5)準備
「ヴァレンティナ! ここだよー」
「ベアグリルスーーーー様!」
「あははは、何その呼び方」
「いや、だって……」
ついつい呼び捨てしかけたが、ベアグリルスの格好は茶会で見た貴族の格好ではなく、紺のジャケットに白い襟に金の刺繍入りは王宮の制服、しかも上級文官が着る服で、ここでは完全に場違いすぎるし、周りの人たちは皆遠巻きだ。当たり前だ、ここにいるのは皆、下級か中級の制服を着ているのだから。ちなみにヴァレンティナは下級文官の制服だ。濃紺のジャケットとロングスカート、胸元には所属部署のピンをつけている。
「なんで制服……」
「今日は仕事だけだからね、それより昼食を食べながら話そうよ」
「えっと、うん」
せめて貴族の服であれば、時々タダ飯くらいに来る人がいるので、逆に目立たなかったのにと思いながらも一緒に中に入った。
注文したランチをトレーに乗せて、なるべく端っこの席を選んで座るも、チラチラと視線がくる。これは後で同僚から質問攻めに合うかもしれない。
「堂々としていれば大丈夫だよ」
「いや、無理じゃない? みて、私の制服、下級文官なのよ、中級文官をすっとばして、上級文官の制服着てる人と話してるって何かあるって思われるじゃん」
「そうなんだ。なら、君は王妃様のところでも仕事を持つようになったってことにすればいいよ。そしたら、僕が来てもおかしくないよ。それに、王妃様が君の仕事をセーブするように通達してるだろうし」
「え?」
「そうだ、忘れる前に本を渡すね」
「あ、ありがとう。て、魔具草紙もあるけど?」
「それは僕からのプレゼントだよ。仕事でも使ってるでしょ?」
「うそ! ありがとう〜! 使ってるよー!」
「それにこの本、長期間は貸せないんだ、三週間までなんだ。それと職場の魔具複製も使えないだろうから、頑張って手で写してね」
「職場の魔具複製は私的利用禁止だから、どちらにしても使えないの。でもありがたいわ、最新の魔具草紙だよね! これ専用の筆まである〜、すごーい、最大ページ1万ページ?! 牽引魔法もついてるー!」
「喜んでもらえて良かったよ」
「三週間以内に読み込むわ」
ウキウキで持ってきた手提げ鞄に詰め込んだ。まさかの最新の魔具草紙がもらえるなんてラッキーだ。魔具は平民でも頑張れば買えるがやはり贅沢品にちかいお値段なのだ。
「君、周りには言ったの? 候補だって」
「あー、それなら周りが誤解してたからそのままにしてる。王妃様が通達してくれたおかげで、あれの手伝いというか記録係だと思われているみたい。女性で貴族の書記官って少ないじゃない? まー筆頭候補者以外、皆興味ないじゃないかなー二人の名前しか出てこないもの」
「確かに……」
二人でご飯をつつきながら、近状報告をかねて少し仕事の話になってしまった。私の仕事は書記官だが、主に記録係でもある、例えば打ち合わせの時の会話の記録や、食堂の仕入れ時の記録なんてものをする。そのために仕事柄よく魔具草紙を使うのだ。
ベアグリルスも文官なので、魔具草紙をよく使うらしいけど、仕事的には国内外の情報収集や過去の記録を探したりなんて事もするらしい。
「やっぱり語学だよねー」
「もしかして上級文官目指してたの?」
「……うん。給料がいいでしょ? だから目指してたんだけど、学院でもどうしても語学だけは成績が伸びなくて、なんとか上級クラスには入れてたけど、そこの末席だったのよ」
上級クラスに入れれば、王宮で働く場合それなりの地位になれるし、色々とためになるとは思って頑張っていた事もあったのだ。懐かしい思い出。でも、それは自分の能力の限界と、自分の立ち位置的に無理だと気づいたけど。
「そうだったんだ、じゃー僕たち隣のクラスだったんだね。学院でも会えたかもしれないのに、どうしてきてくれなかったの?」
「言ったでしょ、末席だって。成績を落とさないように休み時間も予習復習するだけで精一杯だったの。……殿下が登校してるのは見かけたことがあるわ、いつも人に囲まれていたから見つけやすかったよ」
