第10章「その日、海が輝いた」
想いは、時を越える。
言葉にできなかった心の声も、
姿を失ってしまった愛も——
きっと、海がすべてを包み、
ふたりを、再び引き合わせる日が来ると信じていた。
それは、ちょうど一年前の祭りの日と同じ日だった。
町は再び賑わい、観光客の数は去年の倍以上に増えていた。
堂ヶ島のクルーズ船も増便され、
土肥金山では金探しゲームの新エリアが追加され、
恋人岬にはカップルたちが列をなしていた。
—
「おい椎名、テレビの取材来るってよ!」
「マジか、こりゃこっちも身なり整えないと……あ、でも俺、今汗だくなんだけど……」
地元の若手たちと笑い合いながら、悠馬は町の中心で走り回っていた。
—
午後、ふと時間が空いた悠馬は、一人で浜辺に向かった。
日差しは強く、波の音は静かだった。
そのとき——
「……よう」
後ろから、聞き覚えのある、懐かしくて、優しい声がした。
振り返ると、そこには——
白いワンピースに身を包み、浜辺に立つベンちゃんの姿があった。
「……夢か?」
「夢だったら、触ってごらんよ」
悠馬は、恐る恐る手を伸ばす。
彼女の手は、温かかった。
「……本物……なんだよな……」
「うん。ただいま、悠馬」
—
それから、しばらく言葉が出なかった。
ようやく悠馬が口を開いた。
「……戻ってきたのか?神界のルールはどうしたんだよ」
「うん、少しだけね。“この町に、まだやることがある”って、お願いしてきたの。
そしたら、“あと一夏だけ”って、許してくれた。神様も、案外情が深いんだよ?」
悠馬は、顔をゆがめながらも、笑った。
「もう……お前ってやつは……」
「ほら、せっかく戻ってきたんだからさ、案内してよ。
西伊豆の今、一番キレイな場所」
—
二人は、堂ヶ島へ向かった。
サンセットクルーズに乗り、並んで船の先端に立つ。
「……今年も、海が輝いてるな」
「うん。悠馬が守ってきたからだよ。
町の人たちも、観光客も、子どもたちも……
この海があるから、繋がっていられる」
—
日が沈み、空がオレンジに染まる。
悠馬は、ポケットから小さな箱を取り出した。
「……何これ?」
「開けてみろよ」
中には、小さな真珠で作られた指輪。
それは、彼がひとつずつ浜辺で集めた貝と、地元の職人に頼んで作ってもらったものだった。
「お前が、もう一度来てくれる気がしてさ。……馬鹿みたいだろ」
「馬鹿じゃないよ」
ベンちゃんの目に、涙が浮かんだ。
「私もね、この町で生きてみたかった。
神様じゃなくて、“普通の女の子”として、悠馬と——」
「なら、これからだ」
「……え?」
「お前が神様だろうが幽霊だろうが妖怪だろうが関係ねぇ。
西伊豆の未来に、俺はお前と一緒に居たい。
……俺と、結婚してくれ」
—
ベンちゃんは、泣きながら笑った。
「いいよ。
こっちの世界で、ちゃんと“人間”として生きていく。
悠馬と一緒なら、きっとできる気がする」
—
船の上、ふたりの影が寄り添う。
空には星が瞬き、海は金色の光を反射して——
その日、海が本当に、輝いていた。
“神様と人間”という枠を超えて、
ひとつの恋が、ふたりの決意が、町を変え、未来を照らした。
この物語は終わる。
だが、西伊豆の海は、これからも静かに輝き続けるだろう。
【完】
『西伊豆物語』
エピローグ(後日談)




