1)それは唐突に
「私が、王子の婚約者候補ですか?」
上等な生地で作られた制服を着た従者の男に思わず、「本気ですか?」と問い詰めたくなってしまったが、彼もまたこの状況に困惑しているようだ。
彼自身も手元のメモ書きをちらりと見て、間違いない、と頷いてもやはり少々自信なさげだ。
それもそうだろう、部屋は不便な最上階で一番安い部屋。上級使用人部屋と言っても過言ではない貴族用のアパートメントで一人で住んでいるのだ。しかも出てきた女は、既製品の地味なドレスを着た女に”王子の婚約者候補になれ” 、と言いにきているのだから、疑いたくもあるなどう。
幸いにも、一部屋ではなく、3部屋あるので使用人部屋ではないと気づける人は気づけるが、それでも貧乏貴族だと思われることは間違いなく、むしろ候補者としてはあり得ない人選だ。
「人違い……じゃなさそうですね。シノノメ伯爵家を名乗れるのはもう私しかいないし……いや、でも、王妃様の温情でまだ貴族として名乗れているだけの人間ですよ?」
「その王妃様からのご指名です」
「ぁ……そうなんですね。……ありがたく拝命いたします」
従者の男の言葉に、全て察しがついた。向こうも、これ以上詮索するのはまずい案件だと思ったらしく、困惑顔から、スッと無表情に切り替わった。
「王妃陛下には、これまで身に余るご支援を賜り、深く感謝申し上げます。このご恩に報いるべく、誠心誠意努めてまいります、とお伝え願えますでしょうか」
「確かに承りました」
綺麗に最高礼をすると、従者の男性も同じく礼を返しおえると、アパートから出て行った。
ポツンと一人残った部屋の中で彼女は頭を抱えていた。
「はぁ、通りで貴族位が剥奪されないわけだわ」
乾いた笑いをしながら、受け取った硬い用紙を掲げた。金縁が施されしっかりとエンボス加工まで施されているのは”王家婚約候補登録証”なる紙だ。
偽造防止に魔法加工されており、角度を変えると文字が星屑のように煌めいている。
「王妃様も律儀な方だわ。たかが王子の遊び相手だっただけなのに」
ヴァレンティナ・シノノメ それが私の名前だ、王家に古くから使える一族だったが、今や衰退し私一人。古くから支えているという理由だけで、伯爵家の私は王子の遊び相手として幼少期王宮に上がっていた。
男女ともに同じ形の子供服を着て王宮の庭でかけずり回ったのは良い思い出だ。用意されたお菓子も美味しかったし、庭は広くて遊具も多かった。
まぁ、傍若無人の王子、アルベルト様の相手は大変だったけど。
「こんどこそ かつ!!」
綺麗な金髪は泥と葉っぱで汚れているが、興奮して深い青の瞳はキラキラと輝かせ、可愛らしい童だ。男女兼用の服でも、小さくとも活発なお陰が、どうみても男の子なのがよくわかった。遊び相手であるヴァレンティナに向かって、おもちゃの剣を向けた姿は王子らしく偉そうなのだが、まだ幼いため、周りからは可愛らしいと言う声が漏れていた。
「えー、おままごとしようよー」
他の子供達は良い子にするとお菓子がもらえるので、おもちゃの剣で遊んでいた子達もちゃんとおままごとのために用意されたテーブルに着席していた。王子だけが着席しておらず、おもちゃの剣も手放さない。
ヴァレンティナは一応王子を説得するも平行線で、それを見て、他の子達はそっと好きなお菓子を抱えた。
「いやだ!」
「じじょたちも おままごとの時間 いってる!」
本物のお茶を受け取りながらヴァレンティナは面倒そうに答えた。彼女の髪の毛は一切汚れていないが、服は汚れていた。先ほどまで王子の相手をしていたのだ。赤みがかった黒髪を一本で結んでいるが、性別が分かりにくい顔立ちのせいで、女の子とも男の子とも仲良く混ざって遊ぶし、侍女たちの言うことをよく聞いくため、自然と女の子たちのリーダー的な存在になっていた。
「そんな、なんじゃくなことしない!」
「わたしは いまは おままごとしたいの!」
「ぼくとあそべー!!」
