第7話「九州国」
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俺や陽火の生まれたこの世界は、西暦1999年に起きた全世界規模の大自然災害の影響で、世界のおよそ4割近くが壊滅的被害を受けた。
日本においては、四国地方、近畿地方、関東地方のほとんどがほぼ壊滅状態となり、他の地域も規模の差はあれど、それなりの被害を受けた。
それを受けて、当時の日本政府は、比較的被害の少なかった大阪府に首都を移し、大阪都として新たな日本国として再出発することとなった。
しかし、元大阪府民を中心とした政府による、被災地域の復興を後回しにしたり、地域経済を無視した、所謂“大阪ファースト”的な政策は、日本国民の怒りを買い、西暦2017年には、北と南の国民が大阪政府に同時に反旗を翻し、とうとう日本が三つに分裂する事態となった。
それが、大阪都を首都とした関西中国地方の“大阪自由主義国”、金沢県を首都とした中部地方から上の“北日本国”、そして福岡県を首都とした九州地方の“九州国”、というわけだ。
それ以降、中央、北、南で独自の政治政策が行われるようになり、各地域が受けた大規模自然災害による被害からの復興は進んでいったが、壊滅的被害を受けた四国地方、近畿地方、関東地方のほとんどは未だに復興の目処が立っておらず、今はほぼ無政府状態となっている。
そんな三つに分裂した日本の南側、九州国の福岡県(県名や市町村名などは余計な混乱を招かないようにと、余程のことが無い限りは従来の名称をそのまま使用している)は北九州市の門司区で暮らす俺達兄妹だが、その両親は九州国の政府の仕事に携わっている。
父親は、現農林水産大臣(政府の仕組みや省庁なども、余計な混乱を招かないようにと、かつての日本のシステムをほぼそのまま流用している)の天星信大、母親は、その秘書を務める天星真愛。
で、今この九州国で深刻な問題となっているのが、米を中心とした食料品の物価が、異常なまでに高騰していることだ。
この一年近くで、米はすでに倍以上の値段になり、その他の食料品も、原材料費の高騰など様々な要因で、2〜3割増しで値段が上がってきているのだ。
これが好景気のインフレによる物価高騰ならば、まだ許容範囲として許せただろうが、景気は逆に下がってきており、九州国民の平均手取り額は5年連続で減少している状況下での物価高、つまりはスタグフレーションの状態に陥っているわけだ。
というのも、現政権のトップ、総理大臣である鳩破茂郎が、隣国である大亜細亜人民共和国(通称大亜国)との融和政策を中心とした、“亜細亜九州共栄圏計画”を打ち出し、大亜国への資金援助に食糧支援、大亜国民の働き口を作るための九州国企業の下請け工場の設立、そして大亜国からの積極的な人材受入などなど、大亜国寄りの政策ばかりを進めていった結果、九州国民の働き口が減るなどし、九州から大阪や、北日本国へと出て行く者達が増えたことで、一次生産者が減り、食料不足になり、さらには納税者が減った(九州国に住む大亜国民への納税義務は無い)ことで税収が減り、政府は増税を繰り返しては、さらに九州国民が減って……、という負のスパイラルに陥った結果が、今の九州国の現状なのである。
「…そんな無能総理など、さっさと辞めさせてしまえば良いのでは?」
話を聞いた月火が至極もっともなことを言ったが、問題はそう簡単では無い。
「それがね、困ったことに野党はもっと無能なんだよ……」
陽火の言う通り、野党側もまた、与党の足を引っ張ることしか考えておらず、国会では小学生でももっとマシな悪口を言えるってレベルの低レベルな悪口しか言えず、政権交代後の具体的な政策などは全く口にせず、ただただ揚げ足を取るだけの野党に政権を任せるくらいなら、まだ今のがマシというレベルなのだ。
そもそも、野党連中も本気で政権を担う気は無いのか、内閣不信任を出し渋っている。
「食べられるウ◯コと、見るからに腐った食べたら確実に命を落とすレベルのウ◯コ、どっちか選べって言われたら前者を選ぶしか無いっちゃろ?」
「まぁ…、それはそうでしょうけど…」
「そんな中、あたし達のお父さん達みたいなまともな議員の人達もいて、対策案を提出するんやけど、全て却下されるっちゃんね…」
九州国では、政策の最終決定権は総理大臣にある。
そのため、総理大臣が各大臣の政策案に対し、「NO」と言えば実行に移されないのだ。
「そんな独裁政治のようなことが許されて良いのですか?」
