第1章「嵐の海と女神の出会い」
秋の始まり、まだ夏の余韻を残した海は、時として牙をむく。
西伊豆の海も例外ではない。
だが、この夜の荒れ方は、いつもと違っていた。
それは、ひとつの出会いのために——運命が海を揺るがした、そんな嵐だった。
本文
「……これは、ヤバいな……」
漁船の上で、椎名悠馬は額の汗をぬぐった。
漁師としての経験から、天気の変化には敏感だったが、今回は判断が遅れた。
天気予報にはなかった突然の低気圧。
空は一瞬で鉛色になり、風は船の舵を奪うように吹き荒れていた。
海は怒っていた。
いや、それ以上の何かが——まるで、誰かの強い感情が渦巻いているような、得体の知れない気配があった。
「戻るぞ……!」
舵を握る手に力を込めたが、波が船体を持ち上げ、次の瞬間には叩きつける。
バランスを崩し、悠馬の体が甲板を滑る。
視界がぐるりと回り、激しく冷たい海が、全身を包んだ。
——やばい……これは、もう……。
沈みゆく意識の中で、彼はふと、あたたかい光を見た。
耳の奥で、鈴の音のような声が聞こえる。
「あなた……まだ、生きたい?」
ふと、目の前に現れたのは、長い黒髪と白い肌、真珠のような瞳を持つ美しい女だった。
水中なのに、なぜか息ができている。
彼女の存在が、時間を止めているような、不思議な静けさがあった。
「……誰、だ……?」
「私は弁天。この海を守る者。……あなた、まだ死んじゃだめ」
次の瞬間、悠馬の体はふわりと持ち上がった。
まるで見えない手に包まれるように、海の底から引き上げられていく。
視界が明るくなり、彼の意識は、そこで途切れた。
——気づけば、浜辺だった。
波の音が耳に優しく、潮の香りが漂う。
そして、その隣には、あの美しい女が、ぺたりと座っていた。
「……やあ、生きてる。良かった!」
女はにっこりと笑った。
その姿は、夢か現か……。
だが悠馬の運命は、この瞬間、大きく動き出していた。
命を救ってくれたのは、神様だった。
信じられない話だが、海で生きる者にとって、自然と神は、切っても切れない関係だ。
悠馬の人生に、風変わりな訪問者が現れた。
それは、嵐の中で芽吹いた、小さな奇跡の始まり。
次回予告
次回、第2章「女神、居候を始める」
神様は、気まぐれで、そして思った以上に世話が焼ける。
目に見えない彼女との同居生活が始まり、悠馬の平穏な日々が、少しずつ崩れていく——。
次も、お楽しみに。
※この物語の関連動画です。
この話をイメージしたミュージックビデオをYouTubeにアップしましたので、よろしければ
そちらのほうもねご覧いただけましたら幸いです。
https://youtu.be/CYbiQppVVhc




