教会建立計画
そんなこんながあって、イレーネが身だしなみを整えた後、食堂へとやってくれば、既にガストンはテーブルについていた。
「お、おう、おはよう、でいいのかな」
「確かに、おはようと言うには随分と遅くなってしまいましたものね」
食堂に入ってきたイレーネへとガストンが声をかければ、イレーネも微笑みながら返す。
その声の調子、二人の声。
やはり二人は昨夜距離を縮めたのだと、使用人一同はほっこりとした面持ちで二人を見ていた。
イレーネがやってきてまだ大して日は経っていないが、彼女の振る舞いはすっかり使用人達の心を掴んでいる。
そのイレーネが、ついにガストンと真の夫婦になれたらしいとなれば、彼らとしても当然喜ばしい、むしろ祝ってもいい程。
だから、ガストンが食事をしながらファビアン達に話を始めれば、全員が身を乗り出さんばかりとなった。
「つまり、奥様との結婚式をやりなおすために教会を建てたいってことですね?」
「お、おう、その通り、だけど……どうだろうか?」
「どうもこうもないですよ! そんなの賛成に決まってるじゃないですか!」
ファビアンが言えば、使用人達一同も揃ってうんうんと頷いている。
何しろ彼らは、以前の結婚式で如何に二人がよそよそしかったかをファビアン経由で聞いていた。
王命だから仕方がないところはあるが、こうして二人の距離が近づいた今であれば一種の汚点と言ってもいい。
となれば、それを拭って差し上げるのが家臣の本懐というものだろう。
「って言っても、まずうちみたいな田舎に来てくれる司祭を探さないといけないんだけどなぁ」
「建材だなんだは手配のしようもありますが、司祭のように特殊な人材は中々難しいところですね……」
乗り気な使用人達を前に、しかしガストンは若干トーンダウン。
イレーネもまた、いつものように冷静な口調で後に続く。
基本的に司祭は神に仕える教会に所属しており、国王の人事権が及ばない。
そのため、ガストンから辺境伯、国王へと希望を上げたとしても、必ずしも希望通り司祭が派遣されるとは限らないわけだ。
これで司祭の側から希望があれば話は別なのだが、残念なことに司祭も人間、大都市に派遣されることを望む者の方が多い。
だから、ようやっと再開発に着手したばかりの地方都市に来てくれる司祭など滅多にいないのだが。
「あ、それなら多分大丈夫っすよ。知り合いに丁度良さそうなのがいるんで」
と、ファビアンが手を挙げた。
あまりにあっけらかんと言われたためか、ガストンでも思わず疑わしげな顔を向けてしまったのだが……ファビアンは自信満々である。
「知り合いにって、お前司祭とかと知り合う機会あったか?」
「まあ普通はないんでしょうけど、騎士やってた知り合いがいつの間にか出家してまして。
今度司祭に昇格できそうだ、みたいな噂をこないだ王都に居た時に聞いたんですよ」
「へぇ、騎士が出家するのはたまに聞くけど、そりゃまた何ともタイミングのいいことだなぁ」
ファビアンの説明に、ガストンは少しばかり驚きながら相づちを打つように頷いて見せた。
というのも、この辺りでは騎士から出家する人間というのが、それなりに居る。
国同士の小競り合いも多く、何ならそれなりな規模の戦争だってそこそこの頻度で起こっているため、斬った張ったに心身が疲れて俗世から離れたくなってしまっても仕方がない。
また、そういう騎士上がりの人間はある程度以上の教養があることが多いため、出家した後の地位が比較的上がりやすい傾向にある。
だから、ファビアンの知り合いが若くして司祭にまで昇格してきたらしいというのも、ない話ではない。
また、騎士上がりの司祭ならではのメリットもある。
「戦の経験もあるんなら、こう言っちゃなんだけど、整ってない環境でも大丈夫そうだよなぁ」
「むしろ人が多くて煩わしいことも多い都会より、こういった田舎街の方が心穏やかに過ごせるかも知れませんしね」
ガストンが思いついたように言えば、イレーネもそれに追従した。
