3)幼馴染
「しのにょ……おまえのなまぇは きょうから シノン!! いいな!」
【シノン】それは王子がつけたあだ名だ。いつしかみんながそう呼んでいたが、誰も呼ばなくなった幼い頃の思い出の名。
声をかけてきた側近の男の一人は、焦茶色の短髪に鼻の上にうっすらと傷跡があった。精悍な男性の顔つきなのに、ニカっと微笑む姿は昔一緒にここで遊んでいた子と同じだ。もう一人はちょっと気の弱そうな顔にクリーム色の癖のかかった髪をしていて、照れながら髪の毛をいじる顔は、いつも絵本を抱えてご本一緒に読もうと誘ってきていた子にそっくりだった。
「!! ハルアスに、ベアグリルス?」
「「あたりー」」
「うそ、二人とも側近になってたんだ」
「そうだよー」
まさかの懐かしい遊び仲間の登場に、思わず大きな声をあげそうになるも慌てて口元を押さえた。周りを見渡せば、後ろに控える側近は二人がすでに話しているのか「先に行く」と言うと私に会釈して、殿下達の方へ向かってしまった。
令嬢達は気づいていない様子にホッとしつつ、3人並んでおしゃべりに興じた。
「よく私がシノンってわかったわね、もう10年ちょっと? くらい会ってないのに」
「そりゃー、変わってないからって言いたけど、リストを確認した時に、見たことある名前だなーって思ってハルアスと話して君を思い出したんだ」
「そうだったのね」
そうなると、殿下のあの驚きは私がシノンだと気づいてたってことだろうか? と思っていると、ハルアスがいたずらっ子の顔をして言った。
「あ、殿下には言ってねーぜ」
「え、そうなの?」
「いまだにシノンは男の子だと思ってるんじゃないかな? 前に王妃様に従者として登用したい言ってたし」
「そうだったんだ。王妃様も訂正されていないのね」
「「うん、面白そうだからね」」
「はぁ、なんで……」
「まーあとは、殿下は君のこと気に入ってたからね。下手に性別教えて、君のこと探し出して侍女になんて指名なんてしてごらんよ」
「あーーー愛人だと思われるわね。でも、それは大袈裟すぎない? ただの遊び仲間だったのに侍女としてなんてないない」
「「……」」
二人は何故か顔を見合わせてため息をついてしまった。
「なによぉ」
「いやー、シノンってこんなに小さかったんだなーってなぁ〜」
「小さいっていうより、やっぱり女の子だったんだなーってねー」
「餓鬼大将だったシノンにはいつもやられてたし」
話を逸らされてしまった感があったが、餓鬼大将とは聞きづてならない。
「そこまでじゃないわよ。ハルアスと王子のほうが餓鬼大将だったじゃない」
「でも、二人をぶん殴れたのはシノンだけだったよ?」
「ほら、第三者のベアグリルスが言ってるんだ、間違ってない」
「うっ……、そ、そんなの小さい時だけでしょ、最後あたりは逆転してたじゃない、だいたい二人ともわざと私に負けてたでしょ」
「あれ?」
「気づいてたの?」
「わかるわよ。手加減してくれてるって、当時は言えなかったけど、ありがとう」
庭園で遊んだ男の子と喧嘩をしていない子はいなかった。まぁ、一番喧嘩したのが王子だっただけで。
ヴァレンティナの言葉に、二人は思わず顔を見合わせて笑った。
「レディーには優しくって習っていたからね」
「そうそう、僕たちは男の子だったから」
「王子は手加減無しだったけどね」
「殿下はさー」「なー」
「そうね、気づいてなかったもんねー」
「「うん」」
「思い出は美しくっていうし、シノンは男の子のままがいいわね。だから、もう私のことシノンって呼んじゃダメだよ」
ヴァレンティナの言葉に二人は少し寂しげな表情をすると、笑みを作って答えた。
「……そうだね。ヴァレンティナ嬢」
「なんかむず痒いね、ヴァレンティナ嬢」
「貴族としては、嬢っていう歳じゃないと思うけど」
「じゃーヴァレンティナだね! 今は王宮の末端で働いてるんでしょ?」
「よく知ってるわね、ベアグリルス」
「まぁね、僕は文官として働いているから、資料はよく読み込むんだ。そうだ、婚約者候補なら王室規定の婚約者に関する本は読んだ?」
