第9話「陽火の能力」
『そもそも、精霊術ってのは本来、“精霊石”が無くても使えるものなのよ。
ただ、“精霊石”があることで、より確実に、正確に術を使用することが出来るっていう、所謂、補助具的なものとして発展していって、今では“精霊石”を使うことが当たり前になった、という経緯があるんだよね』
「え、そうなんですの!?」
俺や月火も知らなかった真実が、【転生の女神】スターラ様の口から語られた。
スターラ様の説明によれば、遥か大昔、俺の前世の時代よりさらに前の時代では、“精霊石”というものは使われていなかったという。
その時代は、今よりも術を発動させるための詠唱が長かったそうだ。
しかし、並行世界からやって来た魔人達との戦いにおいて、詠唱を必要としない魔術を行使する魔人に対抗するため、詠唱を短くするための手段として、精霊力を結晶化させた“精霊石”が開発され、それによって詠唱時間を短縮させた精霊術が主流となり、今ではこの“精霊石”に選ばれた者だけが、精霊術師になれる、という風に事実が置き換わって伝わっていったのだという。
「でも何故そんな…、」
『そんなの、精霊術師という特権を利権化したいという、一部の人間達の思惑があったからに決まってんじゃん?本当、人類ってのは種に関係なく愚かだよね〜、なまじ下手な知恵やら七欲を与えたりしたことが間違いだったのかもね〜、今後新たな人類種を創る際にはその辺気を付けないと、って創造神様には伝えとかないと』
と、スターラ様がやたらと上から目線でそんなことを言ったが、女神様なのだから、実際、俺達人類より上の立場なのは間違いないのだろう…
『ま、それはともかく!
陽火ちゃんの話に戻ると、陽火ちゃんは間違いなく風の精霊術が使えるし、所謂、創作物なんかでよくある転生特典的な能力がいくつか眠っているんだよね!言ってみれば、陽火ちゃんは、ラノベの主人公属性、チート能力者って感じ?』
「あ、あたしがチート能力者…!?」
「えぇっ!?いやいや待て待て!?主人公は俺やないと!?」
と、俺は自分でも何を自惚れているんだ、というアホな質問をしてしまった。
いや、別に俺は本気でラノベの主人公を気取っているつもりは無いのだが、話の流れ的に、俺が様々な並行世界を旅して前世の妹達と再会する、って展開で、俺が中心人物じゃない、なんてことあるか!?
『いやいや、中心人物は間違いなく陽人君だよ。ただ、チート能力持ちは陽火ちゃんだってだけで』
何故そんなことになってるんだ…?
いや、別に陽火がチート能力持ちなのは別に構わないんだが…
『あぁ、こうなった理由はね、実は…、』
俺の疑問に、スターラ様はこう答えた。
『能力を渡す相手を間違えちゃったんだよね♪てへぺろ♪』
「「は…?」」
「それは…、どういうことですの…?」
俺達の疑問に、スターラ様はこう続けた。
『いやね、私って、ほら【転生の女神】じゃん?だからさ、転生者には何かしらの転生特典を与える役目があるわけ、それこそよくあるラノベの転生特典みたいなやつね?実はここだけの話なんだけど、あれの発祥って私なんだよ?転生してラノベ作者になった人に与えた転生特典として、転生する前の記憶を一部引き継がせてあげた結果出来た作品が、この世で初めて生まれた転生チート作品で、その後はそれをテンプレとした作品が世の中に蔓延して…、って話逸れたね、メンゴメンゴ♪
でね、本来、陽人君に転生特典として与えるハズだったチート能力なんだけどね、お腹の中に一緒にいた陽火ちゃんに、私が間違ってあげちゃったんだよね〜♪』
「はぁああああっ!?」
「な、何それ…っ!?」
そんなアホな間違いで、陽火はチート能力持ちにさせられたのか!?
『まぁ、陽人君には、元々全属性の精霊術を使えるっていうそれこそチートみたい能力が前世の頃からあったし、まぁ、それも“精霊石の欠片”を全部集めてからの話だけど、それ以外にも一応、まだ眠ってる能力があるから、完全に間違えたってわけじゃないんだけどね』
スターラ様は悪びれもせずに、こう続けた。
『それはともかく、まとめると、陽火ちゃんは、風の精霊術を使える能力があって、月火ちゃんより遥かに速く走れたのは、本能的に、風を操る能力で空気抵抗を限りなくゼロに近付けていたから。
だから、“精霊石”が手に入れば、確実に風の精霊術を操れるようになるよ!