実際、戦いに疲れた騎士上がりの司祭は、人の少ない街を希望することはそれなりにある。
煩わしい人間関係から離れ、静かな環境で、というのはわかる話だ。
まあ、中には『それでも戦から離れられない』と、開拓兵団などに随行するケースもあったりするようだが。
いずれにせよ、一般的な司祭に比べればよろしくない環境にも耐性があることがほとんどなのは間違いない。
「んじゃ、今度王都に行く用事がありますんで、そん時に声かけてみましょうか」
「お? そういえば、休みの申請出してたもんな。
休みだってのに悪いが、頼めるか?」
「そりゃもう、俺から言い出したことっすからね、問題ないっすよ」
どうやら受け入れる方向で考えているらしいと見たファビアンが問えば、ガストンも頷いて返した。
少なくとも、ガストンにとってその司祭を受け入れることにデメリットは感じない。
問題があるとすれば。
「ファビアンさんの推挙ですから、人柄などに問題はないのでしょうけれど……あちらのご都合などはどうなのでしょう?」
ある意味当然の問いに、ファビアンは頭をかく。
「あ~……それは聞いてみないとなんともっすね……俺も、噂で聞いただけなんで。
ただまあ、大丈夫じゃないかな~とは思うんですよ」
「あら、それはどうしてです?」
イレーネが問えば、ファビアンはニンマリと笑って見せた。
「何しろそいつ、大将のファンですからね!」
「は? ファン?」
思わぬ言葉に、ガストンはオウム返しに聞き返す。
もちろんファンという言葉の意味は知っている。
だが、それが自分に向けられるなど考えたこともなかった。何しろ、戦に明け暮れるような日々だったのだから。
「そうなんっすよ。騎士だったころから大将の華々しい活躍を聞いて憧れてたらしくって」
「憧れる……そんなことがあるもんなのか?」
「あったり前じゃないですか! 強い男には憧れる、これはある意味男の本能っすよ!」
「そ、そうなのか?」
力説するファビアンへと、返すガストンの言葉は何とも訝しげだ。
何しろガストン自身がいわば武力の権化、一人前になった頃には彼より強い人間など周囲には居なかった。
残念なことに、彼の兄や父親でさえも憧れるには足りなかったのである。
そうなれば、強さへの憧れというものに実感がなくても仕方ない、のかも知れない。
また、ガストンは社交界にほとんど顔を出してこなかったため、自身の武功が他人からどう評価されていたかに疎い、というのもあるのだろう。
「であれば、その方をお呼びすることを第一にいたしましょう。
念のため、第二、第三候補くらいは探しておきたいところですが」
「ああ、そんなら辺境伯領の司祭に聞いてみようか。わざわざ来なくて済むようになるのは、向こうにとってもありがたいだろうし」
この街には教会もないし司祭もいないが、人はいるので婚姻や葬儀の必要性は生じる。
そんな時にどうするかと言えば、辺境伯領からわざわざ来てもらっていたのだという。
何しろこの国で一番葬儀が多いのが辺境伯領だ、司祭も複数人が常駐している。
それも従軍司祭の意味合いが強いため、それこそ騎士上がりの司祭ばかりであり、馬にも乗り慣れているため、そんな無理な運用も出来ていたわけだ。
また、街の規模的にもそれで何とか回っていた。
だが、今後発展させていけば、それでは間に合わないようになるはず。
それもあって、イレーネはガストンの思いつきに賛同したところもあったりする。
「では、ひとまずその方向でいきましょう。それから、建材の手配などは……そうですね、先日立ち寄った商人が王都に戻っているはずですから、すみませんがファビアンさんに手紙を届けてもらって……」
「もちろんいいっすよ、ついでですしね!」
イレーネが少々申し訳なさそうに言えば、ファビアンはあっさりと快諾した。
その他計画の細部をある程度詰め、指示を出し……こうして、教会建立計画は動き出したのだった。




