第2話「三人目の妹」
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父さんと母さんは本気で“ダブルナイン”に就職するための準備を始めた。
「おっ!ちょうどいい具合に今スタッフ募集してるぞ!」
「あら、しかも2名までって、渡りに船じゃない!」
と、パソコンで“ダブルナイン”のホームページ(世界が変わってもネット環境などは変わらず使えるようだ)の採用情報を見ながら興奮する二人。
そんなご都合主義的展開がほんとうに許されていいのかと思ったが、その時俺の脳内で件の女神様が小憎たらしい笑顔でダブルピースしている映像が浮かんできたので、俺は慌てて頭を振った。
そんなこんなで、二人は早速“ダブルナイン”の採用ページから申し込むと、すぐに折り返しの返事があったため、早速今日の午後にも“ダブルナイン”に行って面接してくるという。
あまりのスピーディーさに、これも女神様の仕業かと疑ったが、生憎と女神様は姿を現さなかった。
そうして二人が“ダブルナイン”の面接に向かい、家には俺達だけが残された。
家にいてもとくにすることはないので、俺達は買い物がてら近所を散策することにした。
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「う〜ん…、やっぱ見た目はほとんど同じやね〜」
周囲をキョロキョロと見回しながらそんなことを言った陽火。
「確かに、この世界の街並みは俺達の世界とあんま変わらんな」
細かい違いはあれど、ほとんど街並みに変化のない異世界、まさしく並行世界といった感じの世界だ。
「ですが、あまりにも似過ぎてませんか?わたくし達の世界はまだ、明らかに違う世界だと分かる特徴はあったのに…」
月火のいた世界は、どちらかというと自然豊かな世界で、そうした自然に宿る力、精霊力を用いた術、精霊術が特に発展した世界だった。
とはいえ、文明レベルは俺達の世界とほとんど同じで、科学と自然が上手く融合した理想的な世界だった。
「まぁ確かに、街並みそのものには変化はあまり見られんけど…、ほら、あの車とか明らかに俺達の世界の文明の利器とは違うシステムで動いてるぞ」
俺が指差した先には一台の乗用車が走っていた。
その乗用車をよく見ると、タイヤが無く、わずかに宙を浮いて走っていた。
「あ!本当だ!浮いとー!」
「まぁ!ドラ◯もんかしら!」
並行世界にも『ドラえ◯ん』はあるんだなーと変に感心しながら、俺はこう答えた。
「ド◯えもんとは原理が少し違うかな。
あれは空気中の残存浮遊魔力“マナ”を用いた“魔操車”の最新型で、浮いてるのは魔法技術によるものやろうな」
「“魔操車”の、」
「最新型、ですか?」
「ああ。俺のいた時代にもガソリンなどの代わりにマナを使って走る“魔操車”はあったっちゃけど、あんな風にタイヤを無くして、浮いて走る車は無かったけん」
「へー…!」
実際、その後にタイヤ付きの“魔操車”が走っているのも見かけたし、何ならタイヤ付きの方が数は多いことから、タイヤ無しの“魔操車”は普及し始めの最新型なのは間違い無いだろう。
「なるほど…、確かにこうして見ると、やはりこの世界は異世界、いえ並行世界なんですわね」
「うー…!なんかああいうの見ると本当に並行世界に来たんだー!って感じがしてテンション上がるねっ!」
「テンション上がるのも良いけど、一応の目的を忘れんなよ?」
そう、俺達は何も並行世界に旅行に来たわけではない。
いくつもの並行世界を旅して、転生した俺の前世の妹達を探し出し、彼女達の中に眠る“精霊石の欠片”を集めて“太陽の精霊石”を復活させ、全ての世界を救うという目的がある。
「やけん、くれぐれも、」
「あっ!あそこ!」
「あら!やはりこの世界にもマック◯バリュはあるんですのね!」