「まだ、私の身分じゃ読めなかったわ」
「じゃー僕の方で借りておくよ。次いつ出仕するの?」
「明後日よ」
「じゃー会えるね。明後日、確か青の食堂あたりを使ってるよね?」
青の食堂とは一番西側に位置する食堂の通称だ。王室で働く人々の中で下級に位置する人が利用する食堂なのだが、ベアグリルスが来るようなところではないのは確かだ。
「えぇ、そこを使っているけど」
「じゃーそこで落ち合おう」
「え、いいの? 庭園とかのほうがよくない?」
「いや、食堂の方が安全だよ」
「そうなのね。わかったわ、ありがとう」
「どういたしまして」
とりあえず、これで婚約者候補としての行動規範がわかるので助かる。王宮に問い合わせるのも大変だし。
「なぁ、ヴァレンティナ。シノンがお前って殿下に言わなくていいのか?」
「おい、ハルアス」
「いやよ。恨まれてたら怖いじゃない。昔みたいに腕力があるわけじゃないし、今は非力な女性ですよ。ハルアス達みたいに知ってたわけじゃないのよ? 嘘つきって逆上されたらどうするのよ」
「流石に殿下はそこまでやらないって」
「うんうん」
「クスクス、わかってるって」
ハルアスは口をへの字にして、面白そうなのにって呟くもベアグリルスに脇を殴られて、それ以上言うのをやめてまた話題を変えた。
「はーそれにしても、あんなにお転婆だったのに、こんな淑女の仮面被れるもんだな」
「私も成長したのよ。殿下だってあんなに暴君だったのに、今は品行方正な王子様よ」
「あいつは変わってないよ」
「そうそう、ハルアスの言う通り。ある意味君と同じ仮面を被れるようになった暴君って感じかな」
「くすくす、そうなんんだ。でもそれって殿下が努力されてるってことじゃない」
「「……」」
「どうしたの?」
「いや」
ハルアスの「喜ぶだろうなぁ〜」という呟きはヴァレンティナの耳には届かなかった。
そのあとは「あそこのブランコに乗ってた」「あの池に落ちた」とか指差しながら、取り留めない思い出話しに花を咲かせた。
殿下達とは遠く距離をとったまま庭園を巡り終えた時には、前の集団は消えており、お茶会をしていた場所に戻ってもそこはすでに撤収済みで、残っていたのは殿下の側近達一人だけとなっていた。
「あれ、シオン一人? 殿下達はどうした?」
「あなた達の戻りが遅そうなので、殿下は令嬢達をお見送りするために出口へといかれました。私は連絡係で残ったんです」
「やばっ。申し訳ない、ヴァレンティナ様」
「いえいえ、私も思い出話ができて楽しかったですから、同罪ですよ。ハルアス様」
「二人は、ヴァレンティナ様の幼馴染であると伺いました。殿下が驚いていましたが」
「「ぁーまぁねー」」
二人は顔を見合わせて苦笑している。
「それと、さきほど王妃様からヴァレンティナ様を呼ぶようにと」
「まぁ、光栄です」
「では、引き続き私たちがご案内しよう、思い出話もまだまだあるし」
「……良いかと。ハルアスは独身ですし」
「おい」
シオンの後半の言葉はヴァレンティナには届いてなかったが、二人にはしっかりと届きシオンを睨みつけた。シオンは、肩をすくめて自分は休憩室に戻ると告げると去っていった。
3人はそのまま、庭園から王妃様が待つ部屋へ、幸い周りに人はおらず、変な噂は立たなそうである。
「僕たちはここまでみたいだ」
王妃様が待つ扉の前には侍女と騎士が立っていた。
「ありがとう、二人とも」
「では、ヴァレンティナ、花の精霊が嫉妬するほどの良い1日を」
ハルアスは気障ったらしく、手の甲に口付けを落として貴族らしいお別れの挨拶をした。
「お、キザなのを言ったな。じゃー僕も、ヴァレンティナ、月の精霊が瞬息到来のほど、喜び満ちし一日を」
ベアグリルスも負けじと、貴族のお別れの挨拶をすると手の甲に口付け手を落としたのだ。
「あら、一日で貴公子二人も侍らせてしまったわ。ふふふ、お二人も良き一日をお過ごしください」
二人と別れると、侍女の手によって扉が開かれた。
