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英雄は、やりきった、はず

 色々と問題だらけだった結婚式が終われば、そのまま披露宴的パーティが行われる。

 大教会で結婚式を挙げた貴族は、そのまま教会内にあるホールで参列客をもてなす宴を開くのがこの国では慣例となっており、ガストンもそれに倣った形だ。

 もちろん、他国人であるイレーネへと事前に説明は済ませてある。……ファビアンが言ってくれなければ気がつかないところだったが。

 だから会場へと入るため合流した際にも機嫌を損ねた様子はなく、ここまで色々やらかした自覚のあるガストンは少しばかりほっとした。

 

 入場の時間となり、ガストンはエスコートするためにイレーネへと手を差し出す。

 武器を握ることしか知らない、大きく無骨な手。

 そこに乗せられたイレーネの手は、白く細く……華奢で、頼りげがなく。

 その指先が冷たく感じるのは、彼女の緊張ゆえか、それとも他の何かなのか。

 触れれば折れてしまいそうで、ガストンは握ることも出来ず包み込むように指を丸めるしかできない。


 会場へと入れば、拍手と歓声で迎えられた。

 だがそれは、心地の良いものばかりでもない。

 何か嫌な視線がいくつかイレーネに向かっているように感じるが、来ている客は彼よりも爵位が上の者も多いのだ、まさか見るなと怒鳴るわけにもいかず、手順通りに指定された席へと向かおうとガストンは気持ちを切り替える。

 

 ……ふと、イレーネの指先の温度が、また下がった気がした。

 ガストンは少しだけ、ほんの少しだけ指をもう少しだけ曲げ、触れるか触れないかのところまで丸め。

 だが、それ以上は曲げられないまま、イレーネをエスコートしていく。


 随分と歩幅が違うなと思いながら、イレーネの歩きやすいように。

 ちょこまかとした歩き方になってしまっているが、自分が恥をかく分にはいいだろうとガストンは気にしない。

 もっとも、傍から見ればゆっくりと紳士的な歩みでイレーネを気遣っているように見えて、あんな振る舞いも出来たのかとむしろ株を上げているくらいなのだが……残念なことにガストンからは見えないのでわからない。

 

 程なくしてホールの一番端、少し上がった壇上の席に到着したガストンとイレーネは、タイミングを合わせて二人で頭を下げる。

 もう一度湧き上がる歓声に小さく手を振ってから、介添人の補助を受けながらイレーネが席に座ったのを見てからガストンも席に着く。

 司会役を買って出た上司の伯爵が進行を始め、開宴の挨拶となり。


「うむ、皆の者本日は大儀である」


 出てきたのはシュタインフェルト王その人だった。

 これもまた演出にして策略、この結婚は国王の肝いりであることを明確に示したわけである。

 まさか国王の面子を潰してまで新郎新婦を貶めるような、悪い意味で度胸のある人間はいまい。

 そんなことをすれば、明日の朝日が拝めないのは明白。誰だって命は惜しいものだ。

 ……お茶会でイレーネ相手に仕掛けてしまった令嬢や夫人は、顔面蒼白になっていたりはするが、仕方の無いことだろう。


「それではこの前途ある若い二人とシュタインフェルト、レーベンバルト両国の友好を願って、乾杯!」


 出来る国王は挨拶が短い。

 手短かつ的確に婚姻の敬意や二人の人柄に触れた国王は乾杯の音頭を取って、人々がワインを口にしたところで速やかに下がる。

 

 そして入れ替わるように今度はガストンとイレーネが立ち上がり、ホールの真ん中へと進み出た。

 今日の主役二人のファーストダンス、まずは向き合い、ガストンが手を差し出して。

 応えるようにイレーネが手を添えれば、そのまま互いに歩み寄り、ダンスの態勢、ホールドを組む。

 あまりの身長差でどうにもアンバランスだが、びしっと背筋を伸ばしたガストンという壁にそっと寄り添う儚げな妖精という風情で、ダンスのペアというよりは一幅の絵画のよう。