「羽目は外すなよ、って聞いてねぇし…」
俺達の目の前に目的地であるディスカウントストアが見えてきたところで、陽火と月火は俺を置いて駆け出して行ってしまった。
なので、俺もあわてて二人を追いかけた。
「あ、でも店名が少し違うかも?」
ディスカウントストアのある場所は俺達のいた世界と変わらなかったが、店名だけは微妙に違っていた。
「『バリューオブマックス』ですか。こういうところでも、ここが並行世界なのだと感じさせられますね」
「あ!そういやお金は!?こっちの世界のお金持ってないよ!?」
「「あ…!」」
陽火のその言葉で、俺達はその肝心なことを思い出した。
「そうだ…、確かに忘れとった…!」
「そういえば、お金だけはさすがに全世界共通というわけにはいきませんものね…」
通貨の概念や単位などは変わらなくとも、辿ってきた歴史が違う以上、紙幣や硬貨のデザインは当然異なるし、電子マネーなどのシステムも当然違うため、俺達の世界の通貨はこの世界では使えないのは当たり前だ。
「うわぁ…、せっかくここまで来たのに何も買い物出来んなんて……」
「それどころか、今後の生活にも支障をきたしますわよ?」
「だよな〜。というか、今後どの世界に行ってもその問題は付きまとうぞ?」
「ってことは、妹探しの前にどっか日雇いのバイト探さんといかんってことかー…」
スターラ様の計らいでお金もこの世界の物になっていないかと期待して財布の中身を確認したが、生憎と中身は元の世界のお金のままだった。
家のネットや電気、スマホなんかは普通に使えるのに、お金だけ元のままという何ともチグハグなこの仕様、今度スターラ様に会ったら文句言っとくか…
「はぁ…、で、とりあえずどうしよっか、お兄ちゃん?」
「どうもこうも…、今日のところはもう帰るしかねぇよな〜…」
「ですわね」
と、途方に暮れた俺達が帰ろうとした時、一人の少女に声をかけられた。
「あの〜…、どうかされましたか…?何か困ってらっしゃったようですけど…?」
「あ、いえ…、って、あれ…?」
頭の右側でショートサイドテールにしたその少女の顔に、何処か見覚えがあった。
「君、何処かで会ったことが…?」
「え!?い、いえ、初めてお会いするハズですけど…」
「ちょっとお兄ちゃん?」
「まさか、妹以外の女性をナンパする気ですの?」
妹二人からの視線が痛い!
「ちっ、違うって!そういうんじゃなくて…、」
「おーい、麻里ー!どうかしたー?」
その時、遠くから目の前の少女を呼ぶ、別の少女の声が聞こえてきた。
「あ、陽良ちゃん!」
「え、陽良!?」
麻里と呼ばれた目の前の少女が、自分を呼ぶ少女のことを陽良と呼んだ!?
まさかと思い、こちらへと向かって来る少女の方へ視線を向けると、そこにいたのはショートヘアの少女で、記憶にある妹の姿とは違っていたが、間違いなく俺の前世の妹だと分かった。
「麻里、この人達は…?」
「あ、えっと、それが…、」
「マコト…っ!」
俺が前世の名前で呼びかけると、陽良はハッとした顔になり、俺の方へと視線を向けてきた。
そして…、
「え…、嘘…!?本当に、兄さんなのっ!?」
「ああっ!前世振りだな、マコト…、いや、今は陽良か!」
「兄さんっ!!」
陽良は俺のことを前世の兄だと認識すると、俺に抱きついてきた。
「えぇっ!?こんなにあっさり妹と再会出来ちゃうものなん!?」
「わたくしとお兄様も、お兄様が『異世界転移』してきてすぐ再会出来ましたしね」
俺と妹の思いがけぬ再会に、陽火は呆気にとられ、月火はさもありなんといった表情をしていた。
「え!?えぇっ!?陽良ちゃんのお兄さん!?え、でも陽良ちゃんには月良ちゃんしかきょうだいはいなかったハズ…!?どういうこと!?」
ただ一人麻里と呼ばれた少女だけは、事の展開に付いて来れずわたわたしていた。