その他のチート能力に関しては、今後の成長次第で覚醒していくハズだから、お楽しみに♪』
「今後の成長次第って…、」
『世界を救うためには、陽火ちゃんの力も必要だからね!陽人君の妹として生まれた以上、それは宿命なのだよ!』
「あたしの…、宿命……」
「待ってくれ!さすがに、平和なこの世界に生まれた陽火を、そんな世界をかけた騒動に巻き込むわけには、」
『それがそうでもないんだな〜…』
俺の言葉に対し、スターラ様が何やら意味深な発言を返した。
「え…、それってどういう……?」
『実はね、この世界に、並行世界からやって来た、この世界に存在してはいけない人類種、所謂、異分子的な存在が紛れ込んじゃっててね〜…、世界を救うためにも、陽人君と月火ちゃん、そして陽火ちゃんには協力してもらって、その異分子的存在を排除してもらわなきゃいけないんだ』
そう言うと、スターラ様は陽火の元に近付いていき、手をかざした。
『陽火ちゃん、手を出して?』
「え…?あ、は、はい!」
言われた通り陽火が手を出すと、スターラ様は陽火の掌に両手をかざすと、次の瞬間、陽火の掌の上に、緑色の輝きを放つ石、風の精霊力を宿した“精霊石”が現れた。
「これって…!?」
『転生特典を間違って渡しちゃった私からのお詫びの品、サービス♪サービスぅ〜♪ってヤツね!』
某古の有名アニメ作品の予告で使われていたようなセリフで、陽火にあっさりと精霊術を使うための“精霊石”を渡したスターラ様。
本来、“精霊石”は、精霊術師になるための訓練やら試験やらなんやらかんやらを受けて、ようやく手に入れることが出来る(これもスターラ様の言う既得権益というヤツなのだろう)もので、こんなあっさりとホイホイ貰っていいハズのものでは無い…、のだが、女神様ならば何でもありなのだろう。
「これで、あたしもお兄ちゃんや、月火ちゃんみたいな力が使えるようになるんですね?」
“精霊石”を握りしめながら、スターラ様にそう尋ねた陽火。
『勿論!だけど、陽火ちゃんにはもっともっとスゴいチート能力が眠っているから、その力を使えば、お兄ちゃん達の役に立てるハズだよん♪』
そう言って、バチン☆とウィンクで答えるスターラ様。
殴りたい、この笑顔。
それはともかく、これまでの人生において戦闘経験など皆無な陽火には、あまり無茶をさせたくないというのが本音だ。
最近、俺に対しては塩対応気味な妹ではあるが、昔は何処に行くにも俺に付いて回っていた、カワイイ妹なのだ。
「でも、俺は出来れば陽火には…、」
「分かりました、スターラ様!
あたし、強くなってお兄ちゃんや月火ちゃんを助けられるような存在になります!」
だが、当の陽火はやる気満々のようだ。
「おい、陽火!お前何を言っとるんか分かっとーと!?」
「勿論、分かっとっちゃん!」
「陽火は戦闘素人やろ!?それが、いくら精霊術使えるけんって、そんな急に戦えるようになるわけなかろうもん!?」
「そんなの…、分かっとーけど!でも、あたしだってお兄ちゃん達と一緒に戦いたいし、それに、他にもなんかチート能力あるっぽいし!?」
「そのチート能力がまだ何なのか分からん以上、陽火を表立って戦わせるわけにはいかんって言っとっちゃん!」
「でもっ!」
「まぁまぁ、お兄様、陽火さん、落ち着いて下さいませ」
俺達の口喧嘩に、月火が間に入って待ったをかけた。
「陽火さんの気持ちは良く分かります。わたくしも、陽火さんと同じ立場なら、きっとそう思うでしょう」
「月火ちゃん…!」
「…ですが、お兄様の気持ちも分かります。わたくしだって、陽火さんを危険な目に合わせたくないと思ってますし、先程のような、苦い思いは二度としたくありませんから」
月火は、先程、武装集団のリーダーに陽火が人質に取られた時のことを思い出しているのだろう、その瞳には怒りと悲しみの入り混じった、複雑な表情をしていた。
だが、すぐに、皆を癒してくれる、いつもの優しい表情に戻ると、こう言った。
「ですので、陽火さんが戦えるように、これから特訓を致しましょう!」
「特訓…!」
「おいおい、月火、それは、」
「お兄様、陽火さんのことを信じてあげて下さい」
月火に正面からそう言われては…、俺からは何も言い返せなかった。
「…月火ちゃんには甘いんだね……」
「ん?何か言ったか、陽火?」
ボソッと、陽火が何か呟いたのが聞こえたが、陽火は「なーんも」と言って、ぷいと俺から視線をそらした。
何と言うか、いつも通りの塩対応な陽火に戻ったようで、少し安心したような、残念なような、複雑な心境だった。
『話はまとまったみたいだね〜?』
と、すっかりその存在を忘れていたスターラ様が、最後に俺達にこう言って姿を消した。
『んじゃ、まずはこの世界を救うためにも、この世界に紛れ込んだ敵、この世界に本来存在しないハズの人類種である“亜人種”、“鬼人”を排除するミッションスタートってことで!
ちなみに、このミッションをクリアしないと、次の並行世界には転移出来ないから、頑張って敵を倒してね〜♪』
「え…っ、で、“鬼人”っ!?」
最後の最後でサラッと重要なことを口にして、さっさと消えたスターラ様に、俺は、次会ったら確実に一発は殴る、と強く決意するのだった。
何はともあれ、まずは陽火がまともに精霊術を使えるようにするための特訓をすることになるのだった。