英雄は花嫁に口づけない
※本日三回目の投稿となります。お気を付けください。
こうして、様々な思惑を交えながらガストンとイレーネの婚約は無事結ばれた。
後は二人が交流して少しずつでも歩み寄れれば、と普通であればなるところだが、今回のようなイレギュラーが重なりまくった婚姻の場合、中々そうもいかない。
まずそもそも、ガストンの知識が足りない。
戦争の功績で子爵位を授けられたガストンだが、元々は辺境伯家の三男。
長兄になにかあった時のスペアとして次男は領主教育を受けているが、ガストンは受けていない。
これで一つ一つ爵位を上げていったのならばまだ学ぶ機会もあったろうが、領地のない準男爵から戦争中という短い期間で子爵となったのだから、教育を受ける時間も機会もなかった。
では代官でも置いて統治させればとなりそうなものだが、辺境伯領へと続く街道沿いという重要な立地であるため人任せにはしづらいところ。
結果、ガストンは苦手な勉強に時間を費やす羽目になった。
「大将、やっぱ代官を頼んだ方がいいんじゃないっすか? ほら、陛下だってめっちゃ信用のおける代官紹介してくれますって」
「だ、だめだ! 俺がやらないと、親父や兄貴の役に立たないと!」
と、ファビアンが窘めてもやる気になってしまったガストンは自分でやると言うことを聞かない。
もちろんそれは、長い目で見れば歓迎すべきことではあるのだが……この短い期間で果たして終わるかどうか。
かといって、従者であるファビアンには止める権利もない。
「あ~もう、わかりました! ああほら、ここ字間違ってる!
あ、こっちの言葉、意味書いときましたから!」
「お、おう、すまん、ファビアン」
となれば、少しでも早く教育が終わるように、と手伝うことしか出来ない。
今までで一番国王のことを心の中で恨みながら、ファビアンはガストンの勉強を手伝うのだった。
そして、当然イレーネもまた、学習に時間を取られていた。
何しろ隣国から嫁いでくることになったのだ、シュタインフェルト王国の知識を入れねばならない。
下級貴族である子爵の夫人となるわけだから、それより上位にある伯爵以上の貴族家全てを覚える必要がある。
更に同じ子爵家も可能な限り、男爵家も周辺に領地を持つ家は押さえておく方がいいだろう。
それら貴族の当主、夫人、嫡子、出来れば次男、更には家紋まで覚えるとなれば、優れた記憶力を持つイレーネと言えども時間はかかる。
そこに手を取られている上に、随分と頻繁にお茶会への招待が舞い込んで来ていた。
実際に使う必要があるとなれば覚える効率も上がるだろうと理由を付けた上でガストンに参加してもいいかと尋ねれば、「い、いいんじゃないか、好きにすれば」と、放任とも言える返事。
これでもう少し大人しい性格の令嬢であれば躊躇もしただろうが、イレーネは額面通りに捉え、あちこちの茶会に参加したのだ。
予想通りというか何と言うか、多くの場合、隣国の王女でありながら子爵なぞに嫁入りする羽目になったイレーネに対して品定めをするための場……であればまだましで、ほとんどの令嬢、夫人がマウントを取りに来た。
だが、それで大人しくしているイレーネではなく。
「確かに子爵夫人になる予定ですが、今はまだ、わたくしはレーベンバルトの王女です。
そのわたくしにそのおっしゃりよう、つまりシュタインフェルト王の望まれた両国の友好を水泡に帰したいと、そうお考えで?」
と真正面から正論で殴り返し、時に令嬢を泣かせ、あるいは夫人を絶句させと静かに大暴れ。
その舌鋒はガストンの剣よりも鋭いのではないかとシュタインフェルト王に大受けだったのもよろしくなく、興味を引かれた上位貴族からの招待が増え、打ちのめされた友人の仇を取らんと下位貴族からも招待され。
結果、イレーネはガストンとの時間をろくに取ることも出来ず、結婚式の日を迎えることになってしまった。
一つだけ幸いなことは、ガストンの勉強時間が減らなかったことくらいだろうか。
ともかく、その日は来た。来てしまった。
