第二話
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「執行四課から来ました、瀬川みなみです。よろしくお願いします」
その女は、新たに市ヶ谷のペアになる女であった。ショートヘアに小綺麗な顔は暗殺組織に向いていない顔だといえる。
「第三係長の市ヶ谷朔夜。よろしく」
年齢の割に妙に落ち着いた雰囲気は、彼女との距離が離れる理由にもなりえた。しかし瀬川はその程度では退かなかった。
「係長、なんとお呼びすればよいでしょうか」
一瞬だけ市ヶ谷は瀬川の顔を見て答える。
「市ヶ谷でも、朔夜でも何でもいいよ。俺は階級なんて気にしてないし、二歳しか違わないけどみなみさんの方が年上だし。敬語も使わないでいい」
重厚感ある椅子に深く座り、その対面には瀬川がソファに座っている。
「…じゃあ、朔夜、でいい?」
少し笑った顔で答え、市ヶ谷もそれに応える。
「分かった。みなみ、よろしくな」
大学の先輩・後輩として生活していてもおかしくない二人が、社会の裏で人を殺すことほど歪なものはこの世にないだろう。
「人も殺せない、書類もまとめられないお前に何の価値があるんだよ!」
「すみません…」
桜木花莉奈の件から二、三か月が経った頃、行硝部行硝三課に左遷された松江の精神は擦り減っていた。行硝部の仕事は暗殺対象の資料作成や公的書類の偽造など多岐にわたる。それ故、伊〇一の中ではかなりの激務になっている。しかし、行硝部に配属される者は出世争いに敗れた輩や執行部の適性が低い者が大半を占めており、負け犬意識が強くパワハラなど日常茶飯事である。
それでも離職率が低い理由は、圧倒的な給与と徹底した秘密保持という名の暗殺があるからだろう。つまり、秘密を外部に漏らそうとした者はその前に暗殺されるという意味だ。
「まだ終わってないのか。早く終わらせてくれないと課長に迷惑かかるんだよ。それで怒られんの俺だからマジで頼むよ」
「すみません…」
高校入学して間もない頃に強制的に入隊させられたものの、類まれな神威の操作技術で執行部の出世街道に乗るかと思われていた。そんな執行部一筋の松江にデスクワークなど難しくないわけがなかった。
残業に上司からの圧力、優秀な後輩からの嘲笑。十七の松江にとても耐えられたものではない。行硝部に入部して早二か月、既に精神は限界を迎えていた。そんな松江のもとに、元上司の市ヶ谷から連絡が来る。
『今日終わったらご飯どう』
行きたいのは山々だが、仕事量が多すぎて夜遅くなってしまう。市ヶ谷に迷惑が掛かってしまう。だがそんな気遣いをする余裕すらなかった。
『行きたいんですけど仕事が多すぎて遅くなっちゃいます』
『何時くらい?』
『十時くらいです』
市ヶ谷も何か察したのか、はたまた勘なのか、快く承諾した。
『分かった』
そして店の地図を送る。松江にとってこれは___最後の光だった。
二人は赤坂本部から近い焼鳥屋にいた。二十歳未満でありながら、偽造公的証明書のおかげで酒を飲むことができる。しかし酒に良さを見いだせていない市ヶ谷と真面目な松江との席に酒は不要であった。
「松江、最近どうだ。うまくやれてる?」
疲労によってやつれた松江の顔を見て言う。
「いや、執行部のほうが何万倍も楽ですよ。毎日上司から怒鳴られてますし」
松江の顔は深刻さを物語っている。そして続けてこう言う。
「辞めたい、です」
市ヶ谷はこの時、松江から何かを感じ取った。暗殺対象を殺す瞬間にそいつから感じる、ある種の諦めに似たようなものが松江にはあった。そして市ヶ谷は自身の勘にはある程度の自信を持っていた。だからこそ考えてしまった。松江の自殺についてを。だが市ヶ谷に生への執着は無い。人の死にも関心は無い。
「…そうか。辞めちゃえば?」
「え?」
松江はまさか市ヶ谷がそんなことを言うとは思っていなかった。仕事に対してしか興味関心がないと思っていた彼が、仕事を捨ててもいいと言うわけがないと考えていた。
「生物に生きる意味なんてない。生まれたから生きているだけ。この仕事だって、これをするために生きているわけじゃない。ただ俺は生きるために仕事をしている」
そして大ジョッキに注がれたオレンジジュースを一口飲んでから続ける。
「俺がいなくなっても誰も困らない。どんな奴にも代わりがいる。俺がいなくなったら代わりのやつが俺の抜けた穴を埋める。だから生に価値なんてない。価値があるなら、俺はこんな仕事できない」
市ヶ谷なりの励ましなのだろうが、今の松江に言ってはいけなかった。松江は“桜木”という生きる理由を失い、生きる意味を今失った。
「そうですよね。生に意味なんてないですよね」
「そうだよ。楽に生きればいいんだ。まあ、俺が今の仕事辞めるってなっても中卒の俺なんかどこの企業も門前払いだろうけどな」
「それ、僕にも言ってますよね」
「あ、ごめん。忘れてた」
「いいんですよ」
何気ない会話でも話した内容が誰かの印象に強く残ることはたまに聞く話である。あの時の言葉に救われたとか、あれがきっかけでこれを目指すようになっただとかそう言った類のものだ。大抵そのような話をした本人は忘れていることが多い。けれど、今日の焼き鳥を頬張りながら語り合った話は、市ヶ谷の記憶に強く植えつけられることになる。




