14)やる事はいっぱい
「はー昨日も仕事したのにー」
そう愚痴っても、職場の人たちは知らない人も多く。申請した休みよりも多く休んだことで文句を言われたが、列車事故に巻き込まれて仕事をさせられたと愚痴れば、遊びに行くからだと理不尽なことを言われてしまった。
「いたいた、ヴァレンティナ」
「上官、どうしました?」
「君が昨日記録した内容の清書をしてほしいそうだよ。明日は、朝から緑の館の方に行って」
「緑の館って上級文官がいるところですよね」
「そう、君が書いた文章全部ふりがな文字で書いたでしょ。貴族文字に書き直すのが面倒だから本人がやれってことらしい」
「えー、専門用語がわからないから、全部ふりがな文字で書いたのにー! どっちにしろ手間は一緒では?」
「その代わり特別手当つくらしいよ」
「あ、いきまーす」
お金に目が眩んで即返事をしてしまった。上着も返せるしラッキーなんて思っていたが、休んでいた分の仕事は同僚がこなしてくれていたとはいえ、その後の仕事はちゃんと残っているのをすっかり忘れて返事をしてしまった。ベアグリルスに服は返せたが、結局連日残業続き一週間も過ごし、気づけば溜まっていた郵便物の中に婚約者候補同士でのお茶会の招待状が紛れていた。
「やば、これいつのだろう」
急いで中を見れば、二週間後に行うらしく、しかも場所は迎賓館の庭だとか、主催はカンロージェ辺境伯令嬢ということは、権力的な配慮というやつだろうか。
本音としてはお断りしたい、が、借りていた本では持ち回りで婚約者候補者たちでお茶会を開かないといけないと書いてあったのだ、主催者としてお茶会を開けるかという一種の試験に近いのだろう。
「……ぶっちゃけて、私開くほどの資金源がないぞ……まぁ、旅行するだけしたら、辞退しよう!」
仕方ないと諦めて、出席の返事を書いて投函した。
さて、そうとなると服をどうにかしないといけない。普段着ではもちろん参加なんてできないし、貴族のお茶会に来ていけるような服は1着のみ。しかも貴族は基本同じ服で参加なんてしない。所詮一回こっきりだ。
お金のない家はどうするのか、そんなのリメイクに決まっている。
持っている服をとりあえず全部出して、前回着たドレスと生地感を合わせていく。
「胸元を変えて、夏服の薄い生地でも重ねて刺繍すればいけるかな? スカートの部分はギャザー寄せて、リボンでもつければ……いけるいける! 自分を信じろ!」
デザインが決まれば、あとは普段着を解体してドレスに縫い直すだけだ。
仕事をしながら、夜は縫い物なんてしていれば目の下にクマはできてしまうわけだが、そんなの化粧で誤魔化せばいいのだ。
「ヴァレンティナ、目の下クマできてる?」
「あ、ベアグリルス〜お疲れ様〜えー化粧落ちてる?」
書き直しの手を止め、思わず手鏡で確認すると、うっすら青くなっていて隠しきれていなかった。もっと厚塗りすべきだったかと思っていると。
「まさか残業してる?」
「え? あはははは」
「おかしいな、こっちの仕事してもらう代わりに向こうの仕事は別の人がやるはずなのに」
「えー?」
ベアグリルスの言葉に思わず驚いてしまった。
そんな話聞いてないぞ? いや、でも懐具合がいつも厳しいと上官は知っているから、あえて残業代のために働かしてくれてるかも、と思っていると、ベアグリルスが笑顔なのにちょっと怖い雰囲気になった。
「今日はこっちの仕事終わったらまっすぐ家に帰るんだよ? いいね」
「はい、あ、でも残業代ほしさで働いて」
「規定以上の仕事は違反です」
「はい」
触らぬ神に祟りなし、そう思いながら素直に返事をして今日は直帰した。
流石にメイクでも隠せないクマを残したままお茶会になんて行くのはまずい。ドレスはほぼ完成しているしと、久しぶりに早めに就寝することにした。
次の日、出社しようとしたら、アパートの入り口で管理人さんに止めら、手紙を渡された。しかも「今日はお休みするようにって言ってたわよ」と言われ慌てて手紙を開くと、職場からで走り書きで働きすぎのために急遽休みがもらえてしまった。
「んーありがたいけど……。どうこう言える立場じゃないし。……まぁ、やらなきゃいけない事はいっぱいあるし」
手紙にはお茶会の日まで休みのようなので、ひたすらやることを消化することに努めた。といっても、借りていた本を読み、集中力が切れたら旅の思い出をまとめ、順番に日録のアップ準備、提出用のものも一緒に書きつつ差分をチェック。
忘れないうちにと貴族裁判所に出向いたりしたが予約がいっぱいで無理ですと門前払いを受け、しかも予約をしようにも、「お嬢ちゃん、ここは貴族専門なの。一般市民はあっち、え? 貴族だって? それならちゃんと弁護人を連れてからおいで」と追い出されてしまった。
どうやら小娘一人だと貴族として見られないらしい、これでも普段着の中では一番良い服を着たというのに!
