冬、備えの季節。
こうして、無事に司祭を確保出来たファビアンはそのことをガストン達へ報告。
手続きだなんだを済ませてその司祭の男がやってきたのは、冬の始まりのことだった。
「は、はじめまして、拙者、アーロンと申します!」
領主の館の応接室で、緊張でガチガチになりながら頭を下げる、ムキムキの男。
別に剃る必要もないのに頭髪を全て綺麗に剃り落としているのは、彼なりの現世に対するケジメなのだろうか。
騎士上がりとは聞いているが、どうにも元々の性格からして生真面目な男らしい。
もっとも、ガストンから見ればそんな男は好ましく映ったようで。
「おう、俺はここの領主のガストンだ! 一人で赴任してきてもらって申し訳ないが、出来る限りの手伝いはするからな!」
と、明るく朗らかに、心からの歓迎を示したのだが。
「め、滅相もございません! 拙者ごときにそんなそんな!
むしろ拙者の方こそこの街のために粉骨砕身滅私奉公させていただきますので!」
と、恐縮しきりというかなんというか。
明らかに普通でない様子に、色々と話を聞けば……どうやらこのアーロン、騎士時代からガストンやトルナーダ家に対して尊敬と憧れの念を抱いていたらしい。
この辺りは、一応紹介者であるファビアンから聞いてはいたのだが……どうにも予想外というか予想以上というか。
ここまでガチガチになるほど憧れられるのがわからないガストンとしては、首を傾げるしかない。
「いや、そこまでやる必要はないっていうか……むしろそれで身体を壊される方がこっちとしては困るしなぁ」
「そうですね、今のところアーロンさん一人が赴任の予定、換えが効かない人材なのですから」
頭を掻きながらガストンが言えば、隣に座るイレーネも小さく頷いて同意する。
トルナーダ辺境伯のツテも使えるため、探そうと思えばもう一人や二人は捜せなくもない。
だが、この小さな街に司祭二人、三人というのは流石にオーバースペックというもの。
アーロンが病気にでもなった時に辺境伯領から応援をもらう、程度の準備でいいだろう。
ただし、それもこれも、アーロンが心身の健康に気をつけているならば、という条件がつくわけだが。
少なくともイレーネはそういう計算を入れての発言だったのだが、アーロンはそう取らなかったらしい。
「な、なんとお優しいお言葉! そんなお言葉をいただけるなど、このアーロン、歓喜の極み!!」
「まってくれ、これくらいで歓喜の極みとか、流石にどうかと思うんだ」
流石にこれは、ガストンであっても突っ込みを入れざるを得ない。
心身、特に心のストレスに敏感なガストンとしては、この気遣いは当たり前のこと。
だというのに、アーロンのこの過敏とも言える反応は、なんなのか。
「……もしかして、所属されていた騎士団はかなり統制が厳しかったのですか?」
ふと思い至ったイレーネが問うのだが、アーロンは首を横に振った。
「いえ、そんなことはございません。至って普通の扱いだったと思うのですが……」
そう前置きしてアーロンが語った、かつて彼が所属していた騎士団での待遇は、明らかにおかしかった。
前線に出ることが多いガストンですらそう思ったのだ、イレーネなど表情を取り繕う余裕すら失われて、顔をしかめてしまうのも仕方がない。
ちらりとイレーネが視線でファビアンに問えば、彼もまた、小さく首を横に振った。
つまり、そういうことなのだろう。
「わかった、ともかくここでは、以前とは違う扱いになる。
割と自由にやってくれて構わないから、細かいことは俺かイレーネに聞いてくれ」
領主であるガストンがそう言えば、領主夫人であるイレーネが小さく頭を下げた。
この街においては領主であるガストンが誰よりも権限を持っており、その妻であるイレーネがそのおおよそに関して代理として対応することが可能である。
だから、この二人の認可さえあればこの街では大体認められる行動となるわけだ。
例えば辻説法だとか、傷病者の治療だとか。
これらの行動は許可など要らないように思うが、その昔傷病者の治療をすると言っていた司祭が実は人体実験をしていた、という事例があったため、認可制となってしまっている。
ちなみにその司祭は、両手の指を全て切り落とされるという刑罰を与えられた後に行方不明となっているが……そんな状態で生きながらえたはずはないだろう。
ともあれ、そんな経緯があるため、治療行為という善意からの活動すら領主の認可が必要なわけである。
……もっとも、ガストンであれば、悪意が裏にない限りは大体の活動に認可を出すだろうが。
「かしこまりました。……本当に、拙者ごときにこのような望外の厚遇、心よりの感謝と忠誠を!」
「ま、まってくれ、そこまで大げさに言われることじゃないと思うんだがな!?
