第5話「現世の妹」
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「……ん、ここ……、は……?」
知らない天井……、ではなく、よく見知った、というか昨日の夜眠りにつく前に見た天井の景色が、目の前にあった。
「ここは…、俺の部屋…?」
まさか、さっきまでのことは夢だったのか?
俺は、起き上がろうと腕を伸ばそうとしたが、右腕がモチモチポヨポヨとした感触で挟まれていて動かすことが出来なかった。
「いや…、やっぱり夢や無かったか…」
視線を右に移すと、そこにはスヤスヤと可愛らしい寝顔で眠っている裸の天使こと、我が前世の妹である月火がいた。
「というか、さっきまで俺達、月火の屋敷の大浴場におったよな…?それが何で…?」
そう言えば、頭を打って気絶していた時に、【転生の女神】スターラ様が何か言っていたような気がするな…
「ってことは、例の『異世界転移』の術で元の世界に戻って来たってことか…?」
おいおい、今朝、並行世界に転移したばかりだというのに、また元の世界(つまり、俺が転生して今日まで生まれ育ってきた世界)に戻って来たっていうのか?
いくらなんでも急展開過ぎないか?
もっとこう、並行世界で冒険とか、敵とバトルとかあっても良さそうなものだろうに…
いや、一応魔獣とのバトルはあったか…、などと寝ぼけた頭でぼんやりと考えていたせいで、大事なことを忘れていた。
「お兄ちゃん?休みやけんっていつまで寝とーと?もう昼やけん、そろそろご飯、」
ガチャリと、ノックもせずに俺の部屋の扉を開けて中に入って来た、ショートヘアでメガネをかけた、ボンッ!キュッ!ボンッ!なナイスバディな少女、
「食べ……、って……、キャアアアアアアアアアアアッ!?!?」
俺の現世の妹、正真正銘血の繋がった俺のリアル妹、陽火が、裸で抱き合う俺達を見て叫び声を上げるのだった………
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陽人達が去った世界、月火の住んでいた“ワールドフラワレス”と呼ばれる世界にて、月火の現世の兄である月人が、空を見上げながら、独り言のようにポツリと言った。
「ヤツは“精霊石の欠片”を一つ回収したのか」
『うん、予定だともう少しかかるかもって思ってたんだけど、運良くトノウエ山からギャラスの大群が現れたおかげで、早く回収出来ちゃったみたいだね〜♪』
月人の言葉に答えたのは、陽人が一発殴りたくなるような、と言っていた声の主であった。
「そのギャラスの群れとやらはお前の仕業じゃないのか?」
『まっさかー!私は【転生の女神】であって、『転生』とか『異世界転移』に関する力はあっても、魔獣を操るような力は、私にはないよ』
「その言い方だと、お前以外の“女神”なら、そんな力を持っていそうな感じだな?」
『ま、私達はこれでも君達人類の言うところの“神様”ってヤツだからね〜』
「…否定はしないんだな」
『ま、それよりも!予定とは少し違ったけど、もう彼らは元の世界に転移させちゃって、これからしばらくはこの世界に戻って来ないけど、大丈夫だった?』
「何がだ?」
『いやー、愛しの妹ちゃんとしばらく会えなくなるから、寂しくなるんじゃないかなー、って』
「別に。アイツは単なる駒だ、俺が、“月の精霊石”と“太陽の精霊石”を手にし、全ての世界を統一するための駒に過ぎない」
『ふ〜ん……、ま、いっけどね。
…そんじゃ、しばらく月人君とは会えないけど、無茶して死んじゃったりしないでよねー?』
「ふん、俺を殺せるヤツなど…、それこそキサマら“女神”か、かつての【魔王】くらいのものだろう」
『ま、それもそっか。
だけど、油断は禁物だよ?君が死んじゃったら、私達の計画もおじゃんになっちゃうんだから』
「ああ、分かっているさ。
…それよりさっさと行け。このままだと俺が一人でブツブツ話す不審者扱いされてしまう」
『ちぇ、いけずー!もう少しだけ話そうぜー、月人っち〜?』
月人は、自身の精霊術で声の主を吹き飛ばしてやりたかったが、実体の無い者に攻撃しても無意味だと考え直し、そのまま無視して、その場を立ち去ることにした。
『ありゃりゃ、振られちったかー…
ま、電撃浴びせられなかっただけマシかー、実体は消しているとはいえ、感覚的に痛いものは痛いからなー…
さてさて、それより、そろそろ“ワールドアクア”で起きた陽人君と月火ちゃんが、あっちの妹ちゃんと鉢合わせしてる頃かな〜っと』
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「ふわぁ〜あ…、お腹空いたな…、そろそろご飯作るか…」
あたしの名前は天星陽火、生まれも育ちも福岡県北九州市門司区の、生粋の北九州人。
高校は北九州市の中心、小倉北区にある進学校に通っている。
大学は、一応今のところは、福岡市の方にある国立大学に進学予定の受験生。
勉強は正直苦手だけど、大好きな人と同じ大学に行くために、今年の夏は勝負の夏となる…!
今は高校最後の夏休みで、つい昨日、8月12日に誕生日を迎えて18歳になったばかりだ。
身長は167cm、スリーサイズはかなり自信あって、上から93、55、84という、受験に失敗してもいざとなればグラビアアイドルとしてやっていけるだけのスタイルだと自負している。
…まぁ、大好きな人以外に肌を見せる気は無いけれど。
ちなみに目は悪くて、メガネをかけている。
そんなあたしは、受験勉強中の中休み期間とも言える今日、朝から一人ぼんやりと部屋で過ごしていたのだが、そろそろお昼時というところでお腹の虫が鳴いたので、キッチンに向かって料理を作ることにした。
冷蔵庫を覗いて、あるものから出来る料理のレシピを頭の中で考える。
「あ、うどん玉が賞味期限ギリギリか…、なら焼きうどんにしよう」
あたしはうどん玉を二つと、冷蔵庫にあった野菜や、かまぼこ、ちくわなどを手際よく刻んでいき、火を通したフライパンにうどん玉とそれらをぶち込んで(余った具材なんかはラップに包んで冷蔵庫に戻す)、あとは適当に醤油などの調味料を入れて焼き目がつくまで炒める。
その間に、二人分の皿を用意する。
そうそう、言い忘れていたが、あたしには双子の兄がいる。
…そう言えば、今日はまだ兄の姿を見てないな……
あたしは一度フライパンの火を止めると、二階の兄の部屋へと向かう。
兄の部屋の前に立つと、いつも通り、あたしはノックもせずに部屋の扉を開けて中に入った。
「お兄ちゃん?休みやけんっていつまで寝とーと?もう昼やけん、そろそろご飯食べ……、って……、キャアアアアアアアアアアアッ!?!?」
そこであたしは、ベッドで並んで横になった裸の兄と、見知らぬ裸の美少女という、どこからどう見ても事後としか思えないシチュエーションを目撃することになってしまうのだった………