表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

紫陽花の声

作者: ウォーカー

 湿気に煙る六月の町。

女子生徒がトボトボと学校から帰宅するために一人歩いていた。

「はぁ・・・。」

沈む表情のその口からは、溜め息がこぼれた。


 その女子生徒は、学校でも生真面目な生徒で通っていた。

生真面目なのだが、しかしそれだけでは物事は上手くはいかない。

要領の悪さは生来のもので、努力をしてもなかなか結果にあらわれない。

今日は宿題の提出日を間違えたせいで提出することができず、

予習を疎かにした箇所を先生に当てられ不正解、

掃除ではバケツを蹴倒しずぶ濡れになってしまった。

その女子生徒の無様な姿を見た他の生徒たちからは、

ヒソヒソと陰口を叩かれてしまった。

元より口数が少なく、他人を寄せ付けない性格なものだから、

失敗に付け込まれて嫌味の一つを言われるのも無理はない。

何も言い返すことが出来ず、授業を終えてイライラと学校を出たのだった。


 その女子生徒は自宅への道のりを歩いていた。

今日のことを両親に報告すれば、きっと叱られることだろう。

両親は厳しい人だから。

そう考えると足取りが重くなって、真っ直ぐ帰る気にもならず、

ちょっと遠回りにと普段は行かない路地裏へと入っていった。


 路地裏には気が滅入る様な暗がりと静けさが広がっていた。

他に通る人の姿もなく、まるで異世界にでも迷い込んでしまったかのよう。

すると、歩くことしばらく。

「あら?あれは・・・。」

その女子生徒の行く手に、場違いに華やかな空間が現れた。


 そこには美しい紫陽花あじさいの花園が広がっていた。

赤、青、白、様々な色の花々が、身を寄せ合うようにして咲いている。

すると、その女子学生には、紫陽花の花が集まっているのが、

なんだかヒソヒソと陰口を叩く生徒たちの姿と重なって見えてきた。

「そうやって、みんなで集まって、

 裏でコソコソ陰口を叩くしか能が無い癖に。

 わたしの事、何にも知らないのに、口を出さないで!」

頭に血が昇ったその女子生徒は、紫陽花の花の一房をはたき落とした。

地面に落ちた花を踏みつけると、花は無惨にバラバラにされてしまった。

するとそんなその女子生徒を後ろから諌める声が。

「おや、大人げない。紫陽花を踏みつけるなんて。」

その女子生徒が振り向くと、そこには、

シルクハットを被った紳士然とした男が立っていた。

頭髪は白く、顔に刻まれた皺は、年相応の風格を帯びていた。

その女子生徒は慌てて頭を下げた。

「すみません!あなたのここはお庭でしたか。

 紫陽花の花を勝手に触ってしまって・・・。」

しかしその老紳士には叱る様子はなく、柔らかな笑顔を浮かべていた。

「いえいえ、構いませんよ。

 ここの紫陽花は特殊な品種でして、

 花を落としてもすぐにまた別の花が咲くので良いのですよ。

 それよりも、仲間を大事にした方が良いと言いたかったんです。」

「仲間・・・ですか?紫陽花が?」

「ええ、そうです。

 あなたも本当は、この紫陽花の花たちのように、

 他の花たちと身を寄せ合いたいのでしょう。

 無理をして一人でいる必要はありません。

 仲間が欲しければ、紫陽花たちと身を寄せ合えば良い。

 ほら、もう仲良くなっていますよ。」

「は、はぁ。」

その女子生徒には、老紳士の言うことがよくわからない。

ただ、紫陽花を叩いた腕が無性に痒い。

見ると、腕がかぶれて薄く腫れていた。

疎らに腫れて赤や青に色付いた腕は、

まるで紫陽花の花びらが張り付いたかのように見えるのだった。

「なに、これ?紫陽花の毒?」

「毒じゃない、繁殖ですよ。

 ここの紫陽花は、触れ合って仲間を作る。

 あなたも意地を張らずに、もっと人と触れ合ってみなさい。」

老紳士は柔らかな笑いを残して去っていった。

紫陽花園には静けさの中、その女子生徒だけが残された。


 それからその女子生徒は自宅に帰った。

やがて帰宅してきた両親に、学校での失敗を報告し、

ひどく叱られたものだった。

