第1話「並行世界への旅立ち」
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『はい!お疲れ様っ!』
突然、聞き慣れない少女の声で、強制的に目を覚まさせられた俺、天星陽人。
『どうだい、天星陽人君?前世の記憶をはっきりと思い出したかな?』
寝起きで頭がぼうっとする中、ゆっくりと目を開けると、俺の目の前には、やたらと露出度の高い服を着た、巨乳の美少女が浮かんでいた。
見た目は俺と同じくらいの年齢だが、浮かんでいるし、頭の上には漫画とかでよく見る天使の輪っかが乗ってるし……、
「なんだ…、これも夢か……」
『おっとっとー!夢だけど夢じゃ無いんだよなー!いい加減、起きたまえ、陽人君!』
目の前の巨乳美少女が、“10㌧”と書かれた巨大ハンマーを振りかぶろうとしてきたので、俺は慌てて目を覚ました。
「うわぁああああっ!?ちょっ!?待て待てっ!!それじゃ起きるどころか永眠しちまうって!!」
『ふふん、ようやく起きたね、陽人君!』
目の前の巨乳美少女がハンマーを空中に投げると、ハンマーは跡形も無く消えた。
『おっと!そう言えば自己紹介がまだだったね!
私は【転生の女神】スターラ、君の大好きな異世界モノによく出てきがちな、あんな感じの女神と似たようなものだと思ってくれていいよん♪』
「は、はぁ……?」
俺はどこにでもいる、ごく普通の、昨日の8月12日に18歳になったばかりの、高校3年生の男子だ。
子供の頃から、異世界モノのアニメや漫画とか、ヒーローモノの特撮番組とかが好きで、よく暇な時とかに、異世界に転生出来たらな〜、とか世界を救うヒーローになれたらな〜、とか妄想することはあった。
そんなだから、ここ数日は、そんな異世界転生ヒーローモノという、自分の好みを煮詰めた究極の妄想劇を、夢として見ていたのだろうと、自己分析していたのだが、今のこの状況は何だろう…?
俺がいつもの夢から目覚めると(そもそも本当に俺は起きているのか?)、目の前には謎の巨乳美少女がいる。
巨乳好きを拗らせた結果、巨乳の美少女が出てくる夢の続きを見ていると考えたほうがまだ現実味がある。
さっきまで見ていた夢の中に出てきた、白い騎士服の少女も巨乳だった、しかも俺のことが好きな妹という、現実の妹とは性格が真反対のキャラだった。
ちなみに現実の妹は、俺の双子の妹にあたり、ショートヘアにメガネっ娘、ボーイッシュな見た目に反して、巨乳に、キュッと引き締まった腰、そして丸みを帯びたヒップという、非常に女性的なスタイルの、その上女神のような性格の良さという、まさに俺の好みをそのまま具現化したような見た目の美少女である。
だが、唯一残念なのは、その女神のような性格の良さは、俺以外の人間に対してであって、俺に対しては、
「あ、お兄ちゃん、おはよう、じゃ、また夜に」
と、起きて目を合わせた瞬間、目をそらして、さっさと目の前から立ち去るのだ。
いや、まだ挨拶してくれるだけ出来た妹と言うべきかもしれない。
俺の周囲には、思春期を迎えた妹にガン無視されて困っているという友人もいることから、無視されていないだけありがたいと思うしか、
『な〜んか、目の前の私を無視して、妹ちゃんのこと考えてるみたいだけど、話進めちゃってもいいかな?』
と、目の前の(自称)【転生の女神】ことスターラさんが、俺の心を読んだかのように、そう言ってきた。
『そりゃ、神様なんだから人の心なんて簡単に読めちゃうYO!』
「その中途半端に人を煽るような口調やめぃ。せっかくの美少女が台無しだ…」
俺は深くため息をつくと、改めて目の前の(自称)神様とやらに視線を向けた。
「それで…、俺に一体何の用なんですか?前世の記憶がどうとか言ってましたけど…
というか、【転生の女神】って言いましたか?まさか俺18歳になったばかりなのに死んじゃって、これから異世界に転生しちゃうとかですか!?」
『それを言うなら、君はもうすでに転生した後だと言えるわね。
さっきから言ってるでしょ?君が前世の記憶を思い出せるように、ここ数日かけて、君の夢に前世の記憶映像を投映させてた、って』
「いや、最後のそれは初耳なんですが…?」
どうやら、女神様が言うには、ここ数日見ていた夢は、俺の前世の記憶だったようで、そこから俺は異世界である今の世界に転生して、平凡な高校生としての人生を歩んでいるらしい。
何その逆異世界転生…
せめて逆だったなら…、
『というわけだから、今から君を、その前世の時にいた世界、“ワールドフラワレス”へと『異世界転移』させちゃいます!わー!パチパチパチー!』
「いや、どういうわけ!?」
この女神様、色々説明が雑!