「同僚に頼むのは、ちょっと信用ないし。貴族……あの二人に頼むか? いやーでもいくら幼馴染とはいえ、10年ぶりに会った人に頼むのはなー迷惑すぎるだろう」
とりあえず、本を返すタイミングにでも相談する程度にしよう、もしくは安くて信用できる弁護士がいないか聞いてみようと思い直した。
そんな感じで過ごしていれば、あっという間にお茶会となった。
乗合馬車で貴族の格好というミスマッチに一緒に乗ってる人たちにジロジロ見られる上に質問攻めにあったが。「貧乏貴族なんですけど、爵位の上の人に呼ばれてしまい断れないので」といえば、みんな同情的な目をして「お貴族様は大変だねー」と慰められるし、リンゴをもらえてしまった。ドレスはふわふわなので、ポケットに入れても大丈夫バレない。
初めて入った迎賓館の庭、一応貴族であれば来賓客がいない時には散策が可能らしいが、ヴァレンティナは一度も足を踏み入れたことはなかった。
外国のお客様を招待するだけあって、入り口の門扉の装飾が豪華絢爛。これでもかと鉄を細くし花や蔓の装飾がされている。触ったら折れてしまうのでは? というくらい細かい細工だ。小道の石畳はところどころにキラキラと光石が埋め込まれ、きっと夜も綺麗なのだろう。
そんなところを利用できる権力をお持ちのカンロージェ辺境伯といったところだろうか、進んでいると先に来ていた一行に追いついてしまった。
前を歩いているのは公爵家の人たちでフィオレンティア公爵家の者たちで、文句を言っているのがここまで聞こえてきていた。
「あの女、やっぱりあの場にいたんですよ!」
「そうですよ! お嬢様が先に案を考えられていたのに!」
「やっぱりあの時にきかれていたんだ!!」
「お嬢様の案を奪うなんて!!」
「そうだとしても、先に開催されてしまったのだから、こちらの落ち度よ」
「ですが、あの女に審美眼なんてないじゃないですか!」
「学園でもいつも地味で、美しいお嬢様に嫉妬していたんですよ」
「そうですよ。そうですよ!」
「まぁ、そうなの? なら、このお茶会のセッティングを見ればわかるんじゃないかしら?」
「ひどいに決まってます」
ヴァレンティナは怖い怖いと思いながら、そっと小道にずれた。不平不満を垂れ流す者たちを引き連れているのだ、下手に出会したら何を言われるか分かったものではない。
「学院の時からエレオノーラ様とヴィクトリア様は仲が悪いのか……あれ? ヴィクトリア様のほうが一年上だよね? 学年が違うのにライバル視してるのかー」
怖い怖いと思いながら、大回りしながらお茶会場所に向かった。
前回と同じくピリピリした空気で、やっぱり最後に来たエレオノーラ公爵令嬢に、ヴィクトリア様は遠回しに嫌味を言いながらお茶会開始だ。
最初は和やかとは言い難いが、お決まりのお茶菓子の説明と季節の挨拶から始まったが、早々にド直球でマリエッタ様が発言して、私は思わず固まってしまった。
「ヴィクトリアさまはぁ凄いですね。金の力で借りたんですかぁ? マリエッタでも借りられますかねぇ?」
「デュランス子爵家にそういう伝と財力があればできるのではないかしら? まぁ、私は父がよく使っていますから簡単にお願いできましたけど」
「へー、でもでも、さっき小道歩いてたらぁ、エレオノーラ様の方が先に考えてたって騒いでる使用人の声を聞いたんですけど〜どうなんですか?」
「借りてもいない人間が騒ぐのなんてはしたない行為ですわ、そう思いません? エレオノーラ様?」
「……そうね、ごめんなさいね。私の使用人たちはみんな私が好きだから、デパートであなたと出会っていなかったらそんなことを言うこともなかったと思うわ」
「お会いしましたっけ?」
「えぇ、私と目があったら逃げられてしまいましたけど。そういえば、男性ものの小物を探していたらしいけど良いものは見つかりましたか? 殿下の好みは難しいですからね、良いものを全てをお持ちですし」
下手に物音を立てようなら睨まれそうと思いながら、浮かべたカップを手に香りを嗅ぐふりをしながら3人のやり取り静観した。イザベリーナ様は興味ないのか、お菓子を手に取られて口にするも眉間に皺を寄せられて、紅茶をすぐに口にしてからは、それ以上菓子を口にしなかった。
美味しくないのかな? と気になったので同じお菓子を手に取ってみると、香りが独特の南国のお菓子だと言うことに気づいた。
「もしかして、チナンシェン?」
「あら、ご存知でしたの? これはお父様が贔屓にしている店が仕入れている南国のお菓子ですの」
