第一章 少女瀬戸内
瀬戸内みやび。十八歳。高校三年生。2ヶ月後中退。
この物語の視点側の人間。黒髪シャギーウルフに青の瞳。はっきり言いそうで濁して言いがち。臆病な、ど根性。
日常で変な話を人々に伝えている青年に出会い、心底軽蔑する。その後、その人物に救われる。
美しい風景に美しい生命の音、光。生きているんだなと実感する。
そんな私は今日も早退、なんの意味もなく早退。体調不良でもただの不良でも何でもない、親からの連絡に即帰宅。嘘をついて帰宅。
(つまらない人生……)
「うふふ、雪くんの面白話は今日も止まらないわねえ。」
(……。)
また、雪とかいう男が路上でおばさんたちに変な話を吹き込んでいる。気味が悪い。
たしか自分と同じ学校の生徒だ。授業をこうやってサボり、へんな思想論を人に横流し。
高校生にもなって、とてつもなくダサい。
ただ、私はそんな人のことも言えない。十八にもなって親の言いなり。勉学ではなく親の感情に支配されながら生きている。生きた心地などほんの数ミリの感覚なのだ。
それに比べ彼はのびのびと生きている人物だと思う。だが、なんの話かは正直掴めない。し、聞こえてこない。
少し前に『世界について』とかいう曖昧な言葉を必死に熱弁していたのだけは記憶している。
だが、その内容は聞きたいとは思えない。
何故、人間はこうも極端なのだろう。もっと、中間というものはないのだろうか。
生と死、光と闇のような両極端ばかり、私の周りだけでもこんなにもそれが存在している。
『世界とは何か』『人間とは何か』
そんな哲学的なことを考える暇があるのなら、もっと世界に役立つことをしてほしい。
呆れながら私はそう考えていた。
〜〜〜〜〜〜〜〜
家まであと900メートル。あと少しだというのにどうにも身体が重い。かなり苦しい。
家に帰るというのは私にとってはとても苦しい現実なのだ。
(情けない……。)
すこし、遠回りをしていこうか。目を閉じて、一休みするのもいい。そうして現実逃避をしようにもなんだか落ち着かない。
「君、さっきからどうしたんだい?」
「……っ、」
顔を上げると、さっきの男がいた。なんだか心配そうにこちらを見ている。状況を飲み飲むのに時間がかかりそうになる。
「体調が悪いのかい……?顔色が悪いよ。」
「大丈夫です。」
彼に近づくと駄目な気がした。急に怖くなり、さっきまで動かなかった身体がスムーズに動いた。
必死に走り出し、家の前までたどり着いた。
(怖い……。)
心臓がすごい速度で動いている。何に対しての恐怖心なのかはわからない。だが、不安になってしまった。
「ああ、着いちゃった。」
そうして家に着いたものの、逃げてきた、避難をしてきたという感覚にはなれずにいた。
(今日も普通に帰るだけだ。家に入れば、なんてことない。)
「ただいま、お母さん。」
そうして母のいるリビングへと向かった。
私は娘の授業中に家に呼び出すこの親のことを普通とは思えない。だが、さっきの男のことも普通だとは思えない。学校の人に疑われない現実も受け入れたくはない。
「おかえり、みやびちゃん。ごめんね、特に意味はないの。寂しくなっちゃって……。」
2年前にお父さんが死んでからずっとこんな状態の母。虚ろな目で、私が家にいることを望む母。
こんな母の状態から、私は父の死を受け入れるしかなくなってしまった。悲しむ余裕すらも生まれなくなってしまった。
「大丈夫だよ。ごはん、食べよっか。」
「ええ。」
この世界は理不尽なことで溢れかえっている。怖いこともたくさんあって、不安になることも続いていく。
そんな中でずっと縛られ続ける私を、見守ってくれる人も助けてくれる人もいない。
(息苦しい)
こんなものは美しくない。わかっている。だが、美しさとは何か。私の理想は現実とは程遠いのだ。日に日に自分の思考力が低下しているのがわかる。
生きていくうちにわかる。
四季の彩り
『』
お母さんの抱擁の温もり
『』
『』
家族との時間
『』
『』
『』
そこで生まれる自分の価値観、将来観。
(ちがう、ちがう……)
すべてが自分には足りない。足りる前に壊れてしまった。きっとこの環境にいてはだめなんだ。
だが、環境のせいにして逃げ出すような人間にはなりたくない。…お母さんを、泣かせたくない。
人生とは実に理不尽で、融通がきくものだ。たったの十八年。されど、十八年。ずっと、わからなかった不安定な感覚。未だにつかめない感覚。
ついさっき、視線があった彼のことを思い出す。
(誰にも縛られないように見える人間に、私はなりたくはない。)
けれど、なれるわけがない。
結局こうやって、日々を繋いで、何もわからない自分を絆すように生きている。知りたくない世界と、知るべき世界の区別さえもままならない。
世界とか何か、人類とは何か。そんなことを考える暇があれば役に立つことをしたい。お母さんのことを、愛しているふりをしたいんだ。苦しんでいる形は誰にも見せたくないんだよ。
美しさも醜さも私はわからない。何かのものに対する感情なんてわかない。
『』
『』
『』
空白の感情だけが生きているのだと思う。されど、それが蠢いているんだと思う。それが気味悪く、気持ち悪くて仕方がない。
感情を押し殺すことは未だできていないんだ。他の人の普通にも、私にとって望む普通とも、一生かけてもきっと繋げないような、そんな人生だ。
(考えるのはやめよう……)
「お母さん、焼きそばできたよ。」
「ありがとう、みやびちゃん。」
お母さんは私の作る料理をすべて愛してくれる。私が頑張って作ったんだって、とっても喜んでくれる。
嬉しいよ。毎日。お母さんの笑顔で生きているのだ。今日も。そこに正しさなんていらない。なにも、知らないんだ。これがわたしにとっての、きっとの現実。