第12話「“鬼人《デーモン》”」
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俺が前世の妹である月火と再会してから数日が過ぎ、あっという間に参議院選挙の応援演説の日がやって来た。
この数日の間、俺達は受験勉強に専念しつつ、合間を縫っては妹二人とプールに行ったり、買い物に行ったりという日常を楽しんだり、陽火の精霊術の特訓に付き合ったりした。
そのおかげもあって、陽火の精霊術は、元々の天才肌もあって、かなり上達した。
月火曰く、「今の陽火さんなら、学生の術師程度なら、瞬殺出来るでしょうね」とのこと。
ということで、この参議院選挙の応援演説を前に、陽火も十分な戦力として計算出来る程度には、頼れる存在へと成長した。
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真夏のお盆開けに行われる参議院選挙、その最後の、首相が登壇する応援演説の場ということもあり、支持者、非支持者含めて、多くの人々が北九州市役所前の広場に集まっていた。
候補者演説が始まる前から、支持者と非支持者の間で、壮絶な口論が起こっているが、幸い、今のところは舌戦だけで、殴り合いなどの乱闘騒ぎのようなことは起こっていない。
そんな演説開始前から荒れる現場に、俺と陽火、月火は黒いスーツにサングラスを着用して、候補者のボディガードとして潜入していた。
この辺りの采配は、母さんが全てしてくれた。
何をどうしたかは「それは【禁則事項】よ♪」と言われて誤魔化されたが、とにもかくにも、俺達は候補者のボディガードをしつつ、鳩破総理の近くにいられるようになった。
さて、具体的な計画としては、俺が雷の精霊術を使い、術を鳩破総理に対して放つフリをする。
その際、ただ放つフリをするのではなく、実際に術を発動させて、即座にキャンセルして、先行放電だけが鳩破総理に届くようにするという、かなり高度な技術が必要となるわけだが、これに関しても、陽火の精霊術の特訓のついでに練習していたので、恐らくなんとかなるハズだ。
そんなこんなで、俺達は、候補者や総理が演説する予定のお立ち台側にて待機しつつ、参議院選挙の候補者演説が始まるのを待った。
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始まる前から怒号の飛び交う演説会だったが、始まってからも賛否入り交じった凄まじい怒号がそこかしこからあがっていた。
それだけ、鳩破総理のやり方に不満を抱いている人々が多く、また一方で、利益を得ている者達もそれなりにいる、ということだ。
両者の言い分は真っ向から対立しており、そのどちらからも相手に対する怒りや恨み、憎しみといった感情が噴出していた。
「これは、“鬼人”にとっては絶好の狩り場だな…」
改めて、“鬼人”というのは、亜人種と呼ばれる人類種の中の一種で、彼らは、負のエネルギー感情を大量に抱いた人類、その魂を取り込み、それを自らの魂の残機とすることで、不老不死に近い存在となる亜人種だ。
それ故に、俺達はあえて人々の負の感情を煽るような政策を積極的に行っている鳩破総理こそが、この世界に紛れ込んだ異分子であると考えている。
そして、それを確かめる方法として、雷の呪術を扱う“鬼人”に対し、雷の術者などにしか感じることの出来ない、雷の術が発動する前に生じる先行放電をわざと放つことで、鳩破総理の反応を探ろう、というわけだ。
候補者による公約や、具体的な今後の政策案などが語られていく中、いよいよ、その時が来た。
盛大なブーイングと歓声の中、鳩破総理がお立ち台に上がった。
「お兄ちゃん…」
「お兄様」
両隣にいた陽火と月火が、俺にサングラス越しに視線を向けてきたので、俺は一つ頷き、周囲に気付かれないよう、精霊術の詠唱を始めた。
「雷の精よ、集いて我が力となり、敵を討て…」
ここで、術を放つ相手に狙いを定め、術を放つ直前に、先行放電が発生する。
「『エレキ、」
と、ここで術の詠唱を止める。
そうすることで、本来放とうとしていた『エレキシュート』という術がキャンセルされ、術は発動しなくなるが、先行放電だけは鳩破総理に向かって放たれたままだ。
ここで、鳩破総理が“鬼人”で無いなら、先行放電による衝撃で、一瞬痺れたような反応(静電気を浴びたような反応)を見せるだろう。
しかし、もし本当に“鬼人”であったなら…、
俺が術をキャンセルした瞬間、鳩破総理は、突然その場にしゃがみ込んだ。
あまりに唐突なその行いに、周囲の人々はざわつきだした。
「お兄様っ!」
「ああ、確定だなっ!」
もし、鳩破総理が“鬼人”なら、先行放電を感じた瞬間に、それは自らを狙った攻撃だと瞬時に判断し、身を守るために防御の体勢を取るか、避けるかするハズだ。
結果として、鳩破は、俺の攻撃を避け、自らの正体を俺達に明かしたわけだ。
一方、攻撃されたと思った鳩破は、術がキャンセルされたことに気付き、同時に自身がハメられたことを知ったようで、自らその正体をバラした。
『…なるほど、この場にいるんだな?我が崇高な計画を邪魔しようとする、悪魔共の手先が…っ!』
鳩破の額から、“鬼人”の証である角が生え、背広の上着を脱ぎ捨てると、周囲の喧騒を無視して、“鬼人”だけが使える種族固有呪術を発動した。
『『陰魂回収』っ!』
その瞬間、鳩破の最前にいた支持者数名の魂が抜かれ、その場に倒れた。
呪術を使用するには、通常、精霊術と同じように詠唱が必要となるのだが、その種族だけが使える“種族固有呪術”は詠唱の必要無く使える。
そして、“鬼人”の“種族固有呪術”こそが、負のエネルギー感情を大量に抱いた人類の魂を取り込む術『陰魂回収』だ。
まさか、こんないきなり使ってくるなんて!?
