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王子の婚約者候補 〜ヴァレンティナは旅行をやめられません〜  作者: siro


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15/17

15)貴族社会は複雑です

 恐怖のお茶会から数日後、ヴァレンティナはベアグリルスに本を返すために、彼の執務室に来ていた。


「ありがとう。読み終わったんだね」

「はい、ありがとうございました。助かりました」

「いいんだ。それより、今度僕の婚約者を含めてお茶でもしない? 僕の婚約者の屋敷で開くんだけどどうかな?」

「そうなの? それは嬉しいだけど、その」

「どうしたの?」

「いやードレスが無くって。それに、ちょっと相談したいこともあって」

「なに?」

「貴族裁判所を利用したいんだけど、門前払いを受けちゃって、弁護士がいないと利用できないらしいんだよね、どこの弁護士を雇えばいいのかわからなくって、有名どころは紹介じゃなきゃダメだって言われてしまって。できれば安く雇える弁護士がいいんだけど?」

「何で利用するつもりなの? それによって紹介できる弁護士が変わるんだ」

「あー相続についてなんだよね」

「そうなると、一回王妃様にお伺いを立てたほうがいいよ。王妃様が後見人だし、王族が今管理してるからね」

「そうなのね、王妃様にお手紙かー届くかなぁ」

「……大丈夫だよ。今君は婚約者候補なんだから、検閲が後回しにされることはないと思うよ」

「そうね、送ってみるわ」

「ドレスだけど、前回のお茶会のドレスで大丈夫だよ。新調しなくても平気さ」

「そう?」

「うん、日時は後で手紙で送るね。候補者たちとのお茶会に被らないようにするよ」

「ありがとう」


 本音では断りたかったのだが、うまく断れず行くことになってしまった。

 お友達として紹介なのか、貴族としての繋がりとして呼ばれたのか把握できない中、ヴァレンティナに取っては嬉しくない予定がどんどん決まっていく。


 一週間後に1回目の活動報告を提出期限が設けられてしまった。その後に公爵令嬢主催のお茶会が決まり、その後に殿下との交流会と招待状という名の予定表が送られてくるのだ。


「はぁ、流石にこれ以上リメイクする方法思いつかないなぁ、ドレスを買うかー。お金は、ギリギリかなぁ」


 流石に殿下との交流会では新調しないとまずいと思い立ち、ドレスを買いに行った。幸いにも日録で投げ銭がもらえているので、少しだけマシにはなっている。


 活動報告の提出の時は、わざわざ王宮にまで行かなければならなかった。殿下の宮殿に行くと、使用人に案内されるまま連れて行かれたのは、執務室前の待合室だった。

 そこにはすでに二人、候補者の家のものが書類を抱えて待っていたのだった。なぜわかったかというと、家紋がついた腕章をつけていたからだ。


「もしかして、本人が来たらダメだった感じ?」


 思わず部屋にいたリアリスに耳打ちすると、「ん〜〜」と目をつぶって考え込んでしまった。


「いやー、俺も詳しくは知らないけど」

「そうなんだ、これって何待ち? 貴方に渡せば終わりじゃないの?」

「いやーなんか、殿下自ら受け取ることになったらしくってさ」

「え? それって本来ありえるの?」

「いやー本来ないと思うんだよなー。たぶん、今回は……」


 リアリスは書類を抱えたヴァレンティナを見下ろしながら、何か言いかけて口を閉じた。


「なに、気になるんだけど」

「なんでもない」


 教えてもらえず、順番に家の名が呼ばれて執務室に入って出て行った。終わった人はすぐに屋敷から出されるようで、最後に呼ばれて中に入れば、ジャケットを羽織らずにベスト姿の殿下がいた。