久しぶりにお会いする王妃様は、昔の記憶のまま凛と咲き誇る黄金の薔薇のように美しく気高い方だ。公式の場での雰囲気はとても緊張する。
「王妃様、お目通りいただき誠に恐悦至極にございます」
「面をあげよ」
「はい」
「茶会はどうでしたか?」
「懐かしい方々にもお会いでき、思わず昔話に花を咲かせてしまいました」
「そう、それはよかったわ」
「このような機会をを賜り、誠にありがとうございます。私のごとき身は、もはや二度と庭園の土を踏むことなど、夢のまた夢と存じておりました。」
「……お父上が生きていらっしゃれば、違っていたわ。立派に成長しましたね」
「ありがとうございます」
「それで殿下なのだけれど、どうだった?」
「誠に素晴らしくご成長され、胸が熱くなる思いでございます。未来の王として頼もしく思います。また、その下で仕えられ、幸せに存じます」
「そんな綺麗な言葉で言わなくていいわ。子供の頃のように率直に申しなさい。命令よ」
「あんなやんちゃだったのに、絵本の中の王子様のように品行方正な王子になられて、うっかり一目惚れしそうになりました」
素直に言うと、王妃様は高らかに笑った。どうやら昔通り、率直に返して正解だった。
「あはははは!! あの子もやっと王子様らしくなったものよ。あなたの憧れの王子様と一緒だったかしら?」
「ふふふ、はい! 昔、王妃様が読んでくださった絵本の王子様のままでした」
「それはよかったわ。貴方が来れなくなってから、もうあの手この手で叩き直したから」
「まぁ、それを見れなく残念でしたわ」
「ふふふ、元気そうでよかったわ、ヴァレンティナ。こっちに来てちょうだい」
言われて側にいくと、王妃様に抱きしめられてしまった。部屋の中には侍女も控えているのに驚いていると、耳元で「表立って支援できずごめんなさい」と謝られてしまった。
「烏滸がましいかもしれませんが。私にとって、この庭園で過ごした日々の中、王妃様を母のように慕っておりました」
「まぁ、嬉しい。今もそう思っても良いのですよ」
「ありがたき幸せでございます」
「ふふふ、ヴァレンティナ、茶会楽しかった?」
「はい、夢のような時間でした。お茶菓子も美味しく、あ、候補者の方々も大変優秀で、私の知らぬことばかりで、誠に勉強不足でございました。王妃様のご期待に添えるよう、婚約者候補の方々を見守りたいと思います」
「あら、そんなつもりで貴方を候補にしたんじゃないわ」
「え?」
「私は純粋に、貴方が気軽にまた王宮に上がれるように名文をつけただけ」
「えっと?」
「前までは表立って支援すると、他の貴族からやっかみをかいそうだったでしょ? でもこの状況なら、婚約者候補として王宮にまで来れるでしょ? 頻繁に私のところに遊びにおいでなさいな。それに貴方かなり国内外と旅行を楽しんでいるようだけど、懐具合が厳しいでしょっ」
「あはははは」
そう、私の趣味は旅行なのだ。どうせ、自由に恋愛も結婚もできず、貴族なので就職先もかなり限られた職業しかなかったのもあって、やけになって旅行したらハマってしまったのだ。
しかも国営の旅行業者を利用しているため、どこに行ったか全て履歴が残っているし、ちゃっかり国外にも出てるため、旅券も発行済みだ。
「婚約者候補として参加していれば支度金が供給されるし、勉強課題として支給されるお金もあるわ」
「それって違法じゃ」
「あら、旅行先の記録を提出すればいいじゃない」
「なるほど」
まさかの王妃様の入れ知恵に、思わず心の中でメモをした。
「でも、ちゃんとお金の記録はしておくのよ。税の出資提出時にはちゃんと出すこと」
「もちろん。気をつけます」
「じゃーしばらくは、婚約者候補として楽しんでちょうだい。ちなみに、側近との婚姻も可能よ」
「ぇ?」
「だから、周りの男性達のこともよく見るのよ」
そう言って、お部屋から追い出されてしまった。
「なんか上手く王妃様に乗せられた気がするような? 最後のどう言うこと?? まぁー明後日、本を借りるついでにベアくんに聞こう」
侍女に付き添われて、その日は無事に帰宅したのだった。




