13)秘密のお手紙
「ぼけーっとしていたら、うっかり殿下と食事をしてしまうなんて!! しかも質問多すぎるし! ベアグリルスがいてくれてよかったー!! 結局ビンテージワインは飲めなかったけど。ちぇー」
自室にやっと戻れて、ヴァレンティナはベッドの上で寝転がっていた。
しかも、忘れてくれていたと思った旅行について突っ込まれてしまったのだ、他の候補者たちは茶会を開いて交流を深めたり、慈善活動をしているのに君はどうして旅行に行っているの(意訳)
「候補者に選定される前に予約してるんだから行くに決まってるジャーン!! それに茶会なんてどこでひらけっていうんだよ! そんな場所も金もないっつーのー! しかも今後爵位はどうするつもりかーって知らんわ! ていうか一人暮らし長過ぎて、すっかり忘れてたし!!」
ジタバタ暴れつつも、ちゃっかり高級ホテルのディナーを楽しみつつも、明日のことを考えると憂鬱だった。
しかも夕食の後、一時間ほどまだ記録をとってからやっと解放されたのだ。上着は王都に戻ってから後日、返して欲しいとベアグリルスに言われたのでまだ手元にある。
「明日には帰れるのかなー。あ、その前に手紙みなきゃ」
ドアの隙間から差し込まれていた手紙。一枚は旅行業者の封筒で中身は明日の朝食会場の利用時間と帰れる場合は10時までに連絡するという事、何かあった時の連絡先とここの地域での支店の場所が書かれた印刷物だった。そして、手書きで”みなさんお仕事しているので、もしかしたら何人か離脱されるかもしれません”と加えられていた。
「あー、このホテルに泊まれた人って全員王宮勤めだったのか。えーじゃあのカップルも?! んー侍女と従者とかかな……あのキャピキャピ感、でも侍女? なんか違和感あるんだよなー」
そんなことを呟きながら、もう一つの手紙を開くと、中身は神話が書かれた紙切れと、この港町にある大きな図書館への観光案内の小さなパンフレットが入っていた。
「なにこれ、間違えて入れたのかな? ……でも、シノノメ様へって書いてある」
神話の内容は、東に住まう精霊の村にある日悪魔が現れ、精霊たちが困っていると勇者が現れ、助けてくれた。という子供向けの短いお話だった。
「これ、小さい頃にばあやがお話ししていたっけ……」
このお話の中で、手紙を火で炙ると文字が変わるという部分があって、当時ばあやが再現してくれて、感動したのを覚えている。
「……まさか」
急いで部屋の中を探すと、マッチが引き出しの中に入っていた。蝋燭は見つからないので、スーツケースからいらない新聞紙を1ページだけ取り出し、洗面所で火をつけた。
その火で手紙を炙ると、一部文字に丸が浮かび上がってきたのだった。全ての紙を炙り終えたら急いで火を決して、焦げた洗面台は擦って汚れを落とし、燃えかすはゴミ箱に捨てた。
「この図書館に手紙を隠した。取りに来たれたし、誰にもみられてはいけない」
最後の空白には、先ほどにはなかった”II-70-7089 シノノメ家の家臣より”とサインが書かれていた。
「……」
ヴァレンティナは図書館の開館時間を確認した。午前9時から開くとかいてあるが、庭園は7時から開いているとか、明日の朝早速行くと決めると、早々に寝たのだった。
熟睡できたかと言えば、あまり熟睡できてはいなかった。眠い頭を無理やり叩き起こし、化粧はほどほどにして、とりあえず朝イチで図書館へ向かった。早朝過ぎて人がまばらだ、しかもちょっと肌寒く、スカーフを肩にかけてきて正解だった。
図書館の庭園は入り口の横の柵から入れるようになっており、意外にも人の出入りが多かった。どうやら市民にとっては散歩コースだったり通勤コースのようで、いろんな格好の人がいた。
木々にかこれまた道を進みながら、周りを見渡せば、歴史を感じさせる大きな図書館に囲まれるような形で中庭に入りこんだ。