「マズいっ!?陽火!月火!」
俺はサングラスを投げ捨て、事前に決めていた通り、陽火と月火にこの場を任せ、俺自身は鳩破の元へと向かった。
陽火と月火は、俺の合図で術の詠唱をはじめた。
「炎の精よ!」
「風の精よ!」
「「集いて我らを守る壁となれっ!」」
「『ファイヤーウォール』!」
「『ウィンドウォール』!」
二人がお立ち台と観衆の間に、観衆達を守るための、精霊術による炎と風の壁を作った。
この壁は、ただの壁ではなく、広い範囲をあらゆる術から守るための防御術で、鳩破の『陰魂回収』もその例に漏れず、見事に防ぎきってみせた。
『何っ!?』
突然現れた炎と風の壁によって、自身の術が防がれたことに驚愕する鳩破。
「皆さん!落ち着いて!」
「こちらに避難して下さいっ!!」
その間に、鳩破によって魂を回収されなかった残りの観衆達を、母さん率いるSPの人達が避難させる。
『ちぃ!?この手際の良さ…、官僚の中にも悪魔の手先が混じっていたか!?』
「どっちが悪魔だよ!!『雷鎧武装』っ!!」
俺は、全身に雷を纏う固有術、『雷鎧武装』を使い、鳩破の前に一気に踊り出ると、そのまま拳を振り下ろした。
「『雷神化』!」
すると鳩破は、“鬼人”の持つもう一つの種族固有呪術『雷神化』を使って、俺の攻撃を避けた。
『雷神化』は、俺の『雷鎧武装』と同じ効果を持つ呪術だ。
『雷神化』によって、雷速で移動する鳩破の跡を追う俺。
やがて鳩破は、市役所近くにある大芝生広場まで移動して止まると、俺の方を見ながら、訝しげにこう言った。
『…キサマのその術は、魔術……、いや、精霊術か?』
「だとしたら、どうした?」
何故、鳩破が急にそんな質問をしたのか戸惑っていると、鳩破はさらにこう続けた。
『だとしたら不可解だ。
何故、我ら亜人種と同じ天使側の人間が、私の邪魔をする?』
「はぁ…?天使側の人間?お前は何を言ってるんだ?」
『お前は、天使様に呼ばれてこの世界に来たのだろう?だからこそ、この世界の人間には扱えないハズの精霊術を使えるのだろう?』
「天使様…?」
なんだ?コイツは何を言ってるんだ?
「その天使様ってのは、女神様とかとは違う存在なのか?」
俺のその質問に、鳩破は本気で信じられないという顔をしてこう言った。
『女神だと?天使様や悪魔でさえ、我ら人類に接触するのは余程のことがなければ無いというのに、ましてやさらにその上位存在である神が、我ら人類に接触するなどあり得ないことだ』
と、いうことは、【転生の女神】スターラ様が俺達に接触してきたのは、その余程のこと以上のことが起きている、ということなのだろうか?
あるいは、そもそも【転生の女神】というのが自称で、実際は天使、とか悪魔という存在なのか?
いやいや、そもそも鳩破の言っていることがハッタリ、ということもあり得る。
「まぁ、何でもいいっちゃ。
そんなことより、鳩破総理、アンタの目的は何なんだ?この世界にわざわざやって来て、何をしようとしていた?」
『そんなのは簡単だ。
わざわざこんな辺境の世界にやって来たのは、我ら“天使属”の人間種が、“悪魔属”の人間種達に勝つための力を得るためだ。
何の力も持たないこの世界の連中には、我ら“天使属”の人間種のための尊い糧となってもらうのだ!!』
鳩破は悪びれることなく、そう宣言した。
「そうかよ…
なら、俺やこの世界にとって、お前は明確な敵っていうことやな…!」
『ふん、愚かな人間種が…!
同じ“天使属”のよしみとして、キサマは我が軍勢に加えてやろうかと思ったが、我らの邪魔をするというのなら、ここでキサマを始末させてもらう!』
こうして、俺は“鬼人”である鳩破との戦闘を開始した。