第2話「並行世界の妹」
*
「お兄様ーーーーッ!!」
その美少女、前世の妹である月は、俺に向かって勢いよく抱き着いてきた。
「月…、本当に月なんだな!」
俺は、自身の胸に押し付けられる、妹の身体の柔らかい一部分の感触にドギマギしながらも、平静を装ったふりをしつつ、改めて確認した。
「ええ、お兄様…!わたくしは月ですわっ!!まさか…、まさか本当に前世のお兄様と再会出来るなんて…っ!!まさに女神様に感謝ですわっ!!」
まさか、こんなにも早く、あっさりと前世の妹と再会出来るなんて…
「えっと…、と、とりあえず離れてくれるか?その、色々と聞きたいことや話したいこともあるけん…」
「あ…、そうですわね。すいません、つい嬉しくてはしゃぎ過ぎてしまいましたわ♪」
その鈴の音のなるような可憐な声は、俺のよく知るかつての月そのものだった。
月が俺から離れて、一歩挟んで、向かい合って立った。
「改めましてお兄様、わたくしは月です。今は天海月火という名前で、“炎の精霊術師”をしておりますわ」
そう言って、ワンピースの裾を掴んで、カーテシーっぽい作法の一礼をする月、いや、月火。
「月火、か、分かった。俺は天星陽人だ、よろしくな」
「分かりましたわ、お兄様」
妹と初対面の自己紹介をするというのも、何だか変な感覚だったが、実際、今の俺と今の月火とは初対面なわけだから、間違いでは無いハズだ。
ちなみに、“炎の精霊術師”というのは、文字通り、この世界において炎の精霊術を扱う術師のことだ。
精霊術とは、自然界に存在する精霊の力、“精霊力”を借りて行使する術のことで、精霊にはいくつかの属性が存在する。
月火は、前世と同じく炎の精霊力を扱う“炎の精霊術師”、そして前世の俺は、基本的には雷の精霊力を扱う“雷の精霊術師”だった。
この精霊術は、だれもが扱えるわけではなく、精霊力の結晶化した石、“精霊石”に選ばれた者が、その属性の術を扱えるようになる。
…ということを、ここ数日見た夢で思い出していた。
「にしても、まさか本当に夢で見た通りになるなんて…」
「え、夢?」
と、月火が気になる事を口にした。
「はい。実はわたくし、数日前に、夢で前世の記憶映像とでも言うべき記憶を見たことで、前世のことを思い出したのですが、今朝見た夢の中で、謎の女神と名乗る人物が現れまして、それでこんなことを仰ったんです。
『本日、お前の前世の兄がこの世界に再び降臨するであろう、かしこみ、かしこみ〜』」
月火は声真似で、女神様の真似をしたが、本物の女神様のような憎らしさは無く、ただひたすらに可愛かった。
「もう、お兄様!笑わないで下さいませ!」
「ごめんごめん!月火が可愛過ぎて、つい!」
「もう…!でも、許します♪
…それはともかく、そんなお告げめいたことを言われまして、正直なところ、半信半疑ではあったのですが、もし本当のことだったらと思うと、いてもたってもいられなくなりまして…」
月火の話で分かったことは、月火も俺と同じく、数日前に前世の夢を見て、前世の記憶を思い出した、ということ。
そして、今朝の夢に出てきたというその女神とやらは、十中八九、【転生の女神】スターラ様のことだろう。
「それで、なんとなく前世の想い出のこの場所に向かっておりましたら、途中“ゴブリン”の集団を見かけましたので、ほうってはおけず、それを追ってここまで来たら、なんと本当にお兄様がいらっしゃったわけです」
「なるほど、そんなことが…
というか、さっきのアイツらはやっぱり“ゴブリン”っていうんやな。前世の時代にはあんな連中おらんかったよな?」
「ええ。…その様子ですと、お兄様はやはり別の世界に転生していて、女神様とやらのお力で、この世界に転移させられたと、そんな感じですか?」
「ああ、早い話がそういうことやな」
