新婚夫婦と国王陛下
ガストンとイレーネが二度目の結婚式を挙げてから、二日後。
「こうしてゆっくり話せるのは、それこそ一年ぶり近いのぉ」
好々爺の笑みを浮かべるシュタインフェルト国王と。
「私も半年ぶりか、それ以上かというところですからなぁ」
同じく人好きのする笑みを見せるトルナーダ辺境伯と。
「もうそんなになりますのね。月日が過ぎるのは早いものです」
和やかに笑うイレーネと。ついでにガストンが、トルナーダ子爵邸の応接室に集まっていた。
元々国王も辺境伯もイレーネからじっくり話を聞く機会を窺っていたのだが、何しろ多忙を極める国王と国防の要たる辺境伯だ、中々二人同時には集まれない。
この結婚式は、丁度良い口実でもあったのだ。もちろん、二人とも心から祝っているのも間違いはないのだが。
ともあれ、こうしてこの面々が集まった理由は一つ。
「それで、レーベンバルトについてなのじゃが」
「はい、わたくしでお話出来る内容であれば、なんなりとお聞きください」
国王が問えば、イレーネも待ってましたとばかりに頷き返す。
そう、国王達は、イレーネから彼女の生国であるレーベンバルト王国の情報を聞き出すために、こうして集まったのだ。
今でこそ新興子爵であるガストンの妻となったイレーネだが、元々はレーベンバルト王国の王女。となれば、当然様々な機密にも触れている。
レーベンバルト王国の併呑を考えている国王と辺境伯は、その機密を話してもらいレーベンバルト攻略に利用しようと考えているわけだ。
当然、そんな二人の笑顔は、どこか怖い。
「あ、あの、陛下、親父、こう、お手柔らかに、その……」
そんな二人の笑顔を前にして、矢面に立っているイレーネは落ち着いたものなのだが。
夫であるガストンは、何か尋常ならざるものを感じて、オロオロとしていた。
ガストンからすれば、普段の二人と随分雰囲気が違うものだから、気がかりにもなるだろう。
狼狽するガストンへと、辺境伯はこれ見よがしにため息を吐いた。
「ガストン、子爵にもなったのだ、もう少し落ち着きというものを覚えんか。イレーネを見ろ、わしら相手に笑ってみせているぞ? こんな肝の太い妻を迎えながら、お前という奴は」
「まてまてダントン。ここはガストンが妻をかばおうとしたことを褒めるべきではないか? 結婚直後はどうなることかと思っていたが、お互いを思いやるいい夫婦になっているではないか」
カラカラと国王が笑えば、ガストンとイレーネはお互いの顔を見合わせ、それから赤くなって俯いた。仲が良くなっている自覚はあるが、改めて言われると少々恥ずかしい。
ちなみに、ダントンとは辺境伯のファーストネームである。
名前で呼ばれ、友人と話すような口調で言われ、辺境伯はふぅと息を吐いて肩の力を抜く。
「確かに、以前の愚息であれば私達に意見をするなど考えられないことでしたな。であれば、一家の大黒柱として自覚が出てきたと喜ぶべきかも知れません」
素直な性格をしているガストンは、国王や辺境伯の言うことに逆らうことはなかった。
もちろんそれは、ここぞというところでは勘の鋭い彼のことを良く知る二人が、指示や命令の出し方を工夫していたから、でもあったのだが。
そんなガストンが妻であるイレーネを二人からかばおうとした姿は、成長したとも言える。
「だがな、ガストン。イレーネを信じるところは信じねばならんぞ? うちのと同じで、この子は守られているだけのお嬢さんじゃないからな」
「うっ、それは、わかってるんだけども……お袋と比べるのは、なぁ……」
辺境伯から言われ、ガストンは口籠もる。
ガストンの母、つまり辺境伯の妻である女性は、『女傑』とも呼ばれる元女騎士。
辺境伯が不在の際は代理として指揮を執ることすらあり、今日も夫に代わって先に領地へと戻り、領内のことを見ていたりするのだ。
なお、彼女は昨日イレーネと私的なお茶会でたっぷりと満足するまでおしゃべりしているため、不満を言うことなく戻っていったことは記しておく。
そんな女性であるため、イレーネもかなり好感を持っているようだ。
「あら、わたくしはお義母様と比べていただけるのは嬉しいですよ? まだまだですけれども」
「そ、そうなのか? お袋と、イレーネ……う、う~ん……?」
微笑みながらイレーネが言うも、ガストンは首を傾げてしまう。
幼い頃から母の武勇を目の当たりにしてきたガストンからすれば、自分の隣に座るイレーネは真逆の存在に見えて仕方が無い。母に聞かれれば、しばかれるかも知れないが。