「王国の至高なる殿下にご挨拶申し上げます」


 綺麗にお辞儀をしつつ、後ろで扉が閉まる音が聞こえた。パッと周りを見渡す限り、殿下以外誰もいない。


「やぁ、ヴァレンティナ嬢、そんな硬い挨拶はやめてくれ、一緒に苦楽を共にした中だろう?」

「いえ、そんな思い出はないのですが」

「私の前で可愛らしい寝顔を見せてくれたのに」

「やめてください。忘れてください」

「あははは、ごめんごめん、そこに座って」

「失礼致します」


 執務台の前に用意されているソファに座れば、殿下も移動してきて横に座られてしまった。


「あの、向かい側に」

「今日は髪の毛を下ろしていないのかい?」

「王宮ですから、あの、これが提出書類です」


 押し付けるように殿下に渡せば、残念と言わんばかりな表情をしながら、まさかその場で見始めた。目的は達成したので、席を立とうとすると手首を掴まれてしまった。


「あの「そうだ、一緒にお茶にしよう」」


 そういうや否や、書類をテーブルに置き、ソファに座り直されてしまった。そして殿下が手を叩けば扉が開かれた。


「お呼びでしょうか」

「他のものは帰ったか?」

「はい」

「では、茶の準備をしてくれ、彼女と休憩を取ろうと思う」

「え?」

「……かしこまりました」


 従者の男性は一瞬固まったがすぐに返事をすると、扉を開けたまま出て行った。そしてひょっこりと顔を覗かせたのは。


「でーんかー。いいんっすか?」

「なんだ、リアリス、お前も菓子を食べたいのか?」

「たべたいっすねー」


 リアリス助けろ! と念じながら見れば、目が合った瞬間首を横に振られてしまった。


「連れないなぁー。ヴァレンティナはリアリスが気に入っているのかい?」

「いえ、そうではなく、私も色々と仕事が立て込んでいて」

「候補者に名を連ねた時点で仕事量は減らされているはずだよ?」

「それは、それで困るんですよね。大切な収入源ですので」

「……月々のお小遣いはもらっていないのかい?」

「ほぼ家賃代と光熱費で消えていますから」

「……そう、ならここで食事をして行ったほうが、懐的にも良いのではないかな?」

「うっ」


 それはそうである。が、どこで誰にみられているかわかったものではない。それなのに、リアリスは向かいのソファのど真ん中に座り込んだ。


「なに、お金たんないの? じゃー俺ドレスプレゼントするよ!」

「え」「は?」


 思わず声が被ってしまったが、殿下からすごい低い声が出た気がする。


「別にいいでしょ? 殿下から贈ったら問題だけど、俺なら平気っすよー。独身だしー、幼馴染だしね!」

「そ、そうだっけ???」


 軽くウィンク付きで言われてしまい、一瞬納得しかけたが、いや、独身でも問題じゃないか? 婚約者にドレスを贈るのはあり得るけど。友達同士では贈らないだろう、たぶん。一人っきりになってから友達作ってないのでわからないが。


「ダメだ、彼女は俺の婚約者候補だぞ、家族でもない男が贈るのは問題だろう」

「そうっすかねぇー」

「当たり前だ」

「そっかー。ちぇーでもさー、ベアグリルスばっかり頼ってるみたいだけど、俺にも頼ってよーヴァレンティナ〜」

「どういうことかな? ヴァレンティナ嬢」


 にっこりと微笑みながら、殿下が手を掴んで迫ってきた。

 こっちのほうが「どういうこと?」状態だ。


「どうって、あの仕事で関わっていましたし、それに服もお借りしていましたし?」

「ふーん。別の人に頼めば良くないか?」

「服は流石に、王宮の制服ですから、直接お渡ししないと危ないですよね」


 なんで言い訳っぽくなってるんだろうと焦っていると、リアリスがじーっと殿下の顔を見ながら言った。


「……殿下の婚約者に選ばれなかったら、俺にもチャンスあるんすよねー」

「おい!」

「いいじゃないっすかー殿下〜ね〜ヴァレンティナ」

「…え?」


 これって遠回しに、婚約者として狙っているってことだろうか。普通の令嬢だったら怒る状況だ、だってお前は殿下に選ばれるわけないと堂々と言われたようなものだし、選ばれるわけないんだけど。


「失礼致します。お茶のご用意が整いました。並べてもよろしいでしょうか」


 ナイスタイミングで使用人がカートを押して戻ってきてくれた。隣の殿下はとても機嫌が悪いですけど。


「お茶をいただいたら、私は失礼させていただきますね。お仕事も立て込んでいらっしゃいますでしょうし、エレオノーラ様のお茶会の準備もしないといけないので!」

「それなら仕方ない、確か一週間後か」

「はい」

「どこで行うんだったっけ」

「公爵家で行うそうっすよー。なんだっけ、面白い魔道具がテーマらしいっすね。騒いでて面白かった」

「お前は、また何を見てきたんだ」

「魔道具やで大騒ぎしてたんっすよヴィクトリア嬢とマリエッタ嬢が」

「あーお二人がかち合っちゃったんですね〜」


 前回の茶会でも思ったが、二人は完全に水と油でぶつかること間違い無い。その場にいなくてよかったと思ってしまった。

 サーブされたお茶をいただきながら、貴族街の魔道具屋で買い物をすればすぐに各家に話が広まるだろうし、かといって庶民が買いに行く魔道具では見栄えが良く無いものや性能落ちしているものが多い。