元々、俺達の前世において、俺達が戦っていた魔人と呼ばれる人類は、この世界とは別の世界、女神様の言葉を借りるなら並行世界からやって来た、と言っていた。
故に、この世界の人間にとっては、別の世界、並行世界という概念は当たり前の存在となっているため、月火は俺が並行世界から来たということに、何の疑問も抱いていなかった。
「ふむ…、色々と気になることが多いですが…、とりあえず立ち話も何ですから、わたくしの屋敷に、」
『うむうむ、無事に『異世界転移』出来たようだね、陽人君!』
とそこへ、俺達の目の前に、突然、件の女神、スターラ様が現れた。
「うわっ!?ビックリした!?」
「なっ!?何事ですの!?」
『おおっ!驚いた表情がそっくりだね〜!さすがは双子の兄妹!あ、でも、現世では血の繋がりは無いんだっけか?』
「むむ…?あなたは今朝、わたくしの夢に出てきた、女神様…?」
『そうです!私が【転生の女神】様です!だっふんだ!ってか!?』
相変わらず人を苛つかせるのが得意なスターラ様を殴りつけたい衝動に駆られながらも、俺は大人の余裕でグッと堪えて、色々と聞かなければならないことをスターラ様に尋ねた。
「あの、それでスターラ様?俺は一体どういうわけで、この世界に連れて来られたわけですか?
勿論、月火にこうして再会できたことには感謝していますが…」
『まぁまぁ、落ち着きたまえ陽人君。立ち話もなんだし、話は月火ちゃんの家でしようじゃ〜ないか!』
スターラ様がそう言った直後、周りの景色が、草原から急に部屋の中へと変わった。
「な…っ!?」
「え…っ!?ここは、わたくしの部屋…っ!?」
可愛らしくも落ち着いた色合いの家具が並び、塵一つ無くキレイに整理整頓され、優しいフレグランスの香りのするこの部屋は、どうやら月火の部屋のようだった。
『ふふん♪この程度の『転移』術、女神の私ならわけないのさ♪』
どうやら、スターラ様の力で『転移』させられたらしい。
『さて、では改めて、天星陽人君、君には数多の世界を巡り、前世の妹ちゃん達を集めて、全ての世界を救って欲しいのだよ!』
*
女神様から、なんかディケ◯ドみたいなことを言われた。
『あー、だいじょぶだいじょぶ、陽人君を、世界の破壊者とかにするつもりはないから!
むしろ!数多の並行世界に散る妹ちゃん達を集めることで世界を繋ぎ、そして世界を救う救世主、いや、新世界の造物主となってもらいたいのだよ!』
なんかめちゃくちゃスケールデカいこと言われた!?
「は…、はぁっ!?いやいや、世界を救うとか造物主とか意味分からんっちゃけど!?というか、そもそも前世の妹達ってなんだ!?俺には前世の妹が複数いるのか!?」
『全部で七人だね。今の陽人君の妹である陽火ちゃんを含めると八人かな?』
「いや、多いな!?そんなに前世の妹がおると!?」
そう言われて初めて意識をした、というか頭の中の霧がサッ!と晴れたような感覚があり、月火以外の前世の妹達の顔が、一瞬の間に、まるで走馬燈のごとくフラッシュバックした。
『そーだよ?今はまだ完全には思い出せてないかもだけど、これから少しずつ私が夢の中で君の前世の記憶を掘り起こして思い出させてあげるから、そこは安心して!』
「いや、どこに安心する要素が…」
「それよりも、異世界を旅すると言いましたが、それは女神様が連れて行ってくれるのですか?」
と、月火がスターラ様に質問をした。
普通こういう状況では取り乱しそうなものだが、月火は至って冷静に対応している。
『そうだよ。…おっと!『異世界転移』術の詳細な説明は天界の禁則事項に触れるから、これ以上の説明は出来ないよ?とはいえ、陽人君が力を取り戻していけば、その辺の説明も徐々に解禁されていくけどね』
「お兄様が力を…?それって、かつてお兄様が持っていた伝説の“精霊石”、“太陽の精霊石”のことですか?」