「あー確かに人だかりはすごかったよねー」
笑いながら、ふとベアグリルスの手が止まった。
「そうだ、殿下がさ、シノノメ家について調べてる」
「へー、私が遊び相手だったってことはバレた?」
「まだだけど。反応が薄いな〜」
「まーいつかはバレるだろうとは思うけどー。シノノメ家についてでしょ? 殿下なら見れるのかな? えっと、実はシノノメ家については、今閲覧ができないだよね。王家管轄になったかららしいだけど……。たぶんあまり調べない方が良いと思う」
「それって……」
外向けの笑顔を添えて小声で伝えると、ベアグリルスは何か言いかけて口に手を当てて考え始めた。
「……ヴァレンティナはさ、このままで、その、いいの?」
「良いも何も、今仕事があって好きな事もできる、衣食住がある。満足してるよ」
「……君は、伯爵令嬢だよ」
「名ばかりのね。名誉だけじゃ生きていけないだよ。お金と衣食住、それと趣味かな、それがないと人生楽しくないでしょ。私はそれを持ってる、凄くない?」
「そっか……」
「あ、そうそう、来月に私国外旅行するんだけど、大丈夫かな? 結構前から旅行業者に予約してて」
「あぁ、それなら大丈夫だよ。個人旅行じゃなくて旅行業者使ってるなら、把握されてるだろうし。まぁ一応、書面でなにかしら残しといた方がいいかな。宛先は、王宮で僕宛にしといて、一応書類を作って処理しとくから」
「ありがとう〜。良かった〜もうお金振り込んでてさ、今キャンセルすると半額しか戻ってこないんだよ〜」
「あはは、旅行が好きなの?」
「うん! 就職した時にふらっと旅行業者の広告を見かけてね、そのままツアー申し込んでからハマっちゃって!」
今までどこに行っていたかをベアグリルスに話すと、結構出かけてるんだねと驚かれてしまった。
もっと話していたいが、昼休みはあっという間に終わってしまう、諦めてお互い職場に戻れば、案の定同僚から何があったのかと質問攻めに会ってしまった。
もちろん、主語を抜かして、色々勉強不足だったから婚約者候補についての本を借りたのだと言えば、勝手に解釈してくれて王宮のしきたりって部署が違うと全く触れずに過ごせるから、移動すると大変だよねと、皆納得してくれた。嘘はついていない。
ほっとしつつ、午後の仕事を終えて帰宅すれば、外は夕暮れ色だ。アパートの入り口にはカウンターがあり、管理人のデニス夫妻がちょうどいたので声をかて荷物が届いていないか確認すると、ちょうど旅行業者から小包がきていた。
奥さんが荷物を取を探している間、カウンターに寄りかかりながら旦那さんがチュッパという棒のお菓子を咥えた状態で聞いてきた。禁煙中で我慢できなくなるとこのお菓子を咥えているのだ。
「荷物。ヴァレンティナちゃん、今年はどこに行くんだい?」
「今年は、キーワナオ国に行きます!」
「どこだいそりゃー」
「やだねーあんた、姪っ子の嫁ぎ先がそこの国だよぉ、結婚式で行ったでしょうが。はい、小包だよ」
「ありがとうございます」
「あーーあの小さな島がいっぱいある国か!!」
「そうです! 主要な島は大きな橋で繋がってて、綺麗だそうです」
「確かに綺麗だったわ〜あそこは良かったわよ〜」
「本当ですか!」
「じゃー今回は船旅だね〜」
「そうなんですよー! なのでちょーっと長い休みをいただきました!」
「ちょっと大丈夫かい? あの国移動費用がかなりかかるよ」
「あははは、金欠でーす!」
「あんたねー!! また水だけで生活して倒れるのはやめておくれよ」
「大丈夫です、職場の食堂であまり物をもらえるルートを確保したんで! それにお金はまだリカバリー効くんで!! 今のうちに遠い国行っていこうと思うんですよ! 帰ってきたらガンガンシフト入れるんで大丈夫ですよー……たぶん」
言った後に、そういえばセーブするように言われてた事を思い出したが、そんなのポイっと記憶の彼方に投げておく。
「聞き捨てならない呟きが聞こえたけど、まぁ、今しかできないからねーそういうことは」
