プロローグ
「〇〇様、やっていいのですね?」
ここは──神界の頂き。緊急時のとき、限られた者しか足を踏み入れぬ“聖地”。
静寂が深く、壁一面に刻まれた古の神文字が淡く光を放っていた。
そこに、二つの人影がいた。
「ああ、いいから早くしてくれ」
〇〇と呼ばれた人物が血の気のない顔で答えた。
「じゃあ、はじめますよ。本当にいいのですね?」
と、もう一つの人影がもう一度聞いた。
「ああ。どうせこっちに拒否権はないのだろう?」
それを聞いた人影は口角を上げた。
「物分かりが良くて助かりますよ」
「…神界の、それも神一族の始まり──神一族を引き継ぐ者にしか話していない情報を知っている事を置いといても、バラすと脅されりゃ拒否権なんてあるわけなかろう」
〇〇は苦々しく言う。対する相手──その正体すら分からぬ“彼”は、不思議そうに笑った。
「それにしては、随分と答えが遅かったですね」
「そりゃそうだろう?先代とも悩みに悩んで。其方が三日間以内なんて言わなけば、ずっと悩み続けたのだろうよ」
「それはそれは」
人影は、申し訳ないような声。そのくせ、顔はまるで役得にでもあったかのように、誇らしげだった。
……これが本性か。神一族の伝承を知る、得体の知らない奴の。
……全部お前のせいだろ、と〇〇は思わず内心で毒づく。
「ならば、やらせていただきますよ。こっちにはちゃんと、了承の声も魔法で録っていますからね?」
人影は話かけながらも、手の動きを止めることはなかった。
「よし、出来ましたよ」
と言って人影は手を止めた。
そして──
「ありがとう〇〇。さらば」
その言葉を残して人影は移動魔法で姿を消した。
〇〇は魔方陣の近くに歩み寄りしゃがんだ。手を触れる。しかし、その手は弾き飛ばされた。
魔方陣で帰った場所が分かれば良かったのに……。魔方陣で居場所を特定されないように組まされていた。これで、最後の望みも無くなったな………。
〇〇は泣きたくなった。
「風芽……すまない」
声にならない想いが喉に詰まる。今更謝ったところで、何かが変わるわけでもないのに。
それでも、そう言わずにはいられなかった。
魔法陣がかすかに輝きを残す中、〇〇の声はただ、虚空に吸い込まれていた。