祭りの夜の熱
※今回かなり際どいのではないかと思われる内容になっております。
R-18ではないと思うのですが、苦手な方は回避していただければと思います。
ガストンが人に肉をあげるという珍しい出来事もあり。
「もっと食ってもらわないとなぁ!」
と張り切って豚の解体ショーを披露し、以前のように内臓肉を叩き。
それを見た子供達ははしゃぎ、おばちゃん達は『領主様に負けてられないねぇ!』と肉を叩き。
周囲でそれを見ている者達は、酒を片手にやんややんやの大盛り上がり。
こうして、突発的に決まったガストン発案の肉祭りは、盛況の内に幕を閉じた。
その夜。
昼は山を歩き、夕方から夜にかけては肉祭りの準備に奔走したイレーネは疲れている、はずだった。
普段であればとっくに眠気が襲ってくる時刻だというのに、まるで昼間のように目が冴えてしまっている。
また、疲労困憊になっていてもおかしくないというのに、身体は活力で満ちていた。
「……どうしてしまったのかしら。まるで眠くならないわ……」
ベッドに寝転がりながら、まんじりともせずにイレーネはぼやく。
ちなみに、ガストンは軽く飲み直すらしく、先に寝てくれと言われているため、ベッドの中には一人である。
たまにあることではあるのだが、今日ばかりは一人のベッドが妙に広い。
ガストンの体積が、存在が感じられないことが妙に寂しい。
「身体がうずうずして、今にも走り出してしまいそう……お酒のせいかしら」
などと原因を考えるのだが、どうもしっくりこない。
そうこうしている内に、本当に軽くだけ飲み直してきたらしいガストンが寝室に入ってきた。
「お? なんだ、まだ起きてたのか?」
「ガストン様……はい、何だか寝付けなくて」
「はは、今日は楽しかったからなぁ、あれだ、祭りの後に気が昂ぶるタイプだったのかな!」
「そ、そんなことは……ない、とは申しませんけれども……」
珍しいことだとガストンがからかえば、照れたような声でイレーネが返す。
ただ、祭りの興奮がまだ抜けきっていないのかも知れない、とも思う。
交わす言葉の気安さが、あの時のそれに似ているように思えたから。
だから、きっとそうなのだと安堵したその時。
ガストンが、ベッドに上がって来た。
そして、いつものように隅っこへと移動していった、のだが。
その時に、ふと漂ったガストンの匂い。
途端に、何故だがイレーネの身体の芯がかっと熱くなった気がした。
ところで。
古来より、動物の肉は滋養強壮に良いと言われている。
豊富なタンパク質、穀物や野菜からは摂取しにくいビタミン類等々、様々な栄養が詰まっているのは確かである。
そして、魔獣であるスピアボアの肉が持つ滋味は、普通の獣など比べものにもならない。
つまり、精力を増強させるあまり媚薬のような興奮作用を持つことがあるのだ。
だから。
「ガストン様」
イレーネは、声をかけた。
「んお? どした?」
いきなりのことに、ガストンがやや間の抜けた声で返しながら、イレーネの方へと身体を捻るようにして振り返る。
と、イレーネはガストンの肩に手をかけ、体重を乗せ、ころんと仰向けに返した。
普段から身に付けていた護身術と、てこの原理のちょっとした応用である。
「へ?」
だが、まさかいきなりそんなことをされるとは思っても居なかったガストンは、ぽかんとした顔のまま反応が出来ない。
その機を逃さず、イレーネは素早くガストンの腹の上へと、馬乗りにまたがる。
「へ??」
繰り返される、間抜けな声。
だがすぐに、触れあう部分で感じるイレーネの柔らかな脚や腰の感触とその身体が放つ熱を感じ取り。
三秒ほど経って、それが何かを理解したガストンは、顔を真っ赤に染めた。
「ちょわぁぁぁ!?」
「ガストン様、夜中にそんな大声を出しては、皆さんの迷惑ですよ?」
窘めながらイレーネは微笑みを浮かべた。
今までガストンが見たことのなかった類いのものを。
「ま、待ってくれ、なんでこんな、急に!?」
「なんでも何も、わたくし達は夫婦なのですから、当たり前のことでしょう?」
答えるイレーネは、何とも艶然としていて……初めて見るその色香に、ガストンの喉がごくりと鳴る。
元々あまり肉を食べていなかったイレーネにとって、スピアボアの肉、その滋養は強烈だった。強烈過ぎた。
結果、身体は火照り、疼く。
さらに、酒も入り、何よりも今までの暮らしで、祭りの空気で、すっかりイレーネはガストンに心を許していた。
そこに彼が同衾してきたため、イレーネは身体の奥から湧き上がる渇望にも似た欲求に押し流されてしまったのだ。
「い、嫌だって言ってたじゃないか!?」
「はい、前は確かに嫌でした。ですが、今は嫌ではありません。だから、わたくしは問題ありません」
「そうなのか!?」
予想外の答えに、ガストンは驚きの声を上げたのだが。
そこには、驚き以外の……喜びの色も、少しばかり混じっていて。
「後はガストン様のお気持ちだけ、ですが……大丈夫そうでございますわね」