しばし、じっとイレーネのことを見つめて。それから、ためらいがちに口を開く。
「し、芯の強さは似てる、かもなぁ……?」
「ふふ、そう言っていただけるのは嬉しいですね」
イレーネが、見た目通りに儚いだけの人間ではないことを、ガストンは良く知っている。
そして、イレーネもまた、これがガストンなりの褒め言葉であることも知っている。
普通の貴族令嬢、あるいは王女であれば喜ばない言葉であろうとも。
「やはり、丁度噛み合わせも良かったようじゃのぉ」
「おっしゃる通りで。我が愚息ながら、もう少し言葉を選べとも思いますが……イレーネがよいのであればよいのでしょう」
「なに、美辞麗句を軽々しく口にするガストンなど、想像も出来ん。むしろ不気味じゃぞ?」
「それもまた、否定出来ぬところではございますが。虚飾よりも実を取る女性が来てくれたことは、当方としても望ましいことですし」
楽しげに笑う国王へと向ける辺境伯の顔は、若干複雑だ。
トルナーダ辺境伯領の親戚として迎えるならば、やはり実を好む性格である方が望ましい。
その点において、イレーネはかなり望ましい女性と言えよう。
また、だからこそ義母となった辺境伯夫人からも好ましく思われているわけで。
戦略的にも親戚付き合い的にも良好なのは間違いないのだが、だからこそガストンにはもう一皮剥けて欲しいと贅沢なことも思ってしまうのだ。
「ま、夫婦となって、そこからが肝要じゃろ。そのことはお主もよくわかっておろうに」
「それは、そうなのですが……」
「ほれ、お主も若い頃は奥方の尻に敷かれておったではないか。そこから奮起して……」
「陛下、それは今この場で言うことではないように思いますが」
話の矛先がズレたことに気がついて、辺境伯は待ったをかける。
だが、少し遅かった。
「陛下、親父、もとい、父もそうだったんですか?」
「おう、そうだとも。なんじゃ、やっぱりお主もイレーネ殿の尻に敷かれておるのか?」
「あっ、そ、それはその、そう、なんですけども……いえ、それは置いといてですね」
からかうように国王が言えば、途端にガストンの顔は真っ赤に染まった。
見れば、ほんのりイレーネの耳も赤くなっている。
何しろガストンは文字通りイレーネの尻に敷かれている。夜に、物理的に。
もちろん国王が言っているのはそういうことではないし、ガストンもわかっている。
だが、一昨日の夜、二度目の結婚式が終わった直後とあって盛り上がってしまった記憶はまだ鮮明で、すぐに思い出せてしまったのだから仕方がない。
そんなガストンの顔を、イレーネの様子を見て、国王も何か察したらしい。
「ま、お主の父上に比べれば、どうかのぉ。何しろこやつときたら……」
「ですから陛下、そのことは本題とずれておりますから」
察したから、国王は話を微妙に戻した。
若い二人を揶揄いたい気持ちもなくはないが、変にいじって拗らせてもよろしくない。
それよりは、どこまでいじっても大丈夫か熟知している辺境伯をいじった方がましだろうと判断し、辺境伯もそれに乗った。
辺境伯としても、息子とその妻の私生活にあまり踏み込むのはためらいがあったのもある。
「う~む、もう少し暴露したかったのじゃが……まあよい、それはまた今度ということで。イレーネ殿、前置きが長くなってしもうたが、色々聞かせてもらおうか」
「は、はい、かしこまりました。では何からお話いたしましょう」
ガストンと同じかそれ以上に動揺していたイレーネだったが、国王から話を振られてすぐに気持ちを立て直した。お堅い話ならばいくらでも対応のしようがあるからだ。
この辺りも普通の令嬢と違うところではあるのだが、そこがまた国王からすると好ましい。
「それでは、最初に聞きたいのじゃが……」
目を細めながら、国王が問う。
こうして、隣国の機密情報を扱うには随分と和やかな雰囲気で聞き取りは始まった。
※長らくお待たせいたしました、連載を再開いたします!
というのも、書籍化作業が大体終わりまして……。
書籍版、12月7日に発売予定でございます!
イラストを担当されるのは、坂本あきら先生!
美麗なカバーからコミカルな挿絵まで、オールラウンドに素晴らしい画力を発揮してくださっています!
っていうか、後書きイラストとかめっちゃ可愛いので、是非ご覧頂きたく!
詳細は活動報告にて随時ご報告させていただきますね!