『えー、だって、君が妹ちゃんで妄想している間に、現実の君が目を覚ましそうで、もうあまり時間が無いんだもん』
「はぁっ!?現実の俺!?目を覚ます!?じゃあ、俺やっぱまだ寝てるのか!?」
『ううん、君の意識は間違いなく起きてるよ?あれよ、あれ、レム睡眠的なやつ?ん?ノンレム睡眠だっけ?どっちだっけ?ま、いーや!ともかく!半分寝てて半分起きてるみたいな状態?』
女神様がそう説明している間にも、周囲の色が段々と暗くなってきた。
言い忘れていたが、今俺がいるこの場所は、周囲一帯が真っ白で何も無い空間で、某漫画で例えるなら“精神と◯の部屋”みたいな感じの空間が広がっている。
その空間が、徐々に、外側から暗くなってきていた。
『もう本当に時間が無いわね…
ざっくり説明すると、君を『異世界転移』させるには、君が眠っていないと駄目なの。
だから、今の内にさくっと君を、君が前世でいた世界、さっきまで君が見ていた夢の中の異世界、いや並行世界、“ワールドフラワレス”へと転移させちゃいます!』
「そこが分からないっ!なんでそんないきなり『異世界転、」
『あ!もうマジで時間が無い5秒前!というわけで、『異世界転移』術はつどーう!』
「ちょ…っ、」
女神様が両手を上に上げた瞬間、俺は浮遊感を覚えた、と思った直後には、床が抜けたような感覚と共に、目の前が真っ暗になり、再び意識が失われていった。
『じゃあ、並行世界へ行ってらっしゃ〜い!詳しい説明は……、』
と、意識が途切れる直前に、女神様が何かを言っていたようだが、最後までその言葉を聞き取ることは出来ず、思ったのは「並行世界に行くのに『異世界転移』術なのか」という、どうでも良いことだった………
*
改めて、俺こと、天星陽人は、生まれも育ちも福岡県北九州市の門司区だ。
門司区は海と山に囲まれた、そこそこに自然があって、まぁまぁに建物もある、ド田舎以上都会未満、といった感じの街並みだ。
俺は、そんな門司区が大好きだが、所謂いい高校、いい大学に通うとなると、さすがに門司を出なければならず、高校は北九州市の中心、小倉北区にある進学校に、西鉄バスを使って通っている。
大学は、一応今のところは、福岡市の方にある国立大学に進学する予定で、今のままの成績なら、まぁ落ちることは無いだろう…、という感じだ。
そんな、大学入試を控えた高校生活、最後の夏休み。
先日までは夏期講習やらで忙しく勉学に励んでいたが、世間がお盆休みに入ると、俺と双子の妹の誕生日がやって来て、この日だけはしばし勉強を忘れて、羽休めをしようと家でのんびりと過ごし、あっという間に8月12日が終わったその日の夜の夢で、俺は【転生の女神】スターラ様に出会い、俺が前世いた世界、並行世界“ワールドフラワレス”とやらに『異世界転移』することになってしまった……
*
「んん…、ここ、は……?」
俺が目覚めた時、そこは見晴らしのよい、何処かの高台のような場所だった。
地面は緑で覆われ、俺の背後にはのどかな街並みと、その先に広がる青い海があった。
一方で、俺の正面には緑生い茂る山が広がっていた。
地面が緑覆われた地であること以外は、俺のよく知っている場所に大変よく似ていた。
「ここ、俺の家の近くに似ているな…」
目の前にそびえる山は、子供の頃からよく登っていた戸ノ上山によく似ていたし、背後に広がる街並みは俺の生まれ育った門司の街並みそっくりだし、その先に広がる海はまさに関門海峡だ。
だが、俺の知る戸ノ上山の、登山道にあたるこの場所は、コンクリートで舗装されていて、ちょうど俺のいるこの真下には都市高速が走っていた。
だから、この場所は俺の知る世界じゃなく、
「マジで異世界に来ちまったんだな…」
俺は、地面に付いた掌から伝わる、本物の感触で、ここが間違いなく現実で異世界(いや並行世界か?どちらでも似たようなものかもしれないが…)、俺が元いた世界では無いことを理解した。
「いや…、正確には元々俺がいた世界、か……」
女神様が言うには、ここは俺が前世でいた世界だという。
そう思って改めて周囲を見回すと、確かに見覚えがあった。
この自然豊かなモジタウンの街並み、確かにかつて俺がいた、フクオカシティのモジタウンだ……
「それに、この場所…、ここは…、」