しかし不思議とつらさは感じなかった。

最初、その女子生徒はつらくない理由がわからなかった。

今までなら、両親に叱られた時は、

まるで自分の全てが否定されたように絶望したものだった。

それが今はつらくない理由。

それは、どこからか、慰める声が聞こえるからだと気が付いた。

「落ち込まないで。」

「私たちがついてるから。」

「明日はもっと上手くいくよ。」

そんな声があったから、両親の叱責もつらくなかった。

でもどこからそんな声がするのだろう。

家の中には両親とその女子生徒の三人しかいないはず。

声の主は極近く、だからすぐにわかった。

その女子生徒が紫陽花を叩いた時にかぶれた腕、

その腕からたくさんの声が聞こえていたのだった。

無意識にポリポリと掻き毟る腕を見ると、

まるで紫陽花の花が咲いたかのように、

花びらの形の腫れがびっしりと集まっていた。

腫れの花びらには薄く筋が通っていて、それが口のように動いて喋っていた。

腕に咲いた腫れの花が口を開いて喋る。

そのことにその女子生徒は恐れおののいたのはほんの短時間だけ。

それよりも励ましてくれる声に心地よさを感じていた。

自分は一人っきりではない。

見守ってくれている存在がいる。

それはその女子生徒にとって、思いも寄らない勇気を与えてくれた。


 そうしてその女子生徒は、次の日からもいつもと同じ生活をした。

他人よりたくさん準備をしてるのに、失敗続きの日々。

それでも、腕の紫陽花が励ましてくれると、不思議とつらくは無かった。

上手く行かなくても、紫陽花が応援してくれている。

失敗しても、紫陽花が慰めてくれる。

その女子生徒がポリポリと腕を掻く度に、腕の紫陽花は殖えていった。

それに応じて、その女子生徒の生活は華やかになっていった。

失敗した時、見るに見かねて他の生徒たちが手伝ってくれるようになった。

結果が出なくても、努力が認められて先生に褒められた。

紫陽花の花が咲いていくように、その女子生徒の生活は色付いていった。

しかし何事にも終わりはやってくる。

季節は梅雨を過ぎ、夏本番。

紫陽花の季節が終わろうとしていた。


 夏が始まったその日、その女子生徒は体に異変を感じていた。

腕を見ると、紫陽花の腫れがしおれていた。

ポリポリと腕を掻くと、まるで紫陽花の花びらのように、

皮膚の断片がパラパラと落ちていった。

「そっか、もう紫陽花の季節は終わりなんだね。

 じゃあ、あなたたちを元の場所に返してあげないと。」

そうしてその女子生徒はその日、学校に登校する前に寄り道をした。

足を運んだのは、いつかの路地裏の紫陽花の庭。

そこではもう今年の紫陽花は終わりを迎え、

しおれた花びらが地面に積もるように散っていた。

その女子生徒は、地面に積もった花びらの前で屈むと、

腕を差し出してポリポリと掻いて払った。

「紫陽花さんたち、どうもありがとう。

 あなたたちのおかげで、もうわたしは一人じゃない。

 だからもう大丈夫。土へおかえり。

 でも、もしまた来年、紫陽花の時期に、

 寂しくしてる人がここに来たら、また助けてあげてね。」

その女子生徒の腕から最後の花びらが地面に落ちた。

腕にはもう腫れどころか痕の一つもない。

その女子生徒は立ち上がると、

夏の日差しの中を晴れ晴れした顔で歩いていった。

後に残った紫陽花の花びらたちを、夏の風が空に巻き上げていった。



終わり。


 紫陽花が集まって咲く姿を見て、

自分もそうあれたら良いのにと思って、この話を書きました。


もしも紫陽花の仲間になれても、

やはり人と紫陽花の時間は違いすぎるので、

すぐにお別れの時がやってきてしまいそうです。


お読み頂きありがとうございました。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] ホラーということで少し身構えて読み始めたら……。 ほっこりしました!
2024/06/16 22:14 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