夫妻に呆れられながら部屋に戻れば、早速小包を開ける。
中身は行程表の冊子に、ツアー参加者の証明書用のラゲージタグ、バッチ、それに注意事項や有料サービスの案内に、おまけの袋。
「ふむふむ、船にはプールもあるのね。これはムアグ島で買った水着の出番じゃない! 布面積が少なくて我が国では着れない水着! あ、でもー乗船者の国籍によるかなーいやーでもー向こうでも着れるし、大丈夫。旅の恥は書き捨てよ」
楽しみすぎる、今回の旅の見どころはやっぱり、船と島を行き来する路面電車、そして自然とあの島の歴史が詰まった遺跡だ。
「あぁああああ! 旅行の準備しなきゃーぁぁぁあ!! でもベアグリルスから借りた本も読まなきゃー!!」
とりあえず旅行カバンは引っ張り出して、広げておく。旅行に必要なリストを書き出し、今のうちに入れられるものを入れる。例えば、サングラスに帽子! そして、明るい赤紫色のワンピース! 向こうは常夏に近い国で原色カラーの服が多いから、この国では派手な色でも向こうでは派手はではないのだ。旅行先で一目惚れして買ったけど、部屋着としてしか使えてなかったワンピース!
「よーし! がんばるぞー!」
部屋に残っているパンとハムとチーズでサンドイッチにして、片手で食べながら、借りれてきた本を読むも、結構難しい言い回しが多く、ちょっと理解しにくい部分がすでに出ていた。
まずは一度全部読み込んでから、書写をしつつ、わからない部分の注釈をつけていこうと方針を立てながら、時間の許す限り、読み耽った。
「これって、他の候補者たちは知ってるのかな……」
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【王子婚約者候補選定規定】
第一条(候補者の身分及び血統)
一、王子の婚約者候補として選定される者は、本国に属する正統なる貴族の血統に生まれし令嬢であることを要す。
二、候補者は、父母双方の血統につき、第四世代に至るまで遡り、本国の貴族としての系譜が明確かつ正当に継承されている者に限る。
血統に疑義ある者、または系譜の断絶・隠蔽が認められる者は、これを候補より除外する。
三、候補者は本国の貴族であること。他国貴族、亡命貴族、または帰化後間もない家系の者は、特別な王命なき限り、これを認めない。
第二条(候補者選出基準)
一、候補者は、王室または王立学院の定める教育・教養・礼法・魔素・政務補佐能力において、規定以上の成績および評価を修めた令嬢であることを要す。
二、私的な情誼のみに基づく愛人、または王室の正式認可を受けぬ関係にある者は、いかなる理由をもってしても婚約者候補に含めない。
三、王子一人につき選定される婚約者候補の数は、最大六名を上限としこれを超えてはならない。
第三条(候補者の位置付け)
一、婚約者候補とは、未来の王妃選定を目的とする者のみならず、王子の妃、側室、または王家に連なる正式な配偶者候補全般を包含するものと定義する。
二、婚約者候補は、妃としての礼法および振る舞いを審査する目的のもと、王子と定期的に茶会を行うものとする。
三、婚約者候補は、妃としての活動を遂行するため、王宮より必要な資金の支給を受けることができる。
ただし、その活動内容および支出については、所定の形式により報告しなければならない。
四、婚約者候補は、自らの行動および成果をもって、その存在が本王国にとって有益であることを示さなければならない。
第四条(最終裁可)
一、婚約者候補の選定および確定は、王子による選出の後、王、ならびに王室評議会の裁可をもって、これを最終決定とする。
第五条
一、側室を先に定めた場合、当該者は婚約者候補とは認めず、愛人として扱うものとする。
よって、当該者は婚約者候補の選定対象から除外される。
二、正式な婚約者が確定するまでの間、その存在および関係を秘匿しなければならない。
三、正式な婚約者が確定後、当該者は王命をもって側室とする。