「我が家の宝物庫が見れればいいんですけど」

「シノノメ家の宝物庫には入れないのかい?」

「えぇ、当主しか利用できないように古代魔法がかけられているんです、一応私が次期当主だという遺言はあるらしいのですが、貴族裁判所を利用できず……王妃様からのお返事もまだなくって」

「母上からそんな話は聞いていないな、俺の方でも確認しておこう」

「ありがとうございます」

「ヴァレンティナが次期当主なら入婿に俺どう? 体を動かすのは得意だし、計算は苦手だから家のことには口を出さないし! 殿下の側近だぜ」

「ふふふ、気が早いよリアリス。あと殿下、怖いです」


 思わずそっと距離を置きながら言うと、殿下は不貞腐れた表情でこちらを見た。


「君は……俺は魅力的じゃない?」

「え?」

「一応女性たちに嫌われる顔じゃ無いと言う自負がある。君は俺の婚約者候補に選ばれているんだよ、数多いる貴族女性の中で選ばれているんだ。そして、俺は君のこと「ちょちょっと待ってください!!!」」


 思わずカップを置いて、殿下の口を手で押さえてしまった。


「あの、私はただの人数合わせだと思っています。だって年齢的にも私は殿下と同い年なんですよ。つまり貴族女性としては適齢期を過ぎているんです! 私の婚姻には王妃様の承認が必要なんです。そう、後継人になっていただいた時に言われました」

「……逆に言うと母上が君を推したと言うことは、俺が選んでも問題ないと言うことでは?」

「王妃様は、気軽に王宮に遊びにきてほしいとおっしゃってくださいました。そのための名分だと、ですが王妃様に謁見するのは簡単ではありませんし」

「……思った以上に君は貴族としての権限がないようだね」

「そ、そうですね……」


 まさか殿下に指摘されて痛感してしまった。

 そうだ、名ばかりで何も貴族としての権限が使えない、昔住んでいた屋敷にすら戻れない。

 ルールも繋がりも何も知らない。


「殿下」

「あぁ、すまない。君を落ち込ませるために言ったわけではないんだ。アップルパイは好きかな? カスタードが絶妙で美味しいだ。気に入ったら持って帰ってもいいよ。スコーンもマフィンもいくらでも」

「……じゃー全部ください」

「! あはははいいよ」


 焦って全部渡そうとする姿は幼い頃の姿とダブり思わず、昔のように言ってしまった。自分が悪いことをしたと思うとすぐに物で解決する癖はいまだに残っているのかと呆れながらも、昔と変わらない殿下の姿に懐かしく嬉しい反面少し悲しかった。


 帰る時にはバスケット付きでスコーンやマフィンだけでなく、フルーツまで貰ってしまった。しかもバスケットは返さなくていいらしい。

 エスコートはリアリスがしてくれたが、リンゴを一個取られてしまった。


「私のリンゴ」

「いいじゃん。一つくらい」

「大事な食料だったのに」

「はいはい……それでさ、ドレスだけど、俺プレゼントするよ?」

「本気だったの?」

「本気本気、俺にも頼れって言ったじゃん。ベアグリルスより俺の方が暇だし」

「暇なんかーい!」

「あははは、俺は跡取りじゃないからね、貴族の派閥も関係ない位置なんだよ」

「そうなんだ。でも、結婚目当てなら今はそう言うの考えられないよ」

「そこは、気にしなくていいよ。あれは殿下を揶揄ってただけだしな」

「揶揄ってたんかーい! もう、それが許されるのリアリスくらいだよ?」

「まぁな」

「まー実際、懐具合は厳しいわ、ドレス結構高いし」

「……だったら尚更、俺が贈るわ。いつ暇? 会いに行くよ」


 まさかのとんとん拍子で話が進んでしまった。

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