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王子の婚約者候補 〜ヴァレンティナは旅行をやめられません〜  作者: siro


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11/17

11)列車事故 お仕事は大事です

 部屋に入ると怒号が飛んでいた。

 魔術を通す回路の紐が通され、机の上にはいくつもの通話機が並べてあった。


「殿下お帰りなさいませ、ささ、こちらに」

「あぁ」


 責任者らしき小太りの男性が手を擦り合わせながら殿下を中へと案内し始めたが、ヴァレンティナを見た瞬間、なんだこの小娘とありありと顔に書いた表情を見せた。


「あのーそちらの女性は?」

「彼女は休暇中だった事務官だ、近くにいたので捕まえて連れてきた」

「捕まって連れてこられました。私は何を記録すればいいでしょうか?」


 もうヤケクソでそのまま受け取って返せば、責任者らしき男性が顔を引き攣らせた。


「あははは、ヴァレンティナは僕の手伝いをしてもらうよ。君は貴族令嬢なんだからね」

「そうえいば、そうでした」

「こっちにきて、ここから流れてくる音声を全部魔具草紙に記録して、彼も記録係なんだけど、働き詰めで限界なんだ。休ませたい」

「はーい、お疲れ様でーす」

「はっ。新しい人! よ、よろしくお願いします」


 そういうと、ヨレヨレになった事務官の男性は、隣の部屋へと消えていった。


 おじさんたちの嫌な目線を感じつつ、「あんな小娘で大丈か?」なーんて呟きも聞こえたが、無視してヴァレンティナは受け取った魔具草紙を開いた。

 ちょっと姿勢は悪いが、上着のせいで胸が重いので机に乗せつつ、深呼吸したらそっと魔年筆を手に取って、日付と時間を書き込む。

 通話機から聞こえるのは、現場の報告内容。


「よろしくね。二時間後に声をかけるから、何かあったら後ろにいるから声かけて」

「はーい」


 とりあえず、目の前の通話機1、2、3と名付けて、聞こえた内容を何も考えずに書き込んでいく。必要最低限の情報だけにしたいので、周りは見ない。目の前から発する音を文字にするだけ。


「推薦されるだけあるねー。早い……」


 思わずベアグリルスは感心した。ヴァレンティナが椅子に座った瞬間から、表情がかわり卓上のものを確認し終えると、一心不乱に手を動かし始めたのだ。もう周りの雑音は一切聞こえていないようで、試しに横で手を振っても反応がない。


「完全にシャットアウトしちゃってるよ。殿下こちらは問題なさそうです」

「なるほど、では記録はこれで問題ないな、ではみな、作戦会議だ。集まれ」

「「はい」」


 ヴァレンティナは後ろで会議が始まっていようが、彼女の耳には入ってこなかった、ただひたすら目の前から聞こえるものを聞き取るのに全集中していた。


 書記係は特に指示がなければ、基本ルールに対してプラスで自分たちのルールに基づいて書き込んでいく。ヴァレンティナの場合、右側にあえて線を引いて隙間を作る。

 聞いている電話機の番号、その次に聞こえた内容を書きつつ、他の電話機がなったら、右側のスペースに何番捨てと書きつつも、聞き取れた単語はそこに書いておく。

 時々時刻を確認し、見た時間を書いて線を引く。

 それの繰り返しだ。


「*****、*****」 

「*****、****! ヴァレンティナ!」

「!!」

 肩を掴まれてハッとして顔を上げて振り返れば、王太子殿下がいた。


「あ」

「休憩の時間だ。君、変わって」

「はい、ありがとうございました。ヴァレンティナさん」

「いえいえ」


 慌てて立ち上がると、一気に血が引いてしまい眩暈をおこして倒れそうになるも、殿下に抱きしめられてしまった。


「す、すいません」

「急に立ち上がるからだ。ベアグリルス、お茶の用意を」

「はっ」


 周りを見れば、人が減っていた。

 自力で歩けるというのに、殿下はエスコートする気らしく、しっかりと腰を掴まれて手も掴まれてしまい逃げられない。


「あの、もう大丈夫ですよ。一時的なものなので」

「……、前回のお茶会で私は君をエスコートしていない」

「えっと」

「すまなかった。候補者には満遍なく交流をするつもりだったのに、君が離れていることに気づくのが遅れてしまったんだ」

「いえいえ、あの時は幼馴染の二人と話が盛り上がってしまい」

「そう、幼馴染。二人にも聞いたんだが……君は私とも会っているかな?」

「え?」

「幼い頃の遊び相手の記録を見ようとしたのだが、すでに破棄したとか言われて確認できなくて、当時は私は少々ちゃんちゃで、遊び相手の入れ替わりが激しかったんだ」

「まぁー……そうだったんですね」


 衝撃の事実にヴァレンティナは仕事用の笑顔でなんとか乗り切った。内心は知らなかったわー。そういえば、いろんな子と遊んでたけど、よく会う子がいるなーとしか思わなかったという感じで、ヴァレンティナ自身も遊ぶ子が入れ替わっていたなんて気にしていなかった。


