第6話「陽人の世界」
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「………、というわけなんだよ、陽火」
俺は、今日これまでにあったことを、前世の妹である月火の紹介も兼ねて、ダイジェスト形式で現世の妹の陽火に説明をした。
「………はぁ…、その話を信じろって…?」
一方の陽火は、メガネの奥から、俺を睨みつけるようにジト目を向けてくる。
…まぁ、そりゃ信じないよな、俺が転生者で、ついさっきまで並行世界にいて、そこで前世の妹と再会し、そしてその再会した妹と元の世界に戻ってきた、なんて話は…
「百歩譲って、その話が真実やとして…、何で二人とも裸なん?」
と、陽火。
「そういえば…、何故わたくし達は裸なんでしたっけ?」
どうやら、月火は風呂場で頭をぶつけたショックで一時的に記憶を失っているらしい。
これは好都合と、俺は何とか誤魔化すなめに、月火が風呂場のことを思い出す前に、やや食い気味に口を開いた。
「そりゃ、あれだ!『異世界転移』に失敗したとか、」
『んなわけないでしょーが!
ちゃーんと成功してるっつーの!』
と、そこへ突然【転生の女神】スターラ様が現れた。
「うわっ!?また人が増えた!?」
『ハロハロー!陽人君の現在の妹の陽火ちゃん、私は【転生の女神】スターラ、以後お見知り置きを〜♪』
と、軽い調子で自己紹介するスターラ様。
「てっ、【転生の女神】…っ!?本当に…っ!?」
『んなことで嘘なんかついてもしょうがないっしょ?事実は小説より奇なり、って言うでしょ、陽火ちゃん?認めよーぜ、目の前の現実ってやつをさ…』
相変わらずぶん殴りたい笑顔だ。
「それでスターラ様?これは、一体どういう状況なのでしょうか…?
何故、わたくしとお兄様は、お兄様の元いた世界に転移してしまったのですか?」
月火の質問に、スターラ様はこう答えた。
『それはね、あっちで『異世界転移』の条件を満たしたから、二人は新たな世界、まぁ、陽人君にとっては元の世界に『異世界転移』した、ってわけ』
「『異世界転移』の条件…?」
『そう。
①陽人君が前世の妹と再会し、“精霊石の欠片”を手に入れること。
②その上で、陽人君が眠りについた時。この時、妹ちゃん達が側にいれば、その妹ちゃん達も一緒に『異世界転移』出来る、って寸法よ!』
「なるほど…、そういうことでしたか…、しかし、ではわたくし達が服を着ていないのは何故ですの?」
『それは私のせいじゃない。
二人で乳繰り合いでもしてたんじゃないの?』
「うわぁあああああああああっ!!」
俺は慌ててスターラ様の口を塞ごうとしたが、スターラ様の身体は透けていたため、俺はそのままスターラ様をすり抜けて床に正面からダイブする結果となってしまった。
そんな俺を、汚物でも見るかのような目で睨んでくる我が実妹。
「お兄ちゃん……?」
「いっ!?いやいや、違うっちゃん!ただ俺達は魔獣退治でかいた汗を流すために風呂に入っとっただけで、何もやましいことはしとらんけん!!」
「……ふーん?まぁ、別に?お兄ちゃんが何処で誰と何しちょろうが構わんっちゃけどねー?」
と、陽火はそっけない声でそう言うと、「それより、」と月火の方を向いて話を変えた。
「いつまでも裸やと、夏とは言っても風邪ひいちゃうよね。
…見た感じ、月火ちゃんはあたしと体型同じくらいやし、とりあえずはあたしの服を貸しちゃるけど、それでいい?」
「ええ、構いませんわ。ありがとうございます、陽火さん、いえ、お姉様とお呼びした方がよろしいかしら?」
「お…っ、お姉様……っ!?」
月火のその一言に、ズキュンと胸を一突きにされた陽火。
数秒、呆然としていたが、なんとか意識を取り戻してこう続けた。
「い、いやいや!普通に陽火でいいっちゃん!というか、あたし達同い歳やろ!?」
「ええ、誕生日も同じ8月12日ですわ」
「えっ!?そうなん!?あ、でもお兄ちゃんと前世双子やったんやけ当たり前か…、いや、でも転生してまで誕生日が同じとは限らんわけよね…?ん〜…、まいっか!それより、服っちゃん!月火ちゃん!とりあえずあたしの部屋行こっ!月火ちゃんに似合いそうなん見繕ったげる!」
「はい、よろしくお願いしますわ♪」
そうして、タオルケットを身体に巻いた月火を連れて、陽火はさっさと部屋を出て行ってしまった。
出て行く直前に、後ろを振り返ってこう言った。
「あ…、月火ちゃんの分のお昼ご飯準備しとらんけん、お兄ちゃん、何か準備しとって」
「あ…、ああ……」
そして、部屋に残された俺は床から立ち上がって、着替えることに、
『…って、おいおーい!ナチュラルに私を無視すんなーっ!!』
「なん、まだおったん?」
『まだおったわーい!
