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狂ってしまった歯車  作者: elly9521
一章 思い出した前世
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全ての始まりは今

「……本当に、始めてしまっていいのですね?」


 ここは──神界の頂き。

 緊急時にのみ、限られた者しか足を踏み入れることを許されぬ“聖地”。

 静寂が深く、壁一面に刻まれた古の神文字が淡く光を放っていた。


 その中心に、二つの影が立っていた。


「ああ、いいから早くしてくれ」


 神族の長は、血の気のない顔で答えた。


「じゃあ、はじめます。本当にいいのですね?」

「どうせこっちに拒否権はないのだろう?」


 “彼”の口角がゆっくりと上がる。銀糸のような髪が揺れ、深海の底から響くような声がまた言った。


「物分かりが良くて助かりますよ」


「……神界の、それも神一族の始まりを知る者か。

どうやってその情報を手に入れたかは知らんが──脅されたら拒否などできん」


 “長”の声は苦々しかった。だが、相手はただ、不思議そうに笑うだけだった。


「それにしては、随分と返事が遅かったですね」

「そりゃそうだ。先代と何度も悩んだんだ。

其方が“三日以内”なんて言わなければ、今も悩み続けていただろうよ」

「それはそれは」


 神界には似つかわしくない、黒ずんだフードと漆黒の外套。闇から切り出されたような存在──それが“彼”だった。“彼”は、申し訳ないような声で相づちを打つ。そのくせ、顔はまるで役得にでもあったかのように、誇らしげだ。


 ……これが本性か。神一族の伝承を知る、得体の知らない奴の。


 ……とはいえ、全部お前のせいだ。

 そう思わずにはいられなかった。


「では、やらせていただきます。了承の言葉は、きちんと魔法で記録していますので」


 手の動きが止まることはない。


「……出来ましたよ」


 そう言うと同時に、“彼”の姿は魔法陣の光の中に消えた。


 神族の長はその跡へ歩み寄り、魔方陣に触れる。

 だが、手は弾かれた。

 居場所を特定できぬよう、魔法陣が組まれている。


「……これで、最後の望みも絶たれたか」


 俯いた唇が震えた。


「風芽……すまない」


 神は巡る。人界を渡り、記憶を捨て、また神界へ還る。

 そう信じていた。そう、信じていたのに──


 その輪から、お前を外してしまったのは……俺だ。


 声にならない想いが喉に詰まる。今更謝ったところで、何かが変わるわけでもないのに。


 それでも、そう言わずにはいられなかった。


 魔法陣がかすかに輝きを残す中、その声はただ、虚空に吸い込まれていた。


 魔法陣は、まだ微かに燐光を放っていた。けれど、それもじきに消える。


 空気が沈黙を増し、神界の頂に再び静寂が戻ってくる。

 まるで今起きたことすら、世界が忘れようとしているように──。


 神族の長──レオネイルは、ただその中で立ち尽くしていた。



──それは、神すら忘れた罪。

  そして、一人の少女の“目覚め”が、止まっていた運命の歯車を再び動かし始める。

  この時、まだ誰も気づいていなかった──。



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