シュタインフェルトの王都にある大教会。
創造神アーダインを祭る、シュタインフェルト最大の教会でガストンとイレーネの結婚式が行われた。
国の英雄と隣国の王女の結婚式とあって来賓も多く、一目でも見ようと国民も多くが教会近くに押しかけてのそれは、さながら祭りのよう。
その浮かれようとは完全に無縁の人間が、この場には二人いた。
ガストンと、イレーネ。
二人して思うことは、『ついにこの日が来た』。
ガストンは困惑と緊張に苛まれ。
イレーネは王族としての義務を果たすべく張り詰め。
そんな状態の二人が控え室で久しぶりに顔を合わせれば、場には沈黙が落ちた。
ガストンは、豪華な花嫁衣装に身を包んだイレーネの儚げな美しさに混乱を極め。
「だ、だめだ、これは……」
と、思わず呟いてしまう。
これは『自分のような人間がこんな儚げな人と結婚したらだめだ」という意味だったのだが、当然言葉が足りないので真意は伝わらない。
「ちょ、ちょっと大将!」
この場で唯一ガストンの心境がわかったファビアンが慌ててガストンの袖を引くも、一度出てしまった言葉は取り消せない。
ただでさえ張り詰めていたイレーネの空気は、一層張り詰めたものとなってしまった。
側で控える侍女のマリーなど、眉が吊り上がるのを抑えられていない。
「そうですか、それは申し訳ございません」
「え、いや、ちがっ、違うっ」
イレーネの声音に、何か誤解が生じたことをガストンは直感的に気付いたのだが、所詮直感なので言葉にはならない。
慌てふためきながら、言葉を探している内に、時間が来てしまったようだ。
「新郎新婦のお二人はこちらへ」
教会の神官から声を掛けられれば、ガストンの言い訳を待たずにイレーネが立ち上がり、マリーが補助につく。
二人とも、最早ガストンを一顧だにしない。
「や、やっちまった……」
うなだれるガストンに、ファビアンすらかける言葉が見つからない。
だが時間は非情であり、まさか国王を始めとする賓客を待たせるわけにはいかない。
ガストンは頭の中が真っ白になりそうなのをなんとか踏みとどまりながら会場へ向かった。
会場へと入れば、一斉に向けられる視線、湧き上がる歓声。
普通ならば足下が浮つきそうになるのだろうが、逆にガストンの心を少しばかり落ち着かせた。
それは、さながら戦場のようだったから。
そう、彼にとってこれは、ある種の戦場だ。
ならば、腹を括るしかないのではないか。
腑に落ちた感覚がして、自然と背筋が伸びる。
そうしていれば彼はこの国一番の偉丈夫だ、その威風堂々たる姿に、歓声は一層盛り上がる。
その盛り上がりを聞いている内に、ふと先程のイレーネの顔が脳裏をよぎる。
あの顔は、あの雰囲気は。
何かに思い至りそうだったところで、また別の歓声があがった。
そちらを見れば、先程喧嘩別れのように別れたイレーネが入ってくるところで。
戦場の落ち着きを思い出したガストンは、やっとその姿をまともに見ることが出来た。
彼女は、彼女こそがこの戦場の相手であり、同時に戦友である。
ならば、その姿をきちんと捉えないでなんとする。
きりっとした表情に改まったガストンを見て、ベールの内側で表情のないイレーネの眉が少しだけ動き、また戻る。
その表情の動きの意味はわからないが、彼女もまたこの戦場に覚悟を持って臨んでいるはず。
ならば。
式は進み、落ち着きを取り戻したガストンは練習通りに動き、言葉を述べ。
イレーネは言うまでもなく、全てを完璧にこなし。
「我らが創造神アーダインに、永遠の愛を誓いますか?」
「誓います」
「誓います」
二人して愛の言葉を誓い。
その証として、口づけを交わす、手順だったのだが。
きっと彼女は望んでいないに違いないと思ったガストンは、触れそうで触れない、キスの振りだけをして式を終えたのだった。
それがどんな意味を持ったのか、知る由も無く。
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