。リックは剣を前に突き出し、ルーシェの足元を狙う。バロムは胸の前の拳を叩きつけるようにして、魔力を凝縮した一撃を放った。
ルーシェは微笑みを浮かべながら光の刃を一瞬止める。
「おっと、すごいねー。攻撃が来るなんてー」
だが、そのわずかな隙間でも、三人には動くチャンスができる――立ち上がり、間合いを取る。完全に体力を奪われる前に、退く判断を迫られたルーシェは、軽く剣を振るって後方に距離を取りつつも、その瞳は楽しげに輝く。
「やるねー、三人とも。けど、この太陽剣の前じゃー、まだまだ力不足だよー」
ルーシェはゆっくりと大剣を振るい、再び陽光の刃を放つ――しかし、三人は息を整え、次の動きを考えながら後退する。
路地裏に響く光と衝撃の余韻。三人は完全に圧倒されていたが、わずかな希望の光――逃げる隙間と、反撃の余地が、まだ残されていた。
ルーシェは肩をすくめ、にやりと笑った。
「教会の特記戦力がこんなもんだなんて、やっぱり教会も大したことないねー」
アンジュは怒りで声を震わせる。
「黙りなさい!教会は、世界の人民の平和と安息のためにあるのですわ!」
ルーシェは長身をゆったり揺らしながら、軽く首を傾げる。
「違うよー。世界の人民はね、神の使いたる僕らが導いてあげなきゃ、じゃなきゃかわいそうだろ?」
アンジュの瞳が鋭く光った。
「それは傲慢と言うものですわ!」
ルーシェは淡々と、まるで事実を述べるかのように笑う。
「仕方ないさー。劣るものは、より優れた者によって導かれなきゃ、幸せにはなれないんだからね」
アンジュは一歩前に踏み出す。声に力がこもる。
「そんなことはありません!幸せとは、人民一人一人が、自ら築きあげるものなのです。教会は、それを見守り、時に助けるだけ――それで十分ですわ!」
ルーシェの笑みが、少しだけ揺らいだように見えた。
ルーシェは、肩をすくめてニヤリと笑った。
「ふーん、なるほどねー。君の言う“見守るだけ”ってやつ、格好いい言葉だねー。でも、教会が何もせずに見守るだけで、世界が本当に平和になれるかなー?」
アンジュは膝をついたまま、顔を上げて睨みつける。
「それは、私たちの信じる道ですわ!たとえ神殿騎士が世界を掌握しようとも、私たちの道は揺るぎません!」
ルーシェは大剣を軽く横に傾け、太陽の光を反射させる。路地に陽光の筋がきらりと走る。
「へぇー。揺るがないのかー。面白いねー。じゃあ試してみようかー」
その言葉と同時に、太陽剣から放たれる光が路地を満たした。まばゆい光に三人の身体が重くなり、足が動かなくなる。力が抜ける感覚、血の奥まで奪われるような感覚――身体を動かすことすらままならない。
アンジュは必死に短剣を握り直す。鞭を捨てた手が、わずかに震えている。
ルーシェの太陽剣に体力を奪われ、三人は路地に膝をついたまま動けない。アンジュが短剣を握りしめ、最後の力を振り絞ろうとするも、身体は思うように動かず、口から声も出ない。リックもバロムも同じく、完全に力を奪われたままだ。
「ふふ…今日のところはこれくらいにしておこうか」ルーシェの声が背後で響く。三人が意識を必死に保とうとするその瞬間、路地の奥から現れた神殿騎士たちが無言で迫る。大剣や鎖で素早く三人を拘束し、立つことすら許さない。
アンジュが必死に抵抗しようとするも、束縛され、短剣は握ったまま身動きが取れない。リックもバロムも、もはや抗う力は残っていなかった。
「今は.-おとなしく従いましょう-」アンジュが目で訴える。リックはかすかに頷き、バロムは無言のまま、拘束される。
そのまま神殿騎士たちは三人を路地の奥へと連れ去っていく。太陽剣を背に残したルーシェの微笑みだけが、路地に残された力尽きた三人を見下ろす。
街の路地裏には、ただ風の音だけが響いた
神殿騎士たちに連れられ、三人は街外れの神殿施設へと移された。広く、白く整頓された廊下の奥に案内される。アンジュ、リック、バロム、それぞれの装備は剥がされ、武器も取り上げられた。
「リーダー…」リックが小声で呟く。アンジュは深く息をつき、ソファに腰を沈めた。
部屋は一見すると普通の客室のようだ。机と椅子、ソファ、ランプが置かれ、外界の光を取り込む窓もある。しかし鉄格子がはめられ、扉には厚い鉄板が打ち付けられている。壁の中にも何重もの鉄板が仕込まれているのだろう。魔力がほとんど反応しないことに、アンジュはすぐ気づいた。
「……これはマズイですわ」アンジュの声に、リックも真剣な表情でうなずく。「脱出作戦を練りましょう」
バロムは無言のまま拳を握りしめる。その背筋からは、どこか冷たい決意が滲み出していた。
外の鉄扉の向こうでは、ルーシェや神殿騎士たちが、悠々と施設内を歩き回っているのがうかがえる。完全に封じられたこの空間で、三人は力を温存しつつ、次の一手を考えなければならなかった。




