第一話
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暗闇に潜む二つの影。静寂で平凡な住宅街に、安泰という名の脅威が迫る。二階建てアパートのある一室の前に二人はいた。二人は何も言わず、いつも通りの手順で準備をしている。
一つ目と二つ目の神威は既に起動済みだ。三つ目の神威を起動させる。それと同時にアパートの壁に黒い穴が開いた。直径一メートルほどの狭い穴を通り抜ける。
そのまま部屋の中に侵入する。部屋の中ではテレビがついており、騒がしいバラエティ番組を映していた。そして、そのテレビの前には女がいた。笑いながらテレビを見ている。黒くきれいな長髪にすらっとした体。だからと言って足を止めるわけにはいかない。遂に女の真後ろに陣取る二人。起動している二つの神威の効果によって、何の音も出さず視認もさせずにいる。
二人の目の前にいる女___桜木花莉奈は、今日死ぬ女だ。
折れた短刀のような神威を取り出す。神威を女の心臓付近に向けながら近づける。そして二人で息を合わせ、片方が透明化の神威の電源を切り、もう片方が神威を女の体に近づける。
「え?」
女が振り向き、そう言った。だが問題はない。このまま殺せればよかった。
___よかったのだが。
神威を持った一人の男の戸惑う顔があった。さっきまでのまっすぐな目はどこかに消え、心の揺らぎをそのまま映している。そして彼はこう言った。
「かりな…ちゃん?」
女はよろめきながら二人から離れるように後ずさりする。しかしもう一人の男は冴えていた。すぐに新たな神威を右手で懐から取り出し、女に近づく。女は恐怖のあまり声も出ない。だが、神威を向けたとき、彼女の顔から恐怖が消えた。何かを悟ったのか、それとも諦めたのか、男には見当もつかなかった。彼女は笑っていた。あまりの純粋な笑みに、冷徹な男ですら一瞬殺しをためらうような何かが胸の中に現れた。その時にはすでに決着がついていた。
男はもう片方の男と、桜木花莉奈と共に撤退した。
薄暗い上に小汚いオフィス。そんな、中小企業に擬態した組織が伊〇一である。この組織は、半年以内に凶悪犯罪などを行う人間をあらかじめ暗殺している政府裏公認の組織だ。
「大丈夫か、松江」
そう声をかけたのは執行部執行一課第三係長の市ヶ谷朔夜であった。当時最年少で入隊し、最年少で係長まで上り詰めた御年十八のエリートである。年不相応の冷静さを持ち、任務に忠実で意外と部下に慕われている。
「すみません。本当にすみません」
深々と頭を下げたこの男は、十七歳の松江遼太郎だ。なぜこんなにも謝っているかと言えば、任務失敗は前例がないからである。そもそも、暗殺対象に気づかれたとしても殺してしまえば問題はない。だが、今回の件では市ヶ谷が松江の心理的外傷を避けるために殺さずに支部に撤退した。通常の場合、暗殺対象は暗殺者との関わりがない人物に設定されるかつ、暗殺者は暗殺対象の名前などの情報をあらかじめ知ることができ、このようなことは起きない。松江の場合、暗殺対象の名前を知るとその人が夢に出てくるらしいので名前を見ずに暗殺を行っていた。更に、なんらかのエラーによって松江の暗殺対象に彼の知人である桜木が選ばれた。これらの原因によってこの事故は起きた。
「この人のこと、知ってるのか?」
桜木は恐怖に震えながら部屋の隅にうずくまっている。
「…はい。アイドルやってる子で、僕はファンでしたから」
その答えを聞き、市ヶ谷は深く息を吸う。とりあえず本部の判断に委ねるしかないと考える。
「本部と連絡を取る。転送はそれからだな」
「了解です」
恐らく、松江の処分は厳しいものになるだろう。そして、暗殺対象を決めた行硝部の輩と市ヶ谷にも何らかの処分が下る。
市ヶ谷は桜木に近づき、話す。
「俺は政府公認の暗殺組織の者だ」
「市ヶ谷さんそれ言って…」
「構わないだろ。話の続きだが、俺たちは半年以内に凶悪犯罪を行う人間を暗殺している。そして、その対象に貴女が当てはまった。ただそれだけだ」
