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後朝の身だしなみ

 なんやかんやあって、二人が起き出してきたのは昼過ぎ。

 普段よりも随分と遅い起床だったというのに、イレーネの身だしなみを整えるマリーは随分とご機嫌だった。


「さ、今日はまずしっかり身体を綺麗にしないといけませんわね!」

「え、ええ、お願いするわね。……あの、マリー? 随分と嬉しそうだけれど……もしかしなくても、聞こえていたわよね?」

「何のことかわかりませんね! ささ、お湯を沸かしてもらってますからね、まずは湯浴みをいたしましょう!」


 イレーネの問いにマリーはとぼけて見せるが、昼過ぎだというのに湯浴みの準備をしている辺り、何が起こったのかはよくわかっているようだ。

 だからといって問い詰めても、イレーネが恥ずかしいだけである。

 寝直して、ほとんど魔獣の肉の媚薬効果が抜けている今のイレーネには、流石に耐えきれない。

 重点的に洗う場所からしても、察しているのは明らかなのだから、何も言わない方が良いのだろう。


「……あら、イレーネ様、お肌が随分と綺麗ですね?」

「そ、そう? わたくしはよくわからないのだけれど」


 マリーの問いに、イレーネは首を傾げて答えるも……言われて見れば、肌の調子がいい気がする。

 それもそのはず、魔獣の肉を食したことで必須アミノ酸をたっぷりと摂取した上に、婚姻して以来の懸案事項が解決してストレスも解消、色々な意味で発散して充実した夜を過ごしたのだから、お肌もツヤツヤプルプルである。

 なお、コラーゲンの経口摂取は科学的には意味がないと言われるが……魔獣の肉には確かに効果があったらしい。

 

 だから、イレーネの肌はマリーが今まで見てきた中で最高の調子なのだが。

 どうやら、マリーが言いたかったのはそうではなかったらしい。


「いやいや、イレーネ様がおわかりにならないはずがないでしょう?

 その、殿方から触れられれば色々と痕が残ると言いますし、それを隠すお化粧が必要と聞いていたのですが……綺麗なものだなぁ、と。

 でも、その、ちゃんとすべきことはなさったご様子ですし、どういうことなのかな、と」


 と、長々不思議に思ったことを述べたマリーだったが。

 不意に、何かに気がついたのか、表情が変わった。


「ま、まさか、ガストン様ったらろくに愛撫することもなく事を致したとかですか!?」

「まってマリー、そういうことはあまり大きな声で言うべきではないと思うの!」


 慌ててイレーネが止めるも、マリーの気は収まらない。

 ちなみに子爵夫人であるイレーネ専用の浴室はこの屋敷の中でも特に防音されている場所であるため、そうそう周囲に聞こえることはないのだが……音が反響する分、中に居る人間としては不安になってしまうのも仕方がないところだろう。


 だからイレーネは、動揺したままマリーを何とか宥めようとする。


「あのね、落ち着いて頂戴。大丈夫、ガストン様から無体な真似はされてないわ」

「そ、そうなのですか? でしたら、よろしいのですが……」


 そう言われれば、マリーも落ち着き掛けたのだが。


「むしろ無体を働いたのはわたくしの方だし」

「どういうことですか!?」


 ぽろりとイレーネが本当のことを言ってしまえば、今度はマリーが慌てる番である。

 元々の性格、何よりも二人の体格差を考えれば、イレーネが無体を働くことなど出来るはずもない。

 ないのだが、どうやら表情を見るに本当らしい。

 そうとわかれば、マリーが混乱してしまうのも致し方ないところ。

 問い詰められ、観念したイレーネが説明すれば……マリーはしばし絶句し。


「ひ、姫様のけだものぉ……」

「ええそうよ、あの時のわたくしはそう言われても仕方ない状態でしたっ!」


 頬を染めたマリーが言えば、顔を真っ赤にしたイレーネが拗ねたように顔を背ける。

 閨教育では『全て殿方にお任せになってください』などと教えられる時代である、女性の方からなどマリーには想像もつかない。

 あるいは熟練者ならば、と思うが……目の前に居るイレーネは、言うまでもなく、昨夜が初めて。

 だというのに、話を聞いてしまったせいか、貫禄すら感じてしまう。


「うう、姫様が大人になってしまわれました……むしろなりすぎました……」

「マリー、どう返せばいいかわからなくなることを言うのはやめてもらえるかしら……?