それに、忠誠ってのもなぁ……一応ほら、司祭ってのは領主の支配下にはないもんだろ?」
涙を流しそうになっているアーロンへと、ガストンがフォローのつもりなのか、そんな基本原則を引き合いに出した。
これは事実であり、教会組織に属する司祭は法規上領主の命令など受け入れる必要がない立場にある。
だからこそ言える言葉もあり、教会の司祭としてはそれが必要な場面も多々ある。
とはいえ司祭とて人間、街の人間から総スカンを食らえば生き延びる術などなく、結果としてある程度折り合いを付けて過ごすことにはなるのだが。
「何をおっしゃいますか! こうして戦争の英雄であるガストン様のお膝元にまかり越せたのも神の采配、この縁に感謝せず、何としましょう!
不肖このアーロン、ガストン様のために全てを投げ打つ覚悟でございます!」
「そこまでの覚悟は重すぎるんだけどなぁ……」
心底困ったと言わんばかりの顔でガストンが言うも、どうやら今のアーロンには届かないらしい。
これはもう打つ手無しだ、とイレーネへと顔を向け。
「こんな感じだけども……彼でいいか?」
「色々と言いたいことはございますけれども……真摯さという部分では疑いもございませんし、よろしいのではないかと」
後はわたくし達のさじ加減です、とは流石に伏せて、イレーネは頷いて返した。
こうして司祭アーロンの就任が決まれば、後は建物を作るばかり。
折良く農閑期に入った子爵領は、それまでの活動によってすっかり心を掴まれた地域住民達が、こぞって人足として駆けつけた。
言うまでもなく、一番人気は教会建設。
これはあっという間に枠が埋まり、多くの人足達は仕方なしに街道整備へと回ることになったのだが。
「むしろ街道を整備することこそ重要なのです。
流石に今回の教会建設資材には間に合いませんが……皆さんが整えた街道によって、子爵様と奥方様のために様々な物品が運ばれることになります。
すなわち、皆様の手によりお二人の幸せが招かれることになるのです!」
「おお~~!」
というアーロンの怪しい説法により、多くの住民が街道整備にも意気込んで参加することになった。
そんな報告を受けたガストンとイレーネは何とも言えない顔をしたのだが……しかし、住民達が積極的に動こうとしてくれるのを止める筋合いはない。
例えそれが、若干度の過ぎた自分達への忠誠心によるものだとしても。
……流石に、行き過ぎとなったら止めないとなぁ、などとガストンでさえも思いつつ。
ある意味で選ばれた人足達による教会建設は、辺境伯領の工兵達すら驚く程のスピードで進行した。
「正直、教会の建設が終わったら、うちに就職して欲しいくらいなんですがねぇ……あれで普段は農民だってんでしょ?
そりゃ畑仕事で身体は出来てるでしょうけども、それだけじゃあの作業精度と速度は説明がつかないですよ、ほんと」
などと、ガストンと顔見知りであるベテラン工兵などは零していたものだが。
実際、人手が十分に足りている農家の三男などは工兵として転職したりしたのだから、世の中わからない。
また、転職しなかったにしても、素人に毛が生えた程度の人足でしかなかった彼らが辺境伯領の工兵達から指導を受けることによって、技術力も一気に向上した。
「これは、わたくしも予想していませんでした……やはり世の中、わかった気になってはいけませんね」
などとイレーネは己を戒めていたが……そもそも彼女の発案で工兵を招いた故の成果であることは間違いない。
更に、技術を身に付けた人足達がそれぞれの村に帰ることで、彼らの身に付けた技術が村にも伝わり、村でのちょっとした工事にも応用されることになった。
結果として、この工事を通じて子爵領全体の技術レベルが底上げされたわけである。
これにはガストンはもちろん、イレーネもびっくりである。
もっとも、そんな効果がわかったのはさらに後のこと。
寒さ厳しい冬を、各種工事の出稼ぎによる好況で乗り切った子爵領は春を迎え。
それに合わせたかのように、教会は完成した。