「それはそうなんやけど…、少し前まではそんなこと無くてね」
「施策を各担当大臣に任せていたら、それを悪用して裏金を稼いでいた大臣が過去におってね、それ以降、どんな大臣の施策であっても一度総理大臣を通してから、最終的に総理大臣の判断で是非が決まるようになったっちゃん」
そんなわけで、現在の九州国では鳩破大臣が半ば独裁者と化して、好き勝手な施策を行っている、というわけだ。
「しかし、そんなのはいつまでも続かないのでは無くて?その内暴動とか起きても良さそうですけど…」
月火のもっともな質問に、俺達は揃って頷いた。
「ああ、実際に今九州国の各地では暴動が起きとる」
「“21世紀の米騒動”だ、などと言われて最近ニュースにもなっとるんやけど、実際に米を買えない人達がお米屋さんやスーパーを襲ったりして米や、その他の食料品を強盗したりしよるんよね。
幸い、この辺ではまだそんな事件は起こっとらんけど…」
「それだけやなく、福岡市の九州国国会議事堂に直接暴徒が攻め込むなんて事態も起きたりして、今の九州国は結構荒れとるんよな〜…」
俺達は、そんな話をしながら、門司駅前の古い商店が並ぶ、大里柳町商店街へとやって来た。
ここの商店街は、俺達が子供の頃、いや、もっと言うなら父さん達が生まれるよりもずっと前から、ほとんど街並みは変わっていないらしく、商業向けなレトロを謳う門司港レトロ地区よりも、余程レトロな街並みだと言える。
ただ単に古い街だ、と言われてしまえばそれまでなのだが…
そんな古くから続く商店街だが、全く変化が無いというわけでは無く、商店街の中心にドンと構えていた大手のスーパーの親会社が変わってその名前が変わったり、細かい店の入れ替わりは普通にあったりはしている。
そうして古い店舗が取り壊され、その入れ替わりで新たに出来た店舗の中に、某有名アパレルショップのチェーン店が入っていて、俺達はここにやって来た。
「本当は小倉まで出た方が、良い服は買えるんやけど…」
「いえ、問題ありませんわ。
今日はお兄様や陽火さんが幼少期から過ごしたというこの商店街を色々と見てみたかったので」
「まぁ、月火ちゃんがそれでいいなら、いいっちゃけど…」
ということで、この古き良き柳町商店街へとやって来たのだった。
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陽火が月火をまるで着せ替え人形のようにして、様々な服を着せていく様を、俺は少し離れたところから微笑ましく眺めながら、そう言えば今日はいつもより多く陽火と話したな〜、とかぼんやりと考えていると、にわかに店の外が騒がしくなった。
店の入口から外を見ると、商店街に来ていた人々が、何か叫びながら、商店街の外へと走って行くのが見えた。
「…何だか、ただ事では無いようですわね」
と、いつの間にか俺の側に来て、俺と同じように店の外を見ていた月火がそう言った。
「あぁ…、こりゃあっちの方で何かあったな…」
俺はちょっと様子を見てこようと店の出入口に向かおうとしたところへ、会計を終えて、大量の買い物袋を抱えた陽火がやって来た。
「ちょっとお兄ちゃん、荷物半分持ってよー!……って、どしたん?何かエラい外騒がしいっちゃけど…?」
陽火も外の様子がおかしいことに気付いたようだ。
「二人はここにいてくれ」
「え?お兄ちゃん、何処行くと?」
「ちょっと外の様子を見てくるだけっちゃ」
「では、わたくしも、」
「いや、月火は何かあった時に、陽火を守ってやってくれ」
「…分かりましたわ」
「頼む!」
そう言って俺は、店の外へと向かって駆け出した。
「え!?あ、ちょ、お兄ちゃん!?」
陽火の心配そうな声が聞こえてきたが、俺の予想通りなら、戦闘能力の無い陽火を店の外に出すわけにはいかない。
ちなみに、俺も月火も念の為、“精霊石”を持ってきている(一糸纏わぬ姿で転移してきたハズなのに、何故か“精霊石”だけは、俺のベッドの枕元に置かれていた)ので、いざとなったら、精霊術で戦うことが出来る。
そういう事態にならなければいいが、と思いつつ店の外に出た俺だったが、事態は俺の予想よりも遥かに悪い方向に転がっているようだった。
「おいおい、マジかよ……」
俺の視線の先、大勢の人々が逃げてくる方向には、店先に商品を並べて販売する、個人商店の立ち並ぶ区画があるのだが、そこから炎と黒い煙が上がっているのが見えた。
「とうとう“米騒動”がここ門司でも起きちまったか……」