 ざわざわがやがやと外野が好き勝手に言っているのをよそに、イレーネが小声でガストンに語りかける。


「あの、ガストン様。……わたくし達、まったくダンスの練習をしていないのですが、どうします?」


 そう、勉強だなんだで忙しかったせいで、二人揃ってのダンス練習はまったく出来ていなかった。

 イレーネ自身は王女としてそれなりに嗜んでいるが、果たしてガストンは。

 伺うような視線を向ければ、そこにはいまだ戦場モードできりっとした顔のガストンがいた。


「あなたの好きなように動いてくれ、合わせる」

「は、はぁ……しかし、普通はそちらがリード役では」

「ああ、じゃあ、最初の3ステップは俺がリードするから」


 出会ってからというもの、頼りないというか情けないところを幾度も見せていたガストンが、全く動じた様子がない。

 面食らって困惑するイレーネだが、そんな内心を押し隠し。

 ガストンが動き出したのに合わせて、ステップを踏む。

 

 一つ目、二つ目。聞いたことのある音楽、踏んだことのあるステップ。これなら、問題無く動けるはず。

 三つ目のステップの後は、好きなようにとのお言葉に甘えて身体が覚えているのに任せて動く。


 元々さほど運動が得意というわけでもなく、派手も好まないのでオーソドックスなステップばかりを習っていたのだが。

 そんなイレーネのステップに、ガストンがとんでもない反応速度で追随。

 身体能力にものを言わせて先んじ、結果として彼がリードしているように周囲からは見えていた。

 驚きのあまりイレーネがステップを間違えガストンの足を踏みそうになってもスルリと回避、それが元々のステップだったかのようにアドリブを効かせる。

 人類の最高峰にあると言って良いガストンの身体能力、動作学習能力がこんなところで役に立つとは、きっと誰も思わなかったことだろう。

 

 もちろんイレーネもそんなことは思いもしていなかったから、若干混乱していた。

 自分が先に動いているはずなのに、リードされている。

 勝手をしているはずなのに、思考が誘導されているかのような錯覚。

 何かがおかしい。

 

 そう、おかしい。

 思わず。

 本当に、思わず。

 くすり、小さく笑ってしまう。

 

 ほんの僅かに見せたその笑顔は、雪の下から現れたスノードロップのように可憐で。

 会場中の誰もが見蕩れ、釘付けになってしまった。


 ……ただ一人、一番近くにいたガストンだけが、あまりの体格差のせいで見ることが出来なかったのだが。

 きっとあまりの妬ましさに、会場中の誰も彼に教えることはないだろう。


 二人がダンスを終えれば、わっと湧き上がる拍手と歓声。

 先程よりも嫌な雰囲気が減っているようで、ガストンは達成感のようなものを覚えていた。


 この戦、勝った。


 この空気であれば、きっとイレーネも平穏に暮らしていけることだろう。

 そのことが嬉しくて、ガストンはニカッとした笑みを見せた。




 こうしてなんだかんだあった結婚式は何とか終わりを迎え日もすっかり落ちた頃、ガストンとイレーネは新居へと向かう馬車の中にいた。

 馬車の中は四人、ガストンとファビアン、イレーネと侍女のマリーが向かい合う形。

 会話はほとんどなかったが、空気はそこまで悪くない。

 少なくとも、あの結婚式が始まる前に失言をかました時にくらべれば、ずっと。

 

 参列客に対してはこれといった失態を見せることはなかったし、国王や周囲のおかげもあって場の空気も壊れなかった。

 成功といっていい結果に、四人それぞれにやり遂げたという実感を覚えているらしい。

 言葉はなくとも居心地は悪くない。

 そのことが、今のガストンにはとてもありがたかった。


 やがて馬車は、一軒の屋敷へと辿り着き、門を潜って馬車止まりまで入っていく。

 ここはトルナーダ辺境伯が所有するタウンハウスの一つだったのを改修し、ガストン達の新居として与えられたもの。

 だから、使用人達もガストンの顔なじみがほとんどだ。


「坊ちゃま、お帰りなさいませ。お久しぶりでございます。

 ……まあまあ、あの坊ちゃまがこんなに綺麗な奥様をお迎えになるだなんて……」

 