「ベトゥンネン国のお菓子ですよね。現地で食べましたが……暑いかの国で食べると美味しいですよね」
おっと危ない、失言するところだった。そう、このお菓子とてつもなく甘いのだ。現地でも、ちょっと甘すぎじゃない? って思うほど甘く、添乗員にこのお菓子を持ち帰っても自国の気候では甘すぎて一口で嫌になるので持ち帰る場合は覚悟して持ち帰ってくださいと言われたものだ。
そんなことを言われたら、気になってしまうのが人の性、何種類か持ち帰って家で食べたら甘すぎて、一口でやめてブラックティーを飲み干すほど口の中の甘さを取るのが大変だった。
「ベトゥンネン国に行かれたことがあるの? あなたが?」
行ったこと自体も失言だった気づいたが後の祭りだ。ヴィクトリアの睨むような視線に思わず持っていたお菓子を皿に戻した。
「えぇ、旅行業者を使ってですが、行ったことがあります。とても暑い国で、どの料理も味の濃いものばかりでした」
ヴァレンティナの発言を聞いて、エレオノーラがそっと皿を少しだけ押し出した、それを見たからなのか、他の令嬢もお菓子に手をつける様子がない。
これ以上被害が出て、ここでの会話が激化するのだけは避けたいかつ早く帰りたかったのだが、まさかのエレオノーラがヴァレンティナに声をかけてきた。
「まぁ、シノノメ様は行動範囲が広いですね、もしかして先月あたりにヒルビサイド港にいたのは、どこかに出かけられていたのかしら?」
「え?」
「殿下がヒルビサイド港の視察をされている写真の中に、シノノメ様らしき人物が映っていましたの」
「そうでしたか」
「ホテルのレストランで一緒に食事されている写真もありましたわ」
一瞬にして他の令嬢たちの視線を集めてしまった。
公爵家の情報網を舐めてたわ〜、そして上着を借りててよかった!!!
「凄い偶然もあるのですね。港を視察されていたとは知りませんでした。ちょうど帰国した時ですね、列車事故で足止めをされてしまい。旅行業者が取ってくれたホテルに殿下もお泊まりでしたの」
「まぁ、そうでしたの。でもどうして夕食まで?」
「皆様はご存知ないかもしれませんが、王宮勤めのものは緊急時は、お休みであろうと召集がかけらます。私も王宮の末端で働いておりますので、あの時は同じホテルにいたために召集がかけられ作業をした際に、皆様と一緒にお食事をさせていただきました。その中の一人に殿下が居ただけですわ」
「まぁ、そうでしたの」
「はい」
お互いにっこりと微笑み合うが、めちゃくちゃ怖い。エレオノーラ様は年下なのに圧が凄いな!!あと、少し離れたところにいる使用人たちの視線も痛いです。
「あなた、伯爵令嬢なのに働いてるの?」
「はい、マリエッタ様。私が自由にできるお金は少ないので、働かせていただいてます」
「ふーん。女なのに働いてるなんて、あなた貧乏なのね。それなのに候補者に選ばれてるの? 変なのー」
「……」
そんなの私が知りたいわ、とは大人なので言わない代わりににっことり微笑む程度でとどめた。
「ヒルビサイド港を使ったと言うことは船で国外に行かれていたの? どこに行かれたのかしら?」
「えっと、キーワナオ国ですわ。ヴィクトリア様」
「ふーん。あの国は我が国が支援している国よね」
「そうですね」
「活動時期に国外に行かれるなんて、活動報告書はどうするつもりなの?」
「キーワナオ国について書くつもりですよ」
「ふーん。そう」
あーこれは、彼女もキーワナオ国について書くのかもしれない。まぁ、内容はあまり被らないだろう。
そう思っていると、彼女は他の令嬢に活動期間の探りを入れ始めた。どうやらこのお茶会の目的はこれなのだろう、私はもう開示してしまったので、そうそうに会話から外れたが、エレオーノラはまだ聞き足りない様子で、時折視線を感じるも話の流れ的に話しかけるタイミングが掴めないようだ。
とりあえず、他の人たちはマリエッタ様はご婦人会のバザー商品として刺繍のハンカチを作って、イザベリーナ様はお友達と支援活動をしたそうだ、内容は真似されたくないらしく秘密らしい。ヴィクトリア様は、お父様のお手伝いで各国の大使と交流を持ったとか、エレオノーラ様も支援活動に力を入れたらしい。
「そうだわ、次のお茶会は私が開催いたしますわ」
「まぁ、エレオノーラ様が」
「えぇ、なので苦手な食べ物がありましたら事前にお手紙くださいね。好みのお菓子でも良いですわ」
誰も手をつけなかったお菓子をみながら、にっこりと微笑だ。




