第3話「精霊石の欠片」
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突然、月火の部屋の扉の前にやって来た、月火の現世における双子の兄、天海月人。
俺は、扉が開く前に隠れておこうとしたのだが、一足遅く扉が開かれ、件の兄が室内に入って来た。
「入るぞ、月火、…ん?その男は何だ?」
入って来たのは、確かに月火によく似た、美青年といった見た目の青年で、身長は、170にギリ届かない俺とは違ってゆうに180は超えていた。
だが、確かにイケメンではあるが、何処か人を寄せ付けないような、冷たい表情をしており、俺の少し苦手なタイプだった。
「いや…、えっと…俺は…、」
咄嗟のことに言葉が出ない俺に代わり、月火が口を開いた。
「この方は先程、トノウエ山の登山口付近でゴブリンの群れに襲われていたところをわたくしが助けたところでして、どうやらその時のショックから記憶喪失になっているようでしたので、一時的にわたくしが保護したのですわ」
と、嘘の中に真実を混ぜた説明を淀みなくしてみせた月火。
さすがに、記憶喪失だとか、記憶喪失の男を助けた、という辺りは怪しまれるかと思ったが、月人は、「ふん、そうか」とだけ言って、それきり俺への興味を失ったようだった。
「月火、俺はこれから“対魔隊”の遠征に出向くこととなったから、しばらく家を空ける。
もうお前も成人だから、俺がとやかく言う義理は無いが、あまり羽目を外し過ぎないように、な」
と、一方的に告げると、月人はさっさと部屋を出て行ってしまった。
「な…、なんだありゃ…?」
思わず月火の兄に対して失礼な言葉を使ってしまったと、慌てて口を塞いだのだが、月火は「気にしていませんわ」と言って、こう続けた。
「あの人は昔からあんな感じなんです。ただ血の繋がりがあるというだけの関係…、お兄様とは全然違います」
この場合のお兄様とは、俺のことだろう。
兄妹の関係について、今の俺がとやかく言えることでは無いし、それに月火自身も、実の兄との関係については特に何とも思っていないようだったので、これ以上、この話題については触れないようにした。
「ところで、さっきお前の兄さんが言っとった“対魔隊”ってのは?」
「ああ、それは魔人の襲来以降、この世界に現れるようになった魔獣や、“魔生物”、先程お兄様を襲っていたゴブリンはこの魔生物の一種ですわね、それらの退治を専門とした、国所属の精霊術師部隊、“対魔獣・魔生物軍隊”のことを、略して“対魔隊”と呼んでいるのです」
「“対魔獣・魔生物軍隊”…」
「そして、月人お兄様とわたくしは、その“対魔隊”の“キタキュウシュウ守衛隊”における“モジ分隊”に所属する精霊術師なんです」
「え、まだ18なのに軍隊に!?」
「この世界では普通ですわ。精霊術師は16になると予備兵として入隊し、能力や成績に応じて正規兵へと昇格します。昇格に年齢は関係なく、月人お兄様は入隊したその年にはすでに正規兵となっていました」
「月火は?月火も正規兵なん?」
「いえ、わたくしは精霊術師としては未熟でしたので、まだ予備兵のままですわ」
「え、月火が未熟?」
確か、月火は前世においては、世界でも有数の精霊術の使い手だったと記憶している。
「それは前世でのお話ですわ、転生したわたくしは、どちらかと言うと落ちこぼれで…
逆に月人お兄様は、それこそ前世のお兄様以来だと言われる程の精霊術師で、先程少し話題にもなりました、“太陽の精霊石”と対になるもう一つの伝説の石、“月の精霊石”の使い手に選ばれるのではないか、とも言われています」
“太陽の精霊石”と“月の精霊石”は、大和国、つまり俺達の世界で言う日本に伝わる伝説の石で、国王家の宝物庫にて厳重に保管されていたものだ。
なんでも、かつて大和国創造に関わった物らしく、初代国王と国王妃がその石の力を使って、戦乱の世に新たな国を創り、そして世界に平和をもたらしたのだとか。
そんな伝説の石が、次に歴史の表舞台に現れたのが、前世の俺の時代で、その時“太陽の精霊石”を扱って、世界に平和をもたらした前世の俺という存在は、今では歴史上の英雄として語り継がれているらしい。
一方で、“月の精霊石”に関しては、当時においても使用者は現れず、今もまだ、創世の頃よりずっと王家の宝物庫にて眠り続けたままらしい。
「ふーん…、なるほどね。つまりは、月人が新たな伝説の英雄となる日も近いかも、ってことか…」
「それはどうか分かりませんが…、しかし月人お兄様が優秀なのは間違いなく、今も18という若さながら、モジ分隊の第5隊長として、モジタウン各地を飛び回ったり、場合によっては他地区の分隊の方々と合流しての遠征に出かけたりしているのです」
「なるほどね…」