「中庭があるから、敷地面積が大きいのか」
生垣で作られた小道に入るとすぐに建物にぶつかるが、ところどころ入れそうな扉があった。もちろん施錠されている。
「やっぱ、9時にならないと入れないか」
「おねえさん、中に入りたいの?」
「?!」
いきなり声をかけられ、驚いて振り向くとそこには、商家の子っぽい少年が帽子を目深にかぶって立っていた。
「そ、そうね。でもまだ早かったみたい」
「お姉さんの口が固ければ、中に入る方法を教えてあげてもいいよ」
「え」
「ていうか、そこ見張ってて」
「えぇ?」
少年に言われて小道の入り口に立って周りを見渡した。寝ぼけ眼で歩く人もいれば、さっさか通り過ぎて行く人もいる。
さて、どうしたものかと思い、振り返ると、少年はすでにいなくなっていた。
「……まさか」
周りを見渡してから、ヴァレンティナはドアノブに触れた。案の定先ほどは固く閉じていた扉は開いてしまった。
「……いくか!」
もう一度周りを見渡してから、一人分が入れるくらいだけ開けて、するりと体を捩じ込ませた。中は細い廊下で、周りは誰もいない、少し進むと階段があり登ると広めの廊下に出たのだった。
ムワッと鼻腔を刺激したのは、皮と木と紙の独特な香り。見上げれば廊下も本棚だった。
「わぁ」
所々に数字記号が書かれており、ふと持ってきていた手紙を確認した。
「II-70-7089」
なるべく足音を立てないように歩きつつも、やはり小さくコツコツとなってしまう。先ほどの少年はどこにいるのだろうかと思いながらも、番号と一致するエリアを見つけ、70の棚も見つけた。そして最後の数字の場所を探すと手紙に書かれていた童話の絵本を見つけた。
これだろうか? と思いながら手に取り広げてみると手紙が一枚挟まっていた。宛名は「シノノメ様」とだけ。急いで服の中に隠すと、来た道を戻った。
誰にも出くわさず、あの少年すら見つからなかった。
「……はぁ〜朝は冒険するに限るわ〜」
ヴァレンティナはそう呟くと、庭園の時計を見上げた。
時間を見ればもう8時過ぎている、急いで戻らないと朝食会場が閉まってしまう。慌ててホテルに戻り食事を済ました。部屋に戻る途中、添乗員を見つけて声をかけると、列車は午前中一本動くらしいが、予約できたのは別のホテルの人数分だけだったそう。しかも等級は下げられ、とりあえず移動を急ぐ人が乗る列車になったらしい。
「満員なんですね」
「満員ですし、馬力的にギリギリらしいので、普段より到着時刻は遅くなるそうですよ」
「それは、大変」
「では、私は支店の方で待機していますので」
「はい、またー」
部屋に戻れば、最初にもらった手紙はビリビリに破いて燃やした。図書館で手に入れた手紙を読めば、この手紙が届いていることを願うという言葉が書かれた紙と、懐かしい父のサインと共に、後継は娘のヴァレンティナを指名すると書かれていたものが入っていた。
「……でもこれ、副製品だわ」
本物はどこかにしまってあるのだろう。
「爵位ね……やっぱりちゃんと向き合わなきゃダメだよねー。ちゃんと相続できるのかな……家臣たちは動いてくれてるみたいだけど。叔父の派閥がどうなったのか、全然情報がないのよね。それに私の手紙がちゃんと届く保証はないし」
昔、王妃様に出した手紙も、何通も出してやっと帰ってきた返信では、もっと早く手紙を送るようにとか、全然手紙が届いていない様子だったのだ。しかもおじの派閥が命を狙っているため、危ないから王家に任せてくれとかいうむねと、安全な王都にいるように書かれていた。
だが、大人になって一旦外に出てみれば、叔父の派閥から狙われたこともなかったし、国外で見つけた新聞には、叔父の反乱はすでに収まってはいるものの残党がいるとか。
「とりあえず、貴族裁判所にいって聞いてみるしかないかな。相談できる人が思いつかないし……はぁ」