王子は言うことをヴァレンティナに怒って、おままごとするために広げたテーブルの上のお茶のセットをおもちゃの剣で振り払った。幼い少女達はみんな驚き泣く中、ヴァレンティナだけがブチギレて王子に殴りかかった。
「あやまれー!!」
「オマエがあそばないのがいけないんだー!」
「いまは おままごとの じかん だっていっただろー!」
「おれは きしごっこ がいいんだ!」
結局王子と殴り合って黙らせて、おままごに参加させていた。
当時はどうして王子もおままごとをやらされていたのかわからなかったが、要はテーブルマナーを遊びで教え込むためだった。
学ばない王子を唯一取り押さえられる私を入れることで強制的におままごとで遊ばせる。
それができたのは幼く、同い年だが私の方が女子特有の少し早く成長するタイプだったのと、護身術を習っていたので取っ組み合いの喧嘩をしても、当時は負けなしだった。
本来では許されないが、王妃様が我儘な王子を矯正するためにも良い刺激だと言って許されていた。
当時一緒に遊んでた子にこっそり教えてもらったが、どうやら王子は私を男の子だと思っているらしく、面白そうだからみんな黙っていることにしたとか、なんとなく女子扱いされていないなとは思っていたが、私も面白そうだから黙っていた。
ただ、父親は違っていたらしいが……。
「お前は女の子なんだから、いつまでも泥だらけになって遊ぶんじゃない! 男と女では筋肉が違うんだ、いつか逆転するんだ、お淑やかに過ごしなさい!」
「でも、私強いもん!」
父親の言っていることが理解できず、頬を膨らませて無視していた。王宮にいけば子供服に着替えて庭園でかけずり回るし、一番力の強い子だったから。
それでも成長と共に、父が言った通り力は逆転しはじめていた。
力比べしていると、最後の最後に手加減してくれる子が現れ始めたのだ。悔しさと寂しさを感じつつも、それでも私が勝ったんだから、まだ私の方が強い! と見て見ないふりをしてしまったのだ。
そのせいで大怪我をしてしまった。
それは、王子が10歳になったころ、きっかけは忘れたが、小さい頃と同じように取っ組み合いの喧嘩をして私の肩が外れ、腕にはヒビが入る大怪我をおったのだ。
王妃様はものすごくお怒りになるし、父親には女の子が男と取っ組み合いの喧嘩なんてはしたないと大目玉を食らった。
しばらくは療養で出仕禁止を言い渡されたのだが、その間に父が事故で亡くなったため、遊び相手としての資格を失い、あの庭園には行けなくなってしまった。
「本当なら、あの時点で私は爵位剥奪の上、平民になってたんだよなー」
それがなかったのは、王妃様が怪我をさせた責任を感じて後見人になるとかで爵位継続できたと弁護人にいわれたのだ。ただし、結婚相手は王妃様が認める人のみ。
まー私の家の血筋的に途絶えさせたくなかったらしいけど。
そのおかげで、本来なら通えなかった学院にも行けたし、遠くから成長した王子を見ることもできた。
「昔と違って、今は品行方正な王子って言われてるんだもんねー。月日が経つのって早いな」
学院で見かけた王子は、昔のような我儘王子ではなく、絵本に出てくるようなヴァレンティナが好きな王子様像そのままだった。そのため、遊び相手になっていた女子以外は彼に惚れているような状態だった。
「人間って変わるわよねー、ふふふ。まぁ、私は王妃様の手足となって働きますかー。きっと婚約者候補の人たちの様子を知りたいか、もしくは人数合わせかなー」
学院はもう卒業して、王宮の事務官の書記係として働いて給料をもらっているが、王子に謁見できるドレスは持ち合わせていなかった。
「貴族御用達のドレス屋さんで買えるかなー……」
ついでに情報収集もしなければならない。
幸い王宮の末端で働いているため、仕事や行事に関連する王宮の礼儀作法の本は図書館で閲覧はできるし、候補者の情報はドレス屋に行けばおしゃべりなご婦人達が話しているので盗み聞きをすればいいだけだ。
「まぁーなんとかなるでしょー」
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