“対魔隊”のことは何となく分かった。細かいことでまだ分からないことはあったが、それよりも俺はこの世界に来てからずっと気になることがあったので、そのことを尋ねることにした。
「ところで、あのゴブリン達、魔生物っち言いよったか?アイツらは一体何なん?俺のいた時代にはあんな連中おらんかったよな?」
「ええ、アイツらに関しては、」
と、月火が魔生物の説明をしようとした時、トノウエ山の方から、甲高い悲鳴のような、耳障りな鳴き声が聞こえてきた。
「この鳴き声は…!?」
「まさか…!?魔獣“ギャラス”がっ!?」
月火が部屋を飛び出したのを追って、俺も部屋を出て、階段を降りて、家の玄関から外へと飛び出した。
この時はそんな余裕は無かったが、月火の家はまさしく豪邸と呼ぶに相応しい大きな屋敷で、玄関の裏には広い池付きの庭もあるらしい。
「お兄様っ!あそこ!」
と、屋敷を出た月火が指指す先、トノウエ山の中腹辺りから、無数の巨大なカラスのような見た目の巨大な鳥型の魔獣、“ギャラス”が麓へと向かって降りて来るのが見えた。
「あの数…!恐らくはギャラスの巣が作られていたのでしょう…
頂上付近を縄張りとしていたゴブリン連中が、逃げていたのはあれのせいだったんですね…」
「ん?どういうことだ?」
「先程、お兄様を襲おうとしていたゴブリン連中は、元々山の頂上付近を縄張りとしていて、繁殖期などになると山を降りて、人間の女性らを襲い始めるのですが、今はまだその時期では無く、おかしいと思っていたのですが、恐らく、ギャラスの一斉孵化の兆候を感じ取り、そのギャラス達から逃げるために山を降りてきたところへ、お兄様が出くわした、ということでしょう」
「な、なるほどな…
だが、それよりどうすると!?“対魔隊”に連絡とか、」
「いえ、ここはわたくしに任せてくれませんか?」
そう言うと月火は、“精霊石”の埋め込まれたバングルを左腕にはめて、術を唱えた。
「炎の精よ、集いて我が翼となれっ!『ファイヤーウィング』!」
すると、月火の背中から炎の翼が生えて、そのままゆっくりと浮かび上がった。
「月火っ!?」
「心配ありませんわ、お兄様。
確かに、転生したばかりで前世の記憶の無かったわたくしは、精霊術師としては落ちこぼれでしたが、前世の記憶を取り戻した今のわたくしの力ならば…っ!」
そう言うと、月火は火の粉を散らしながら、炎の翼で天を翔け、ギャラスの群れへと飛び込んでいった。
*
ギャラスの主な攻撃方法は、口から超音波を放ち、相手の動きを封じてからその鋭い嘴で敵を串刺しにするというエグい戦い方をする。
おまけに頭もよく、集団戦においては、超音波によるコミュニケーションをとって連携攻撃を仕掛けてくる。
そんなギャラスへの主な対抗手段としては、“土の精霊術師”が土の壁を作って超音波を遮断するか、“風の精霊術師”が、周囲の空気を操って風を作り、音の伝播速度を遅らせたりして超音波を防ぎつつ、連携を取らせなくして、各個撃破していく、というのがセオリーだ。
どちらにせよ、基本は精霊術師のチームで対応しなければならない相手だ。
しかし、今の月火は一人だ。
セオリーを考えるなら、たった一人でギャラスの群れに挑むのは無謀と言える。
だが、俺の知る前世の月火、【天魅月姫】と呼ばれていた時の月火ならば……、
『『『キュララララララァアアアアッ!!』』』
近付いてきた月火の存在に気付いたギャラス数体が、月火に向かって超音波を放つ。
離れた場所にいる俺でさえ、あまりの不快さに耳を塞ぎたくなるような超高周波の音波を、至近距離で浴びる月火はひとたまりもないハズ…、なのだが、月火は全身に炎を纏わせながら、ギャラスの群れの中心へと飛び込んだ。
【天魅月姫】と呼ばれた月火だけが使えた、特殊な精霊術『炎鎧武装』。
これは文字通り、炎を鎧のごとく纏う術で、この炎により、月火は自身の周囲の空気を歪ませて、気流を乱すことで、超音波を強引に拡散させていた。
そして、この『炎鎧武装』は、ただ炎を纏うだけの術では無く、その最大の効力は攻撃時において発揮される。
「炎の精よ、集いて我が力となり、敵を射てっ!『ファイヤーアロー』っ!!」
通常は、両手の先から自身の正面に向けてしか放てない術だが、『炎鎧武装』を纏った状態で放つと、正面だけでなく、周囲一帯に向けて放たれることになる。
そうして、ギャラスの群れの中心に入った月火が放った無数の炎の矢は、次々とギャラスの胴や頭部を貫いていき、一体、また一体と炎に包まれながら、地面へと落下していく。
「さすが月火だ…!
ギャラスの群れ程度なら、一人で十分だな」
かつての力を取り戻した今の月火なら心配はいらないか、と思っていたその時、
『キュラララララァアアアアアアアッ!!!!』
撃ち漏らした一匹が、月火の背後から猛スピードで突っ込んできていた。
「しま…っ!?」
「月火っ!!」
このままでは月火がギャラスの嘴で串刺しにされてしまう…!
