6, 友達であり姉妹
「そこ、腕の位置が下がっているわよ」
「はい! リゼット様」
彼女は騎士団に入りたてなので、もう少し体力をつける必要がありそう……そんなことを考えながら、その隣で素振りをしている騎士の様子を見る。
「あなたはもっと上半身を起こした方がいいわ。ほら、この姿勢の方が剣を振りやすいでしょう?」
私は彼の剣を借りると、その場で一回振り下ろした。
風の切れる音に、彼は目を輝かせる。
「お手本をありがとうございます。また練習試合で戦えるのを楽しみにしています!」
「私と戦いたいならちゃんと勝ち上がってきて頂戴ね」
「勿論! 精進します」
その後も何人か部下の指導をしていると、上官がやって来た。
「やぁリゼット……今はリゼット王太子妃と言うべきか?」
ニコニコしながら私のもとへやって来た上官は、どうやらからかいに来たようだ。
「そのままで結構です」
「そう怒るなって、小さいころあんなに敵対心むき出しだったリゼットが結婚するなんてな……とか、感慨にふけっていたんだぞ!」
「余計なお世話です」
そうは言いながらも、上官にはとてもお世話になってきたし、彼も冗談を言いたいようだから、そこまで強く反論はしなかった。
「それで……プライベートなことを聞かれたからって、上に訴えないでくれよ……その、結婚生活は上手くやれているのかい?」
「そもそもあなたが騎士団長なんですから、訴える先がないですよ」
そんな風に言い返しはしたものの、上官……もとい団長は今度は冗談ではなく本気で心配してくれているようだ。
それもそのはず、団長は仕事上エドガー王子と付き合いがある。
彼の女嫌いな性格もよく知っているのだ。
だからこそ、「私と王子が相思相愛である」なんて噂は信じていないのだろう。
「彼とはうまくやれています。まぁ、普通の夫婦とは言い難いかもしれませんが……ちゃんとコミュニケーションは取れていますよ」
「そうか、それならよかった」
実はそれとは別の問題もあるのだけれど……
これ以上彼を心配させるわけにはいかない。
不安を隠すようににっこり笑えば、団長も安心したようだった。
「そうだ! 僕がここに来たのは何も君をからかいに来たわけではなくてね」
今のところ、ほぼからかいに来ただけなのは一旦置いておこう。
「君のお姉さんが騎士団に来ているんだ。結婚してからも訓練をしてばっかりで、休憩もあまりとっていないようだし……少し出かけてきたらどうだい?」
彼は私が小さいころ……孤児で騎士団に入った時から私のことを知っている。
そして、そんな私が姉のノエルととても仲が良いことも。
「えぇ、そうすることにします」
私は訓練用の剣を片付けて、急いでノエルのもとへ向かった。
◇◇◇
「あら、邪魔するつもりはなかったのだけれど……」
「団長に少し休憩したら? と言われたの。それに私も、ノエルと話したかったから」
エドガー王子と結婚してからもうすぐ三週間がたつ。
最近は騎士としての訓練や業務に加えて、王太子妃としての書類仕事も想像以上に多く、かなり忙しい日々が続いていた。
だから、ノエルと会うことができていなかったのだ。
「手紙でリゼットの状況は聞いてはいたけれど……よかったわね、なんだかんだ王子とコミュニケーションできているみたいで」
「本当に良かったわ。ノエルにも心配をかけてごめんなさい」
「気にしないでよ。私たちは友達であり姉妹でもあるんだから!」
「ありがとう」
しかし、私がお礼を言ったのにも関わらず、ノエルは何か気に入らなさそうな顔をした。
「ねぇ、何か問題を隠しているんじゃないの?」
「え……そんなことはないわ」
「嘘、私をごまかせると思っているの?」
「……」
流石、ノエルは鋭い。
私が昔、孤児だから、女なのに男を負かすからという理由でいじめられていた時、私のもとへ遊びに来ていたノエルはいち早く私の異変に気付き、上に報告してくれたのだ。
「やっぱりノエルはごまかせないわね、団長は見抜けなかったのに……」
「団長は昔からこういったことには鈍感でしょう? ほら、しっかり話して頂戴」
「実は……
私は最近困っていることがある。
それは、王城に勤めているメイドたちの態度についてだ。
彼女たちは、私が王子と恋愛関係ではないことを察しており、また、私が公爵家の出といえど養女であることも知っているので、何かと扱いが雑なのだ。
別にそこまで気にすることではないと思っていたが、最近は嫌がらせに近くなってきているような気がする。
「例えばどんなことをされているの?」
「……呼んでも来てくれなかったり、私の部屋の掃除はしてくれなかったり、お茶がとても苦かったり、食事が少ししかなかったり……」
話し続けようとしたら、ノエルが怒った表情で立ち上がった。
「そんなのって許せないわ! 私、エドガー王子とメイドたちに直接話に行ってくる」
「ちょっと待って!」
「どうして? こんなのひどいじゃない」
「本当に耐え切れなくなったら、自分でどうにかするから……」
私のその様子を見て、ノエルはため息をついた。
「確かになんでもかんでも他人が介入することはよくないわね……でもこの現状を放っておくなんて論外よ。そうね……私、一週間待つから、その間に解決して頂戴」
「え」
「え、じゃないわよ。貴方はシャロン公爵家の娘、ロランス王家の一員、そして名高い騎士なんだから! そんな扱われ方を許してはいけないわ」
ノエルの言っていることはもっともだ。
このままでは両家に、そして騎士としての身分に泥を塗っていることになる。
「……まぁでも実際にはそんなことはどうでもよくてね、ただ私はリゼットのことが心配なだけなの、わかってほしい」
「……わかったわ。頑張ってみる。もし無理そうだったらまたノエルに相談するわ」
「約束よ……それじゃあここからは楽しい話でもしましょうか!」
その日はノエルと別れた後、訓練には戻らず直接王城へ帰ったのだった。
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