「もしも会っていたら申し訳ない。」

「いえいえ、私も幼い頃の記憶は曖昧なので、ただあの二人と遊んだ記憶が特殊だっただけですわ〜」

「……そうなんだね」

「はい」


 隣の部屋に連れて行かれ、ソファーに到着。やっと解放される思いながら着席すると何故か横に殿下が座ってしまった。


「えっと」

「私はね、会ったことがある気がするんだ。こう小骨が喉に突き刺さったように、思い出せないのがとても悔しい」

「えぇっと」


 つまり、まだ思い出していないのは確実だ。バレたくない、そう思ってヴァレンティナは周りを見渡すもまだベアグリルスが戻ってこない。


「私と君は同い年なんだよね。髪を下ろしていると、より若く見えるけど」

「うっ……」


 若く見られることは良いこともある。お菓子をおまけしてもらえたり、優しく教えてもらえる。

 ただ、仕事をして思うのは、あまり嬉しくないというのが本音だ。


 実際は田舎者っぽいとか垢抜けていないっという感じにしか見られてることが多いし、若く見られるということは、重要な仕事は振られないし、仕事をしても評価がされない、むしろ若いだから苦労をしろとばかりに難癖をつけられる。先ほどのように、あからさまな態度を取られることなんてざらにあるのだ。


 もしかしたら、婚約者候補者に対するリップサービスかもしれないと思い直し、ヴァレンティナはにこやかに返した。


「殿下に褒められて光栄ですわ」


 にっこりと微笑んだのに、殿下は片眉を綺麗に上げ、訝しげな様子。

 調子に乗りすぎたかもしれないと思い直しつつも、集中して書いていたせいで体が糖分を欲し始めていた。卓上にあるクッキーに気付き、手に取って食べようとすると、殿下に掴まれてしまった。


「時間が経ちすぎている。新しいのが今来るからもう少し待って」

「ぇー……はい」


 できれば、横になって少し仮眠を取りたいなーと思いつつも、殿下の手が離れない。


「あの……手を」

「……可愛いって思ったんだ。気にしていたのなら、すまない」

「ぇ」


 まさかの可愛いと言われて、ヴァレンティナは反応に困ってしまった。

 実は、ヴァレンティナは今まで揶揄われて可愛いと言われた以外に素で言われたことがなかったのだ。

 真横で、しかも手を握られたまま、すまなそうな表情で数センチの場所に本物の殿下の顔。一瞬何を言われたのか理解できず、頭の中でリフレインするなか、やっと脳みそが理解した時には、クリティカルヒットしてしまった。


「首まで真っ赤……やっぱり可愛いねヴァレンティナ嬢は」

「ふぇ!? えっと、そのありがとうございます?」


 思いっきし声が上擦ってしまった。


「殿下、ここで口説かないでください。ヴァレンティナには仕事をしにきてもらっているのですから」

「すまない。でも、彼女は候補者の一人なんだから良いだろう?」

「今この場ではよろしくありません。それに、殿下の玉顔のせいで使い物にならなくなったらどうするんですか」


 唐突に声をかけてきたのはお茶菓子が乗ったトレーを持ったベアグリルスだ。戻ってくるのが遅いと思わず睨みつけるも、殿下の手で遮られてしまった。


「彼には可愛らしい婚約者がいるから、そんな目で見つめてはいけないよ? 見つめるなら私を見つめてくれ」

「殿下、ヴァレンティナを休ませてください。それにまだ彼女は夕食を食べていないでしょ?」

「わかったよ」


 そういうとやっと、体に回されていた腕が解かれた。

 ヴァレンティナは落ち着くためにも、ベアグリルスが注いでくれたお茶をのみ、お菓子を頬張った。

 二人からの視線に気づいていたが、それよりもお腹が空いていた。


「……美味しい?」

「おひいでふ。……いっぱい書くと甘いものが欲しくなるので助かりました。あの、夕食はどこで食べれば……添乗員さんに確認もしないといけないと思うんですけど……」

「ヴァレンティナ、落ち着いて食べて。ツアーの人にはすでに通達済みだから安心して、夕飯はレストランでと思っていたんだけど」

「そうなんですね。でしたら、あの、できれば30分ほど寝たいので部屋に戻りたいですけど」

「んー君のフロアまで記者が侵入してるから危険かな。そうだろ? ベアグリルス」

「追い出しても湧き出してますね。個室……は、少々危ないかもしれないですね」

「じゃーここで寝ると良いよ。私も流石に休まないといけないし」

「はぁ、わか……ってダメですよね? 未婚の男女が一緒の部屋って。侍女は連れてきてないんですか?」


 ヴァレンティナは一瞬納得しかけたが、ふとこんだけの人数で来ているのなら、身の回りの世話をする侍女もいるはずなことに気づいた。


「今は休憩中だよ。扉を開けっぱなしにしておくから、安心して休んでくれ。なんだいベアグリルス、すごい顔しているけど、他に良い案でもあるかい?」

「……確かに、殿下の婚約者候補を他の男性と同じ部屋に居させるのは問題だとは思いますが……部屋に戻すのが一番良いですけど、現状難しいし」

「だろう?」

「とりあえず、殿下は離れてください。ヴァレンティナが横になって休めるようにソファから退いて」

「ひどいなー」


 ベアグリルスは殿下の腕を持って引き剥がし、一人がけのソファに座らせた。そして、クッションとブランケットを取ってくると、ヴァレンティナに渡した。


「魔素の回復のためにも寝てください。殿下は無視していいので」

「はい」


 返事をしながらも、もう眠くてさっさと寝る準備をして横になった。


「30分後に起こして夕食に行きましょう」


 それに対してはもう返事もできず、まぶたはしっかりと閉じてしまい、手を少しだけ上げて反応を示しただけだった。

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