 迎えに出てきた使用人達の一人、白髪の交じり始めたメイドがほろりと涙ぐむ。

 

「おいおいマーサ、坊ちゃまはやめてくれよ、もうこんな歳だぞ?」

「私にとっては、いつまでも坊ちゃまは坊ちゃまでございます。

 それより坊ちゃま、奥様をご紹介くださいませ」

「あ、ああ、それもそうだな」


 マーサと呼ばれたメイドに促され、ガストンはイレーネを前へと出す。


「こちらが、え~……レーベンバルト王国からいらしたイレーネ姫だ」

「初めまして、イレーネです。これからよろしく」


 紹介されたイレーネが挨拶とともに微笑めば、ほぉ……と使用人達が溜息を零した。

 皆が皆感極まったかのような顔になっており、ガストンからすれば何事かと思うほど。

 その中で一番先に立ち直ったマーサがきりりと表情を引き締める。


「お目に掛かれまして光栄にございます、イレーネ様。

 私はこの邸宅のメイド長を務めます、マーサと申します。

 何かございましたら、私どもにご遠慮なくお申し付けくださいませ」

 

 そう言ってマーサが頭を下げれば、使用人達が一斉に揃って頭を下げた。

 一糸乱れぬ動きはよく訓練されたもの。……さながら軍隊のように。


「もしやあなた達の中には、トルナーダ辺境伯軍出身者の方がいますか?」


 イレーネの問いかけに、驚いた顔を見せる使用人達。

 表情を動かさなかったのは、マーサくらいのものだろう。


「ご慧眼にございます。私どもの中には、怪我などで軍に居られなくなった者がおりまして。

 怪我、と言いましても日常生活に支障はなく、あくまでも軍人として活動出来なくなっただけでございますので、どうぞお気遣いなさいませんよう」


 マーサの答えに、イレーネはなるほど、と頷き返す。

 負傷による退役者のセカンドライフは、レーベンバルト王国でも問題になっている。

 だがこの形ならば、規律を叩き込まれた使用人を、忠誠心高く雇用することが可能になるわけだ。

 どうやらシュタインフェルト王だけでなく、トルナーダ辺境伯も中々にやり手らしい。


「ささ、立ち話もなんです、お二人ともどうぞ中へ。

 お疲れでしょうから、まずは甘い軽食などを。

 その後は湯浴みにて疲れを落としていただくよう準備をしておりますので」

「今日はなんだか至れり尽くせりだなぁ、マーサ」


 話を聞いていたガストンが、感心したように言えば、マーサは呆れたような顔を返してきた。


「当たり前でしょう。今日はお二人の大舞台だったのです、夜に疲れが残らないようにしませんと」

「うん? なんで、夜?」


 後はもう寝るだけではないのか、と顔に書いてあったガストンの耳を、マーサが腕を目一杯伸ばして摘まみ、引っ張る。

 『痛てて』と言いながらガストンが身を屈めれば、マーサが抑えた声で耳打ちをしてくる。


「……坊ちゃま。結婚式最初の夜ですよ? 何をするかはご存じですよね?」

「……あ。」


 今の今になって思い出したガストンは、恐る恐る視線を後ろへ……淑女らしい澄まし顔のイレーネへと向けられた。

 視線に気付いたか、イレーネが小首を傾げ、少しばかりきょとんとした顔になる。

 勢いよくガストンは視線を剥がすように外し。


「ま、また今度、とかは……?」

「だめです。逃げは許されません」

「うえええ……」


 情けない声を漏らすガストンの様子が余程不思議だったのか、イレーネは首がもう少しだけ傾げられた。

※本日、夕方から夜ごろにもう一話更新予定でございます。お読みいただければ幸いです。


※ここまでお読み頂き、ありがとうございます。

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