25, 夜の風
「それではごゆっくりお休みください。いつも通り、そこの紐を引っ張ってくださればすぐに参りますので」
メイドがドアの外側にいる衛兵二人にお辞儀をするのが少し見えた後、ドアは完全に閉まった。
私は一度ベッドに横になった体を起こし、そっと立ち上がる。
今日のイアン様との話の中で、皇国側の人間は、私を皇国に残しておきたいと考えていることが分かった。
このことを王子や王と共有して、その理由についても考える必要がある。
だからこそ……私は今日、この部屋を抜け出すことを決めたのだ!
出来ればこんな形で会いに行くのではなく、正当な手順を踏みたかったが、それを待っていては一生会えないだろう。
私は音が響かないよう、静かに窓を開ける。
王国の夜よりも冷えた風が頬を撫でた。
窓枠に足をかけると、想像よりも高さがあることに気が付き、少し足が震える。
勿論、騎士は普段このようなことはしない。
どちらかと言えば、暗殺者だとかああいった職業の専門分野だろう。
でも……一般的な令嬢にはできないことでも……一般的な騎士にはできないことでも……
今私はやる必要がある!
「……っ!」
思い切って両足を窓の外の段差に引っかけた。
王やエドガー王子の部屋の大体の位置は予想できている。
皇族が住む部屋が本棟の最上階付近にあるとするのならば、他国からの来賓はその下の階に案内されているはず。
私は目的地を目指して突起物をつかみながら壁をのぼった。
何度か廊下を歩く衛兵やメイドに見られそうになったり、手を滑らせてバランスを崩したりと、危ない場面もあったが、何とかよさげな場所にたどり着く。
お目当ての部屋はカーテンが閉まっており、あまり部屋の中は見えないようになっていたけれど、少し開いた隙間からエドガー王子の姿が確認できた。
「……よかった」
小声で一人呟いた後、私は控えめに窓をノックした。
その瞬間、部屋の中にいる彼は、警戒するように椅子から立ち上がり辺りを見回す。
よく考えれば当たり前だ。
戦後の交渉をしに来た隣国で過ごす夜。
隣国の態度になにか違和感を覚えながらも滞在する中で聞こえた異音。
もう一度窓を叩くと、彼は音の出どころが分かったようで、こちらに顔を向けた。
その警戒した姿勢のまま、そっと窓に近づきカーテンを開く。
そして次の瞬間には、彼はあんぐりと口を大きく開けた。
そんな表情をするエドガー王子を見たことがなかったので、私は思わず笑ってしまう。
「な、どうやってここに来た? 怪我はないか?」
「大丈夫ですよ、私は国を代表する騎士ですから」
「騎士はこんなことはしない」
私を心配してくれてのことだろう、窓を開けた彼は少し怒ったような顔をしていた。
「心配をかけてすみません……でも、こうでもしないとあなたに会えないと思ったので」
「俺も父上も、君に会いたいと、君も交渉に参加すべきだと、何度も皇国側に抗議していたのだが……皇国は交渉の条件を譲歩してでも、君を俺たちに会わせたくなかったらしい」
「そうなんですね。私もそちらに合流したいと何度も申請を出していたのですが、全く通らず……」
エドガー王子は私を椅子に座らせ、自分も向かいの椅子に腰を掛けた。
「俺たちのほうでも、いくら交渉が上手く進むとはいえ、皇国の君に対する態度に違和感を覚えていて……だから、無理にでも一度帰国しようと話していたんだ。この二週間、君の方は何をして過ごしていた?」
「私は……
そこで私はここ最近の出来事を一度に伝える。
途中でメイドが部屋のドアをノックしてひやひやする場面もあったものの、彼がドア越しに対応したことで事なきを得た。
「何よりもまず、君が無事に過ごしていて安心した。それにしても……」
そこで一旦彼は言葉を切ると、唇をかみしめた。
「そのイアンという男は……」
「私との間には何もないですよ?」
「それは分かっている」
彼はムスッとした顔のまま答える。
結婚当初は彼がこんな顔もできるなんて、思ってもいなかったな……なんて考えていると、すこし笑いがこぼれてしまう。
「笑うところじゃないだろう」
「すみません、その表情は新鮮だなと思ったら、笑顔になってしまいました」
あまりにも私の発言が予想外だったからか、彼も笑ってしまう。
しばらく笑いあった後、エドガー王子は真剣な顔に戻り、話し始めた。
「……それで、君は何故そんなにも皇国に引き留められているのかについて、何か心当たりはあるか?」
「残念ながら今のところは……そちらは?」
「俺も父上も見当がつかない。強いて言うならば、君の騎士としての実力を見込んでのことだろうか? でも……それだけにしては交渉を譲歩してまで引き留める理由にはならないから……やはりわからないな」
「ですよね、私自身がわからないのなら、あなたはなおさらですよね」
「でもこうして君と連絡を取ることが出来てよかった。交渉中だろうと、一度皇国を出た方がいいことはより確実になったからな」
「そうですね、これ以上ここにいては、皇国の思うままになってしまうような気がします」
「明日帰国を告げて明後日に帰ろう」
「えぇ」
情報の共有と今後の方針を決めることができたので、私は席を立ち窓の方へ向かう。
「……待て、またその方法で帰るつもりか?」
「勿論、他の方法はないので」
「……」
彼はしばらく無言で私を見つめていた。
が、やはり他の方法は思いつかなかったのだろう。
彼も椅子から立ち上がり、こちらへやってくると……そっと私を抱きしめた。
「……へ、え!?」
そんなことをされるのは初めてだったので、私の体温は一気に上昇する。
「……頼むから、自分の身の安全を最優先に行動してほしい」
「は、はい……次はこんな無茶はしません」
「あぁ、もう……俺は……大切な人を失いたくないんだ」
独り言のように呟かれた言葉と共に、私の体は解放された。
私は顔に熱が集まったまま、彼に背を向ける。
「じゃ、じゃあ、私、帰ります!」
「あぁ、あと最後に……一応君の部屋がどこにあるのかも聞いておこう」
「東にある別棟の……最上階です」
それでは、と言って私は再び窓の外へと一歩踏み出す。
久しぶりに彼に会えてうれしい気持ち、国に帰る予定が決まって安心する気持ち、皇国の意図がわからず不安な気持ち、そして……
抱きしめられるなんて、思ってもいなかった。
冷たい夜の風をもってしても、私の頬の熱は収まりそうにない。
帰り道は……あの街に寄るのだろうか?
私達は本当の意味で、結ばれるのだろうか?
そんなことを考えていたら、あっという間に自分の部屋につき、私は頭に浮かぶ様々な考えから逃れるようにベッドに潜り込んだ。
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