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見送った新婚夫婦は。

 時間にして一時間ほど。

 聞き手が国王と辺境伯という多忙な人間だ、事前に質問事項はまとめてあったし、答える方もイレーネという聡明な元王女とあって、聞き取りは極めて効率よく進む。

 もちろん途中で派生的な質問が出されることもあり、予定よりは多少時間が延びたところはあったが、それでも無駄に話が迷走するということもなく、無事聞き取りは終わった。


「うむ、実に有意義な話が聞けた。また後日協力してもらうこともあろうが、その時はよろしく頼むぞ」

「はい、もちろんでございます」


 国王が言えば、イレーネは恭しく頭を下げる。

 後日、『話を聞く』ではなく『協力』してもらう、と確かに国王は言った。

 その意味は、同席していたガストンにもわかる。

 次に国王がここまで足を伸ばす、もしくはイレーネが王都に呼ばれる時は、レーベンバルト王国への侵攻が始まる時だということ。

 だから、顔を上げたイレーネの表情は、どこか覚悟を決めたものになっていた。

 

 それからもうしばらく他愛ない雑談をした後、国王と辺境伯は子爵邸を出て辺境伯領へと向けて出立した。

 ここまで足を伸ばしてきたのだから、ついでに辺境伯領とその砦を視察しておく、というのが大義名分。

 それを口実に、辺境伯領で羽を伸ばしたいという思惑も滲んでいたりはしたが……警備の堅さで言えば王都並みかそれ以上の場所とあって、強く反対する者もいなかったようだ。

 もちろん侵攻の恐れがある状況であれば許されないことだが、当面はそれもないだろう。

 何より、ガストンの勘も大丈夫と告げている。

 だからガストン達は、まったく心配していない顔で国王達を見送った。


「は~……あの二人と真面目な話をすると、やっぱり疲れるなぁ。俺はもっぱら聞いてばっかりだったけども」

「ふふ、わたくしはそこまでではないです。……ガストン様が隣に居てくれましたから」

「お、おうっ!?」


 言葉通り疲れた声でガストンがぼやけば、くすくすと笑いながらイレーネが思わぬことを言ってくれるものだから、ガストンの口から咽せたような悲鳴のような声が吹き出た。

 顔を真っ赤にしながらイレーネをチラリと窺うと、少しばかり悪戯な表情。

 揶揄われたといえば揶揄われたのだろう。

 けれど、心にもない言葉でもない。

 それはどうにもむず痒く。

 それでいて、なんとも胸が温かくもある。

 間違いないのは、決して悪い気はしないということだった。

 

「本当ですよ? それに、実際かばってくださったじゃないですか」

「かばったっていうか……俺は、普通のことを言っただけで」


 イレーネが重ねて言うも、ガストンとしては素直に頷きがたいところがある。

 思い返しても、なんとも格好のつかない物言いだったようにしか思えないのだが。


「その普通のことを、あのお二人を前にしてどれだけの人が言えるものでしょうか。ですが、ガストン様は言葉にしてくださいました。だからわたくしも、これなら何かあっても守ってもらえると安心できたのですよ」

「な、なるほど……? それなら、良かったけども。……俺も、もう少ししゃべれるようになった方がいいのかなぁ」


 納得したように頷いていたガストンだったが、ふと思いついたかのようにぽつりと言う。

 その顔は、もちろん出任せな風ではなく。後悔や羞恥から来た言葉でもなく。

 前向きに、真剣に。イレーネの目には、そんな顔に見えた。

 だから、イレーネもすぐには答えず、考えて。それから、口を開く。


「もちろん、その方が望ましいのは事実ですけれども」

「そ、そうだよなぁ……」

「ただ、『しゃべれるようになる』とはどういう意味か、というのを考えた方がよろしいかと」

「どういう、意味? しゃべれるように、だよな?」


 肯定され、少し気後れしそうになったガストンだったが、続く言葉に首を傾げた。

 イメージするのは国王だったりイレーネだったりといった能弁な面々だが、それ以外にあるのだろうか。

 いまいち理解しきれていないガストンへと、イレーネは微笑みかける。


「しゃべることが出来る、と言っても、色々な形があります。また、どういった形が必要とされるか、も人によって変わってきます。例えば国王陛下であれば、ご自身の意思や決定が明確に伝わるように。その際には比喩や修飾も様々に必要となるでしょう」