学院で知り合った人たちとも疎遠になっているし、王妃様に聞くにしても手紙を送っていつ届くのやらである。いつでも遊びにおいでとはいうが、王宮に上がるにはまず、お伺いを立てて、日程を決めてと色々と大変なのだ、それこそ手紙で送れば済むわけではなく、本来は使用人が手紙を直接王宮に持っていき、受け取りを証明しないといけない。直接持って行くなんて非常識な人間として扱われてしまう。
一瞬、殿下に手紙を託すかと思ったが、そんな失礼なことはできないだろうと思い直したのだった。
とりあえず、旅行用にポケットを内側につけてあるコルセットに手紙を差し込んだ。
お昼前にはまた殿下たちに呼ばれて、今度は市長との打ち合わせ内容を記録した。事故の調査の進捗内容と市民にはどこまで伝えるか、記者会見で話すことなどだ。
結局犯人は捕まえられず、捜査は続いているらしい。
休憩時間は逃げるように自室に戻り、ベッドにダイブした。また下手に捕まって質問攻めなんて受けたくないというのもあったが、どうやらこの事件は殿下を狙った犯行だと知ってしまったので、これ以上詳しく聞きたくないためでもあった。
「こわいこわい。きな臭いことは知りたくないよー」
ベッドでゴロゴロして、魔素を回復させたらまたお仕事だ。食事は部屋でとってやっと翌日帰れることになった。
魔道列車は殿下たち一行と一緒なので、豪華な客席列車が連結されていた。
「キーシナ夫人!」
「あらーヴァレンティナちゃん。すごい疲れた顔してるじゃなーい」
「仕事させられましたー」
「あら〜! 逃げられなかったのね〜よしよし」
キーシナ夫人に慰めてもらいながら、食堂車でまったりお茶をすることになった。スコーンとケーキと紅茶のセット、出来立ての紅茶はちょうど良い濃さになっており、カップに注がれるとふんわりと心地よい茶葉の香りが広がった。
「はぁー落ち着く〜。そういえば旦那さまは?」
「あー喫煙車両で煙草を吸っているわ。男性陣はみんなあそこにいるみたい」
「あーそうなんですねぇ」
王宮では、大抵喫煙室は秘密の会議室としてよく使われているので、きっと旦那さんもそれで呼ばれたのだろうとヴァレンティナは思った。
「それよりも、このチーズケーキ美味しいわよ」
「え、本当ですか! わぁ〜爽やかなレモンの風味に、ムースとクリームのような食感! クッキー生地もナッツが混ざってるんですね。おいしぃ〜!」
頬が蕩けそうなほど美味しいケーキにやっと気分が上昇した。せっかくの旅行だったのに最終日から運が無さすぎたのだ。気持ち良く終わりたかったのに仕事させられてしまうし。
「あー食事付きで乗ってみたいなー」
「あら、豪華列車旅はまだ?」
「まだ寝台列車には乗ったことないんですよー。移動でしか乗ったことがなくって、乗り換えて、宿! 乗り換えて〜て感じですねー北西のツアーで」
「じゃー次の旅は寝台列車ね。ガハラタカマ列車がおすすめよー」
「それって豪華寝台列車じゃないですか……確か、一等車は一両まるまるお部屋だとか……」
「そうよ〜、でも大丈夫、三等車まであるから〜」
「確か南西に向かって走ってる魔道列車ですよね……んーいつか行きたいですけど、懐具合が……」
「ふふふ、目標ができたわね!」
「そうですね! ちょっとがんばります」
いつまでも旅行できるわけではないだろうし、行ける時に行く! そう思い直したのだった。
魔道列車に揺られてやっと着いた我が家に一安心しつつも、荷解きまでが旅行だ。洗い物を取り出し、お土産を並べる。職場に持って行くものはカバンに詰めてと忙しなく動いていればあっという間に外は夕暮れだ。
慌てて今日の夕飯を屋台で買い込んで食べながら整理を続けた。アパートメントの管理人夫妻に土産を渡し少し旅行話を披露したらあっというまに一日が終わってしまった。