――この炎に誓いますわ、わたくしは永遠にお兄様を愛します
――生まれ変わっても、きっと巡り会って、必ずお兄様と結ばれんことを……
俺の見ている風景に、白い騎士服に、精霊力による紅蓮の炎を纏った少女の姿が重なる。
「そうだ…、ここは、異世界からの侵略者、魔人の王である【魔王】との最終決戦に挑む直前、当時の“魔王軍討伐隊”のリーダーであった俺と、俺の前世の双子の妹、天魅月姫が、互いに誓いを交わしあった場所だ……」
その時、俺の脳裏に、天魅月姫との記憶がフラッシュバックした。
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『行きますわよ、お兄様!これが最後の戦いですわ!』
『ああ、そうだな、この戦いが終われば、』
『この戦いが終われば、わたくし達は、』
『この剣に誓おう、俺は永遠にお前を、月を愛し続けることを!』
『この炎に誓いますわ、わたくしは永遠にお兄様を愛します。
生まれ変わっても、きっと巡り会って、必ずお兄様と結ばれんことを……』
『ああ、生まれ変わっても、きっとまた…!』
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前世の妹、月。
彼女は、天をも魅了する程の美しき、精霊に愛された姫と言われ、そこから天魅月姫と呼ばれていた。
「そういや、俺にも何か異名があったハズやけど…、何やったかな……?」
と、ぼぅっとする頭で考えていると、突然背後の山、トノウエ山から、地鳴りのような足音が多数聞こえてきた。
「な、なんだぁっ!?」
俺が振り向くと、そこには暗緑色の人のような形をした不気味な生物の群れが押し寄せてきていた。
「え!?あ、あれは“ゴブリン”!?」
俺の知る漫画知識から、そいつらは“ゴブリン”という小鬼のような見た目の怪物みたいな見た目をしていたことから、正式名称の分からない今は仮にそいつらをゴブリンと呼ぶが、何故そのゴブリンがここに!?
「俺のいた前世やと、あんな連中おらんかったハズやぞ!?」
まだ、全ての前世の記憶を思い出したわけでは無いが、少なくともあんなゴブリンのような人の形をしたモンスターはいなかったハズだ。
魔人達が使役していた“魔獣”と呼ばれる、所謂現世における怪獣映画に出てくるようなモンスターは存在していたが、あれらにしても、元はこの世界に存在しなかった生物で、魔人達が連れて来たものだった。
「いや、今はそんなこと考えとー場合やないっ!!逃げんとっ!!」
『異世界転移』していきなり死亡からの、再転生とか笑えない話だ!!
いや、再転生出来るかどうかも定かでは無いが!
そんなことより!俺は、そのゴブリンの大群から逃げようと、そいつらから背中を向けようとしたところへ、少女の声が聞こえた。
「炎の精よ、集いて我が力となり、敵を射てっ!『ファイヤーアロー』っ!!」
その声は、とても甘く柔らかで、まさにお嬢様と言った感じの優しい声でありながら、凛とした勇ましさも感じる、まさに声だけでも美少女だと分かる、素敵な声だった。
『『『『『ギャギャギャギャァアアアアアアアッ!?!?!?』』』』』
その声がした直後、空から無数の炎の矢が飛んできて、目の前のゴブリン達を余さず焼き払い、ゴブリン達は断末魔の悲鳴をあげながら消えていった。
ゴブリン達を焼いた炎は、不思議と草原を焼くことは無く、ゴブリン達の消えた草原には、無数の黒い石が落ちていた。
「そちらの方、ご無事でしたか?」
そして、先程の炎の矢を放ったと思われる美声の持ち主が、俺の目の前に、ふわりと降り立った。
その少女は、声から想像した通りの美少女だった。
ショートボブに白いワンピース姿の儚い印象とは裏腹に、そのワンピースに隠された肢体は実に女性的で、我が双子の妹に負けじ劣らずの素晴らしいスタイルを誇っていた。
「あ…、えっと…、助けて頂いて…、」
「あら…、あなた様はもしや……?」
と、そこで俺とその美少女の視線がかち合った。
その美少女の俺を見つめる視線、それは何処か懐かしく…、そして……、
「月…?月、なのか……?」
「…っ!ということは、やはり、あなた様は…、お兄様……?」
「月っ!!」
「お兄様ーーーーっ!!」
こうして、俺と月は、前世振りの再会を果たすことになるのだった。