ったく、私の目の前で兄妹でイチャつきおってからに…、というか前隠せっ!これでも私は女の子だぞー!?』
「んなことより、まだ何か俺に伝えたいことがあるっちゃなかと?」
『んにゃ?無いよ』
「ならさっさと帰れっ!」
俺が枕を掴んで女神スターラ様に投げつけるも、枕はスターラ様をすり抜けて部屋の壁に当たって床に落ちた。
『ちぇ〜、いいじゃ〜ん、もっとお話しようぜ〜?』
「女神様ってのは暇なん?」
『失敬な!これでも色々やること多くて忙しいんだぜ〜、私?一応女神だし〜?』
本当かよ…?
まぁ、【転生の女神】なんて肩書があるくらいだし、他にも転生者がいて、その管理とかをしてるのかもしれないが……
『そういうことだよ、陽人君!』
「また勝手に人の思考を…、」
『おっと、こんなことしてる場合じゃ無いや!そろそろ別件で別の世界に行かなきゃいけないんで、名残惜しいかもしれないけど、私は行くよ!』
「さっきからさっさと行けち言っとろーが!!」
『じゃまた、夢の中で!バイビー!』
と、言いたいことだけ言ったスターラ様は、さっさとその場から消え失せるのだった。
*
服を着て、一階のキッチンへ向かうと、陽火が準備していたのか、火の止められたフライパンの中に、二人前の焼きうどんが出来上がっていた。
その当の陽火と、月火はまだ服を選んでいるのか、キッチンに降りてくる気配は無かったので、俺は陽火に言われた通り、月火の分の昼飯を用意することにした。
ちょうど冷蔵庫にはうどん玉があと一玉残っていたので、それとラップに包まれて入れられていた焼きうどんの具材(恐らくは陽火が準備して余った分だろう)を取り出し、新しいフライパンを用意してから、同じように炒める。
こちらが出来上がるタイミングで、陽火が準備していた分を、二つの取り皿に分け、少し冷めていたためにレンジでチンする。
そして、月火の分の焼きうどんも皿に盛り付けたところで、二人がリビングに現れた。
「お、ちょうどお昼出来上がっとーやん!」
「あらあら、とてもいい匂い♪焼きうどんですのね♪」
月火は、夏らしく涼し気な、黒を基調としたオフショルダーのトップスに、薄い青色のショートパンツという、月火のお淑やかなイメージとは真逆の、アクティブでボーイッシュなデザインの服を着ていた。
「どうかしら、お兄様?似合いますか?」
「あ…、ああっ!めっちゃ似合う!最高っ!」
「だよねっ!月火ちゃん、めっちゃ素材いいもんっ!ぶっちゃけあたしの持ってる服じゃ物足りんくらいカワイイっ!!」
かく言う陽火は、白のノースリーブの上からネイビーのアウタージャケットを纏い、ボトムスは黒のロングパンツという出で立ちだった。
というか、陽火のこんなテンションを家の中で見るのは久し振りだな。
中学くらいから、俺の前では塩対応な陽火だったから、なんだか新鮮な気分だ。
「そんな…、わたくしはファッションセンスが無いので、いつも似たようなワンピースばかり着ていましたから、陽火さんのコーディネートは新鮮で、どれもわたくしには勿体ない程素敵なものばかりでしたわ♪」
「ん〜♪やっぱり月火ちゃんカワイイっ!!最っ高っ!!」
と、月火に抱きついて愛情表現をする陽火。
着替えの最中に、すっかり二人とも仲良くなったようだ。
「もう、陽火さんってば♪さ、それよりせっかく用意して下さったお昼が冷めてしまいますから、食べてしまいましょう」
「そうだね。
あ、でも残り物の焼きうどんで良かった?月火ちゃんの口に合うかな?」
「問題ありませんわ。フクオカシティに産まれた人の中に、うどんの嫌いな人など存在しませんから!」
と、月火が堂々と宣言した。
そうなのだ、福岡県人のソウルフードは何かと聞かれて、ラーメンだと答えるのは邪道。
真に福岡県人が愛すべきソウルフードはうどんなのだ。※諸説あります。
確かに、福岡県人はラーメンも好きだが、ラーメンはどちらかと言うと、県外の外様向けに出されるオシャレに着飾った感じの福岡フードだが、うどんは福岡県人の魂に刻まれた、文字通りのソウルフードなのだ。※諸説あります。