そう思った瞬間、俺の右手に熱い昂りを感じ、無意識に叫んでいた。
「『雷鎧武装』っ!!」
全身に雷を纏った俺は、一瞬で月火の背後まで移動すると、目の前に突っ込んできたギャラスの嘴を、左手で掴んだ。
『キュルルルッ!?』
「え…っ!?お、お兄様…っ!?」
「雷の精よ、集いて我が力となり、敵を砕けっ!『エレキブロー』っ!!」
俺は雷を纏わせた右拳で、ギャラスの頭部を思いっ切り殴り付けた。
『ギュルルルルルゥウウウウッ!?!?』
頭部を砕かれたギャラスはそのまま絶命し、地面へと落下していった。
「ふぅ…、危なかったな、月火」
「ありがとうございます、お兄様、しかし、その力は…、」
「ああ、俺の前世の、“雷の精霊術師”としての力やな」
そう、前世において“雷の精霊術師”だった俺にも、俺だけにしか扱えない術、月火の『炎鎧武装』の雷版、『雷鎧武装』が使えた。
これは、自身を雷と一体化させることの出来る術で、超々高速での移動を可能とする。
そのおかげで、ギャラスが嘴で月火を貫くよりも早く、この場に駆け付けることが出来たのだ。
「やはり…、しかし、どうして…!?今のお兄様は“精霊石”をお持ちでは無いのでは…!?」
月火の疑問に、俺は先程から強い熱を持った右手を開いてみせた。
そこには、眩い光を放つ小さな石があった。
「それは…!?」
「ああ…、恐らくは月火の魂の中にあった“精霊石の欠片”、なんやろうな」
前世で“太陽の精霊石”が砕け、八人の妹の魂に宿ったという“精霊石の欠片”、その内の一つなのだろう。
精霊力には、炎、水、氷、雷、風、土、草、木の八属性が存在する。
そして、それら八属性全ての力を扱える“太陽の精霊石”が砕けて、八人の妹の中に宿ったのなら、“精霊石の欠片”は八つということになり、一つの“精霊石の欠片”で一属性の精霊力を担っていると考えられる。
「やけん、月火の中にあった“精霊石の欠片”は、雷の精霊力を扱うための“精霊石”と同じ効果を持っちょった、ってことなんやろな。
おかげで、こうして雷の精霊術を再び使えるようになった!」
「なるほど…、そういうことですか…」
「さて、おしゃべりはここまでにして…、」
「ええ、残りのギャラス達を始末しましょう、わたくし達二人で!」
俺達は、頂上付近から飛んできたギャラスの群れの第二陣に向かって飛んで行った。
*
俺は精霊術で纏った雷の翼で、超高速で空を駆けながら、ギャラスの群れを翻弄する。
全身に雷を纏うという、前世の俺が得意としていた固有の精霊術『雷鎧武装』は、自らを雷と一体化させることで、超々高速での移動を可能とする。
『キュラララッ!?』
『キュララァアアッ!?』
俺の動きに付いてこれないギャラス達は、同士討ちを恐れて、得意の超音波攻撃を放つことが出来ないでいた。
そんなギャラス達へ、月火が精霊術を放つ。
「炎の精よ、集いて我が力となり、敵を貫けっ!『ファイヤーランス』っ!!」
『『『キュラララララァアアアアアアッ!?!?』』』
月火の手から放たれた炎の槍が、ギャラスを同時に三体串刺しにする。
『キュララァアアッ!!』
仲間がやられたことに怒ったギャラスが、月火へと向かって超音波を放とうとするが、
「雷の精よ、集いて我が力となり、敵を射てっ!『エレキアロー』っ!」
『キュララッ!?』
その背後から俺が雷の矢を放って仕留める。
『キュララララッ!!』
そして今度は、別のギャラスが俺へと向けかって嘴攻撃を仕掛けてくるが、その時には、俺は超高速で移動しており、ギャラスの嘴は空を切っていた。
「炎の精よ、集いて我が力となり、敵を討てっ!『ファイヤーシュート』っ!」
そうして背後が無防備になったギャラスへと向けて月火の炎が炸裂する。
『キュララァアアッ!?』
こんな感じで、俺と月火は抜群のコンビネーションでギャラス達を圧倒し、あっという間に群れの第二陣を殲滅していく。
ギャラスも群れでの戦闘に長けた魔獣だが、俺達兄妹のコンビネーションには敵わなかったようだ。
「これで最後ですわ!炎の精よ、集いて我が力となり、敵を射てっ!『ファイヤーアロー』っ!!」
『キュラララララァァアアッ!?』
ラスト一体のギャラスを、月火の炎の矢が貫き、ギャラス達は全滅した。
「やりましたわね、お兄様!」
「ああ!」
俺と月火は空中でハイタッチをした。
と、そのタイミングで、ようやく“対魔隊”がやって来たので、事後処理などを任せると(その際、俺の素性についてやたら聞かれたが、同じ“対魔隊”の月火が何とか誤魔化してくれた)、俺達はそのままゆっくりと飛んで、月火の屋敷へと戻っていった。