『ほほぅ…、さすがは月火ちゃん、勘が鋭いね!君のような勘の良い子は好きだよ♪』
「“太陽の精霊石”、か……」
それは、かつて前世の俺が使用していた、世界で二つしか存在しない全属性の精霊術を扱えるようになる、特殊な“精霊石”だった。
『そう、“太陽の精霊石”は、“月の精霊石”と対を成す特殊な“精霊石”で、前世では君が唯一、その石に選ばれ、そしてその力を使って【魔王】と戦い、そして相討ちした』
「…ええ、覚えておりますわ、あの時のことは……」
月火が悲しげな表情を浮かべた。
そう、前世で俺は、【魔王】を倒すために、“太陽の精霊石”の力を使って戦い、そして“太陽の精霊石”のみが扱える切札、光属性の精霊術を発動させたが、それでも及ばず、最後の最後、俺自身の命をも代償にした究極の精霊術をもって、【魔王】と相討ちしたのだ。
『その際に、“太陽の精霊石”は粉々に砕け、“精霊石の欠片”となって、君の魂と共に、あらゆる並行世界に飛び散り、そして、君の妹ちゃん達の魂に、その欠片が宿ってしまったんだ』
「ええ…、ど、どうしてそんなことに……?」
『今言えるのは、来たるべく災厄の日に向けて…、とだけ、かな?』
「それって、まさか…、【魔王】が復活するということなのですか…?」
『そこからは禁則事項なんだ、ごめんね♪』
肝心なことは教えてくれないスターラ様。
とりあえず、今分かっていることを整理すると、女神様の言う災厄の日とやらが、いずれやって来る。
その災厄の日に対抗するには、俺の力、より厳密には“太陽の精霊石”が必要で、その“太陽の精霊石”は、前世における【魔王】との戦いで砕け散り、“精霊石の欠片”となって、並行世界にいる、俺の七人の前世の妹達(月火も含む)の魂に宿ってしまったらしい。
そのため、俺は並行世界を旅して、前世の妹達と出会い、“精霊石の欠片”を回収しなければならない、と…
『そうそう!そういうこと!さすが、物分かりが良い子は、詳しく説明する手間が省けて助かるよ!』
んー、殴りたい、この笑顔。
「…ふぅ、まぁ、いいや。前世の妹達を集める、という点はよく分かりました。ですが、どうやってその妹達を見つけるんです?皆が皆前世の記憶を持ってるわけじゃないでしょうし、そもそも容姿だって…、」
『その辺は問題ナッシング!月火ちゃんとはこうして無事に会えたでしょ?だから、他の妹達ともすぐに会えるハズだよん!何せ、君達は魂で繋がった兄妹なのだから!』
そこまで説明して、【転生の女神】スターラ様は、『おっと、もう時間だ!それじゃ、また夢の中で!』と言い残して姿を消した。
「…なんだか、嵐のような方でしたわね」
「実際天災みたいなもんっちゃ…
誕生日を迎えた次の日に、いきなり夢の中に現れて、俺を並行世界に転移させたんやから…」
「あら、では、お兄様も昨日が誕生日だったのですか?」
「ああ、じゃあ、月火も?」
「ええ、昨日で18歳となりました」
「おお、一緒やな!あ、でも双子だったから当然か?」
「いえ、ですがそれは前世の話ですから。前世で双子だった兄妹が、転生して、誕生日も年齢も同じになる可能性はかなり低いのではないでしょうか?」
「ん〜、確かに、それもそうなの、か…?」
転生に関するルールがよく分からんから、その辺は何とも言えないな…
と、その時、部屋の扉をノックする音が聞こえたと同時に、男の声が聞こえてきた。
『月火、いるか?』
「あ、はい!お兄様っ!」
何っ!?お兄様、だと…!?
俺が不信な顔をしているのに気付いた月火が、そっと小声で俺にこう教えてくれた。
(扉の前にいらっしゃるのは、わたくしの今の双子のお兄様である、月人お兄様ですわ)
(月火の、今の兄…っ!?)
俺はその事実に衝撃を受けるのだった。