表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

第一話 ゑちごや 中華丼で圧勝する

埼玉県は秩父。山間の町で「孤独のグルメ」ごっこに興じる中年男性。地元民ならではの冒険の記録。

第一話:ゑちごや 中華丼で圧勝する


 昼の秩父盆地は、かなり暑い。春を通り越して夏の匂いがして、車のエアコンも、日差しに今日は勝てないらしい。昼飯のあても決まらぬまま車を走らせ、腹の空白だけが膨らんでいく。


 ――我慢の限界。


 思い出したのは「ゑちごや」だった。滝の上町、坂の途中にある、ちょっと年季の入った食堂。店舗の真下の駐車場が空いていたのは奇跡で、日陰になっている。もうその時点で正解の予感がしていた。


 中に入ると、いい具合にざわついている。昼からビールのグラスを傾けるグループが目立つ。どこかの家族が、あるいは親戚が集まったような、やわらかい空気が流れている。なるほど、ゴールデンウィークの帰省組と見た。「ゑちごや」は、やっぱり地元の顔をしている店なんだよなと、にやけてしまう。勝利の予感しかしないぜ。


 席に着いて、綺麗に並べて貼ってある、冷房に揺れる黄色い短冊のメニューを眺める。今のオレには風鈴よりも癒しを与えてくれる。

 頼んだのは、中華丼。しばらくして届いた中華丼は、もうビジュアルで勝ってる。圧勝しちゃってる。トロっとした餡の光沢、深くてやさしい香り。海老、白菜、筍になるとを細く切ったヤツ。おいおいおい、大盤振る舞いじゃないか。もし、これを本当に中華丼か?と疑うような人間がいれば、しょっぴいてやるよ、と気分の高まりを抑えきれなくなっている。時間だ。


 れんげがずしりと重くなるほど、

 具をたっぷりのせる。

 口に運んでひとくちで頬張る。

 うまい。いや、うんまい。


 餡の塩気が絶妙で、鳥出汁がごはん一粒一粒に染み渡っていく。白菜やたけのこ、ピーマン、海老、きくらげ……そのすべてが、脇役の顔をして、主役の仕事をしている。派手さはない。でも、すごい充実感。これだぜ!中年男性が求めるボリュームは、肉や揚げ物だけじゃあないんだぜ、お嬢さん。む、誰もいない。


 店の奥から、ひと組の会計の声が聞こえる。

 「息子が帰ってきてるから、久しぶりに来ようって言ったんだけど、疲れてるからってさ。また今度連れてくるよ!」


 なんてことない一言だけど、この店がどういう場所か、よくわかる言葉だった。


 帰り際、ソースカツ丼を頬張る子どもと目が合った。

 うん、そりゃあ美味いよな、と心の中でうなずく。

 たぶん彼も、いつかふと思い出す。坂の途中の食堂で、昼から賑やかに笑っていた時間を。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