馬乗りになったまま探るように腰を僅かに動かしてからイレーネが言えば、真っ赤な顔のガストンは両手で顔を覆った。
言葉よりも雄弁に彼の身体が語っていたものだから、こういったことに不慣れな彼は恥ずかしくて仕方がない。
これでまだ酔いで頭が痺れていればましだったのだろうが、彼の頑強な身体はすっかり酒精を分解してしまっていた。
対してイレーネは、まだ酒は抜けず、肉の滋養は満ち満ちている。
彼女の枷は、完全に外れてしまっていた。
「ガストン様、わたくしは、あなたの何ですか?」
「あ、あなたは、俺の、妻、だけどもっ」
「だめです。それではだめです。あなたではなく、イレーネと呼んでください」
「うええええ!?」
イレーネの要求に、ガストンは覿面に狼狽えた。
そう、彼は今まで敢えて彼女を名前で呼んでいなかった。
恥ずかしかったのだ。この美しい人を、名前で呼ぶのが。
何より、名前で呼んでしまえば、本当の夫婦になってしまう気がしたから。
だから、イレーネは名前で呼ぶことを要求した。
そして。
「い、イレーネは、俺の、妻、だ」
「はい。わたくしはガストン様の妻です。そして、ガストン様はわたくしの夫です」
ついに根負けしたガストンは、イレーネの名前を呼んで。
イレーネは、それはもう幸せそうな笑顔で応えた。
そのあまりの美しさに、ガストンは思わず我を忘れそうになったのだが。
「それでは、これで夫婦になる準備はできましたわね」
「うえええええ!?」
厳しい現実に、引き戻されてしまった。
正論を好む彼女は、酔いと熱に浮かされた今も手順を踏む。強引ではあったが。
そして、手順を踏み終えた後はもう止まらない。
だが、ガストンとしては簡単に流されるわけにはいかなかった。
「ま、待ってくれ! そ、その、そういうことをしたくないわけじゃない、ないんだが!
俺が、その、触れたりしたら、あなたを壊しそうで」
「あなたではありません、イレーネです」
「おうふ!? イ、イレーネを壊しそうで!」
ぴしゃりと言うイレーネの圧に押され、混乱したままガストンは言われるがまま、言い直す。
言い直させたイレーネは、どこか満足げな顔でうんうんと幾度か頷いて見せ。
「やはり、そういうことを気になさっていましたか」
「き、気付いてたのか? だ、だからほら、もうちょっと俺が加減を覚えてから……」
しどろもどろに言い訳がましいことを言うガストンを、しばし見下ろす。
それから、ほふ、とイレーネは溜息を零した。
「正直に申しますと、わたくしも気にしてはおりました。
ガストン様の膂力は常人のそれではなく、普段はともかく、事の最中に無我夢中で触れられるとどうなるのか、と」
「な、何か生々しいな!?
で、でも、あなた……いや、イレーネもそう思うだろ?」
じろり、と見下ろされて、慌てて言い直すガストン。
それに満足したのか、それとも同意のためにか、イレーネは幾度か頷いて見せる。
「確かにわたくしも、そう思っておりました」
その返答に、ガストンは安堵した。
だから気付かなかった。イレーネが、過去形で言ったことに。
そして彼は忘れていた。イレーネは、彼よりも賢いのだということを。
「ですが、ある時気がついたのです。別に、ガストン様に触れていただく必要はないのではないか、と。
なんなら、わたくしが全て致せばいいのではないか、とも」
「うえええええええええ!?」
まさかの発言に、ガストンの口からこの日一番の悲鳴が飛び出た。
だが、反論の言葉は出てこない。
確かにそれはそうだ、とも思ってしまったから。
それをいいことに、イレーネは侵攻を開始する。
「さ、ということで全てわたくしにお任せください。
なんでも天井の模様を数えている間に終わるそうですから、ガストン様はどうぞ気を楽に」
「なんか違う! むしろなんもかんも違わないか!?」
「まあ普通とは違うのでしょうが……わたくし達、大体において普通とは違うのですから、よろしいのではないでしょうか」
「納得しちゃいそうになったぞ!? あ、ちょ、まっ!」
流されそうになったガストンが、ギリギリのところで踏みとどまる。
だが、イレーネはそこで折れることはなく。
「ガストン様。わたくしはあなた様と真に夫婦となりたいのですが……ガストン様は、お嫌ですか?」
小首を傾げながら問われて。
ガストンは、答えに窮した。
何故ならば。
「嫌なわけ、ないっ! なりたい、けどもっ!」
彼とて、それは望むことだったから。
まあ、こういう形ではなかったが。
しかし、イレーネにとっては、それで十分で。
「では、これで全ての問題は解決されましたね」
「解決してない気がするんだけどなぁ!?」
それでもガストンはこう言うけれども……彼に抵抗する気があれば、イレーネなど簡単にひょいっと撥ね除けられるだろうに、それをしない。
ということは、つまりそういうことなのだ。
「さあ、わたくしに身を委ねてくださいませ!」
「ひやぁぁぁぁ!?」
その日。明け方までガストンの悲鳴が響いたという。