彼女の目は目の前にいる男のほうを見ているようでどこも見ていないようだった。
「私…殺されるの?」
「さあ。五分五分ってところかな」
「そう…」
市ヶ谷自身、暗殺対象と話すことは初めてであった。それでも、彼の心に殺しへの抵抗感が芽生えることはなかった。数十人の人間を殺してきた彼にそのような心を持たせるなど不可能なのかもしれない。
「松江、阿鳶の用意をしておけ」
型式番号SF-B200、阿鳶は生物を本部まで転送できる神威である。そもそも、神威は「御霊」というエネルギーをもとに機能する。その機能は物の形によってランダムに決まるとされている。しかし、御霊についてはまだ多くが謎のままである。
本部からの呼び出しにより、市ヶ谷と松江、桜木は阿鳶を使用して本部へ向かった。本部に到着すると、執行部本部長の初声浩一が慌ただしく市ヶ谷のもとへ駆け寄る。相も変わらずスタイルがいいイケおじだが前よりも白髪が増えたように見えるのは仕事柄のせいか。
「市ヶ谷!お前というやつは…本部で大問題になってるぞ!?」
「すみません。やらかしました」
「すみませんで済むならこんなに焦ってないわ!」
相当、本部の臨時中央会議が荒れたのであろう。夏でもないのに初声の額には汗が流れている。
「対象の処遇はどうなったんですか?」
「お前は他人を心配する前に自分を心配したらどうだ?エリート街道真っ只中の男がそんなんじゃ先が持たんぞ?」
「俺はどうなったって大丈夫ですよ」
市ヶ谷は訓練生時代に初声に可愛がってもらっていたこともあり仲がいい。十五歳という若さで伊〇一に入隊し、今日までこの生活に耐えられたのは初声の影響も大きい。
「全く。まあいい。対象は、執行部が引き取ることになった」
「え?」
日は昇り、朝が来る。影は段々と光に消え、この国を明るく灯す。
都内のオフィスの一角に集まる数人の男女。その中に、日高翔利はいた。二十四歳と若く程よく筋肉がついた身体に、俳優のような美顔。身長も高く、誰もが憧れる容姿だった。彼は言う。
「研究所職員とされる者からの内部告発を得ることに成功した。伊〇一はほぼ確実に存在する。そして、その方に例の物を手に入れてもらった。それが、これだ」
日高は頑丈なアタッシュケースから直径五センチほどの円筒形の神威を取り出す。
「これは、型式番号SF-B6400、過袈と呼ばれている物だ。無生物に直径一メートルの穴を開けることができ、時間経過とともに塞がるらしい」
実際に神威を起動し、目の前の机に向ける。すると、難なく机に穴が開いた。他の者らはあっと驚く。
「このような非現実的な力があるのであれば、人を殺すなど容易じゃないか」
「そうだね…でも、どうやって証明するのさ」
日高の横にいる男、飯島紺は疑問を投げかける。丸眼鏡で如何にも知的な彼は、日高の大学時代の友人で会った。
「それは、こちらも神威を使う」
「ほう?」
「さっきこの神威を持ってきてくださった職員がいると話したが、その方に神威を提供してもらえることになった」
声のトーンは段々と上がり、日高がいかに熱い思いを持っているかが分かる。
「その神威を持ち、伊〇一と全面的に戦う。そのためには同志集めが必要だ。こんな非現実的な現象は誰にも信じてもらえない。だから、俺たちだけで事態をいい意味で悪化させる必要がある」
「つまり、こっちから仕掛けるってこと?」
「当たり前だ。それに、このことが公になれば、日本が国際社会から向けられる目は厳しくなる。そして何らかの対応を取らざるを得なくなる」
「確かに。どっちにしろ僕たちへの対応を取れば、神威という魔法の存在が公になってしまうからね。それだけで信用失墜だ」
少しにやけながら飯島が言う。彼も同時に今後の予測不能な展開に胸を躍らせている。
「そういうわけだ。俺たちは神威を持って武力蜂起を行う。だけどこれはただの武力蜂起じゃない。神威を“見せる”ことが目的だ。国が隠したものを、公にする。そうすれば自然と世間が味方に付いてくる」
オフィスに熱気と興奮が混じる。最後に、日高は同志らに宣言する。
「組織の名前は、レナヴァルドにする」