うどんといえば香川!などと素人の日本人は口を揃えて言うが、そもそもうどんの発祥は福岡にある。※諸説あります。
街を歩けば何処かしらにうどん店を見かける程に、福岡県人はうどんを愛し、うどんに愛されているのだ。
先程も言った通り、うどん店は県内の何処にでもあるため、福岡県人にとって、何処のうどんが一番か、というのは個人個人、地方によってもまた違うだろう。
かく言う俺達、北九州人は、幼少期から青年時代までを“資◯んうどん”に育てられ、福岡市に上京してから、“ウエ◯ト”、“牧◯うどん”、“大◯のうどん”、“因◯うどん”、“か◯のうろん”…etcに出会い、そして最期に“資◯んうどん”に帰って来る、といううどんライフサイクルを送ることになる。※諸説あります。
勿論、チェーン店じゃないうどん店も……、
「……ぃちゃん、お兄ちゃん?何黄昏とーと?早よ食べりぃよ、この後、月火ちゃんの洋服買いに行くんやけん、ぼーっとしとったら置いてくよ?」
「え!?あ、お、おぅ!」
陽火にそう言われ、現実に帰って来た俺は、陽火の作ってくれた焼きうどんを美味しく頂くことにした。
ウチは、両親が国の政治にまつわる仕事をしているため、家にいないことが多く、必然的に俺も陽火も料理が上手くなったという経緯があるのだが、どうやら月火も俺達兄妹の味付けを気に入ってくれたらしく、「とても美味しいですわ♥」とお世辞抜きで喜んでくれていた。
「あ、そうだ!ちょっとテレビ付けていい?」
陽火が何かを思い出したようにそう言ったので、俺は頷くと、陽火はリモコンのスイッチを入れた。
いくつかのチャンネルを切り替え、昼のニュース番組をやっているチャンネルになると、そこで止めて、陽火は食い入るように画面を見つめた。
そして、政治経済の話題になると…、
『…続いて、昨今の米を始めとした食料品の物価上昇の件について、農林水産相の天星大臣は会見で次のように述べました……、』
「あ!出た出た!あたし達のお父さん!」
「え!?陽火さん達のお父様!?」
陽火が何を見たがったのかと思えば、どうやら、九州国現農林水産大臣の俺の親父の会見映像を見たかったようだ。
『米を始めとした食料品の物価上昇につきましては、一刻も早く対策すべきと、その対策案を総理に提出した次第であります!』
『……と、天星大臣は強く強調致しましたが、当の鳩破首相は、「天星大臣の案は具体性に欠ける」とし、その対策案を却下した模様で……、』
「まーたあの無能総理かよっ!!ふざけんなっ!!」
と、陽火が怒り心頭な様子で、乱暴にテレビのスイッチを切った。
対して、月火が事情を飲み込めていない様子で、こう尋ねてきた。
「あの…、一体どういう状況なのでしょう?」
「あー…、えっとね、今この国、九州国では食料品の物価上昇が止まらんでね。特に米の値段なんかが一年前の倍以上になっとっちゃん。んで、その対策をあたし達のお父さんがしとーっちゃけど、その案を今の無能首相、鳩破って奴が尽く『具体性に欠ける』とか『現実味が無い』とか言って却下しまくっとーと!
政府の備蓄米を卸売業者通さずに、直接スーパーに卸したり、農家さんと小売業さんとが直接交渉して店頭に卸したりする手法の模索とかの何がいけないってのよ!?
今の米の価格値上がりは卸売業者が買い占めてんのが問題だって言ってんのに、『その点に関しては違法性は無い、適切な対応だ』って、馬鹿かっつーの!!」
「はぁ…、確かに聞く限りはそのハトバ…?って方の頭がいささかイカれているように思えますが…、その前に、わたくしが気になったのは九州国、という部分なのですが…」
ああ、そう言えば月火には、この世界の今の日本の状況を伝えていなかったな。
「ああ、実は、俺達の世界の日本は、今、大阪都を首都とした関西中国地方の“大阪自由主義国”、金沢県を首都とした中部地方から上の“北日本国”、そして福岡県を首都とした九州地方の“九州国”の三つに分裂しとるっちゃん」
「ええっ!?」
「ちなみに、四国や東海、関東地方のほとんどは大規模自然災害の被害にあって、ほぼ壊滅状態で、今は無政府状態になっとるんよ」
「えええええっ!?」
この日一番の驚きの声をあげる月火であった。