「お、おう……とにかく大変ってことだな!?」

「その通りです。場合によっては、他国の古典文学に通じている必要すらあります」

「う、うえぇぇ……それは、大変すぎる……」


 あまりにも端的すぎるガストンの答えに、しかしイレーネは頷いて返し。

 続いた言葉に、ガストンはしかめっ面になった。

 言うまでもなく、ガストンにそういった教養はほとんどない。例外は他国の兵法書くらいのもので、そんなものが修飾に使える場面などそう多くはない。

 当然、そのことをよく知るイレーネにもわかりきったことである。


「ですが、ガストン様でしたらそこまでのものは不要です」

「そ、そうか……」


 不要、と言われてガストンはほっとしたような顔になったのだが。


「まず必要なのは、『はい』か『いいえ』です」

「うえええぇぇぇ!?」


 思わぬ言葉に、悲鳴のような声が出てしまった。

 それもまた、無理からぬこと。

 その反応も予想の内だったのか、イレーネはくすくすと笑っている。


「さ、流石に簡単すぎねぇか!?」

「いいえ、今のガストン様にとっては簡単なことではありませんよ? 例えば、国王陛下から国防のために必要だけれど領地に犠牲を強いるような命令をされた時に、従うか拒否するか、はっきりと答えられますか?」

「うっ!? そ、それは……難しい、な……?」


 イレーネから問われ、ガストンは口籠もった。

 敬愛する国王と、守るべき領地・領民との板挟み。想像するだけでも頭が痛い。

 そんな姿に、イレーネは内心でほっとする。

 国王から言われるがまま、という領主も決して少なくないだろうに、ガストンは悩んだ。

 つまりそれは、領主としての自覚も育っているということだから。


「はい、難しいです。ですが、今後はそういった場面が増えてきます。領主の大事な仕事の一つは、決めることですから。それが出来るのは、ガストン様しかいらっしゃいません」

「俺だけ……めちゃくちゃ重たいな、それは」

「重たいですが、ガストン様が背負う責任ではあります。……ただ、お手伝いはいたしますからね? 決めるために必要そうな助言はしますし、相談はいくらでも乗ります」


 沈み込んだ顔になったガストンへとイレーネが言えば、ぱっと顔が明るくなった。


「そ、そっか、イレーネが相談に乗ってくれたら、めちゃくちゃ助かる!」

「とはいえ、最終的な決断はガストン様のお仕事ですからね?」

「お、おう……」


 そしてまた、すぐに沈み込む。

 浮いては沈むその様子を、イレーネは微笑ましげに見つめていた。

 つまりそれは、決断の重さを理解しているということで。それを放り投げた貴族を、彼女は何人も見てきたのだが……ガストンは違う。そのことが、なんとも嬉しい。


「決断する前のお手伝いはいたします。その後の処理も、もちろん。ですから、一人で背負い込む必要もございません。ですが、決めてはいただきます」

「領主としてそれが出来るのは、俺だけ、かぁ……」


 噛みしめるようにガストンが呟く。いや、実際噛みしめているのだろう。

 一歩一歩、彼なりのペースで領主として成長している。まだまだ頼りなくもあるそんな姿が、イレーネにとっては嬉しくもある。一緒に成長していけるということでもあるのだから。


「一度決めていただければ、必要な補足はわたくしがいたします。その他の場面でも同じくですね。端的で結構ですから、まずお考えを表明してください。どんな相手に対しても」

「……陛下に対しても、ってことだよな?」

「はい、その通りです」


 気が優しく頭を使うことが苦手なガストンからしてみれば、無理難題とも思えることだろう。

 そうとわかっていて、イレーネはきっぱりと頷いてみせた。

 今のガストンならば、それも背負ってくれるだろうと信じて。


「う~……イレーネがいてくれるなら、出来そう、かなぁ……」


 だから、自信なさげではあるもののガストンがそう言ってくれて嬉しくもあり。

 同時に、胸の奥がキュン、とくすぐられたような感覚も覚えてしまった。


「では、早速決めていただきたいのですが」

「うお? 何をだ?」

「今夜も、よろしいですよね?」

「……え? う、うええぇぇぇ!?」


 さも当然のように、さらりと。

 短すぎる言葉に、ガストンは何のことやら一瞬理解出来ず。

 それから、理解出来てしまって悲鳴のような声を上げ。

 「お、おう……」と小声でいいながら、こくんと頷いたのだった。

※いよいよ書籍版が来週発売となります!

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 表紙も! 挿絵も! 後書きのイラストも! 全部めっちゃ可愛いので、是非見ていただきたいのです!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 盛大にイチャついているね~よきかなよきかな、互いを支えあってこそ夫婦だからもっとイチャつくなさい ガストンが決意すればイレーネを含む多くの人がついてきて助けてくれるから、自信もって!
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