 そもそもあなただって、わたくしとガストン様が上手くいくことを願っていたでしょう?」

「願っておりましたけれども! 望んでおりましたけれども!

 こういう形はちょっと予想外すぎて、どんな顔したらいいのかわからないのです!」

「奇遇ね、今ちょうどわたくしも、どんな顔したらいいかわからなくなっているわ……」


 涙ながらにマリーが力説すれば、ため息を吐きながらイレーネは首を横に振った。

 確かに昨夜はイレーネが主導権を握った上に大分好き勝手やった自覚はあるが、言われるほどだろうか。

 ……言われるほどだったような気がしてきて、イレーネの頬が赤らむ。

 やりすぎと言えばやりすぎだったのだろう。色々な意味で。


 だが、とイレーネは気を取り直す。


「確かにマリーが困惑するのもわかるけれど、こうしてあなたの手間も減るし、わたくしがちょっとあれこれした程度でガストン様のお体がどうなるわけでなし、一番理に適った形ではなくて?

 確かに常識外れではあるでしょうけれど」

「それは……確かに、そうなんですけれど……こう、清純な姫様が、恥じらいながらも……というのが風情があるような気がして……」

「あなたの風情のために致すわけではないのだから、そこは勘弁して欲しいわね」


 まだ割り切れないらしいマリーに、ため息を吐いて見せる。

 こうして普段通りの心持ちになってみれば、確かにイレーネとしてもあれはどうかと思わなくもない。

 だが同時に、あのやり方が一番合理的であるとも思う。

 少なくともガストンがイレーネに怪我をさせてしまわないか心配する必要はないし、イレーネの身体に不必要なダメージを与えることもない。

 こうして言い合いをしながらも普段と同じように湯浴みが出来ているのが何よりの証拠。

 であれば、マリーの気持ちは一旦置いておく方がいいだろう。


「まあ、ガストン様のお気持ちがどうか、はあるけれど……多分あの方も、割り切れないところはあれど、受け入れざるを得ないのではないかしら」

「それは確かに……ガストン様、お優しいですものねぇ」


 この国に来たばかりの頃であればとても口にしなかったであろうことを、当たり前のように言うマリー。

 その事に気付いたイレーネは、少しばかり唇に笑みを乗せる。

 そう、ガストンは、優しい。

 その優しさにつけ込んでいる気がしなくもないが、現時点では他に方法がないから仕方がない。


「でしょう? だったら、わたくしを傷つけかねない行為はなさりたくないでしょうし。

 後は、回数をこなしていけば、ガストン様も加減を覚えるのではないかしら」

「……何故でしょう、一回経験をしただけのはずなのに、イレーネ様から妙な説得力を感じるのは……」


 それはもちろん、一回で終わらなかったから。

 などとは、口が裂けても言えない。

 ただでさえはしたないと思われているところにそれを言えば、マリーの中のイレーネのイメージが完全に固定されてしまうことだろう。

 流石にそれは、今のイレーネとしては避けたいところである。


「さ、その話ばかりをしていてもしょうがないわ。いい加減、お腹に何か入れたいところではあるし」

「……なんだか誤魔化された気もしますが、確かに朝も召し上がられてないですし、ちゃんと食べていただかないとですね。

 食べる気も起きない、なんてことがなくて良かったですよ」


 話に聞くところによれば、初夜で疲れ果てて水くらいしか口に出来ないケースもあるのだとか。

 それに比べれば、イレーネは元気そのもので。

 良いのか悪いのかわからないでいるマリーの目の前で、くすりとイレーネが微笑む。


「ええ、わたくし、なんだかすっかり貪欲になってしまったみたい」


 その笑みは、捕食者のような危険な色気があって。

 マリーの心臓が、どきんと跳ね上がったりしたのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] すっかりいろんな意味で肉食系になってwww 恋愛は草食系の旦那様とお幸せに
[良い点] 夫婦の関係は人それぞれだしガストンも嫌がっては居ないしいいんじゃないかなw
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