ガストンの秘密
こうして、夜の会話が弾んだことで精神的に充足したのか、翌日のガストンは絶好調だった。
「よいっしょぉ!」
気合の声とともに斧を振れば、バキバキと音を立てながら木が倒れていく。
通常であれば、倒したい方向に軽く切り込みを入れてから反対側に何度も切りつけていくのだが、ガストンは一発で斧を木の中心に届かせていた。
当然動員された木こりや他の面々に比べて遙かにペースが速いため、彼一人別区画を担当させられている程である。
「……これだと、半日で三日分の作業が終わりそうね……」
呆れたような口調でイレーネが言えば、隣に控えるマリーもこくこくと頷く。
余りに人間離れしたガストンの所業に言葉も無いようだ。
「これは、明日からの計画を修正しないといけないわね。ガストン様の振り分けも考えないと……」
つぶやくイレーネの眼前ではガストンが更にもう一本を切り倒していた。
今日のところは道を広げる準備として街道沿いの木を伐採して持ち帰り、木材になるのか、質はどうかを調べるまでが仕事である。
尚、街道整備の事業計画はまだ王都に着いていないはずだが、これは街道の開発ではなく伐採による調査なので問題無い。
という屁理屈のもと実施されている。
「それにしても……恐らくそうだろうとは思っていたけれど、やはりガストン様は『祝福』持ちなのね……」
「ありゃ、お気づきになっちゃいましたか」
不意に声を掛けられ、イレーネがゆっくりとそちらへ視線を向ければ、そこにはヘラリとしたいつもの笑みを浮かべるファビアンがいた。
つい先程まで、全く気配を感じなかったのだが。
驚きを顔に出すことなく、さも『そこにいることには気付いてましたよ』と言わんばかりの顔でイレーネは小さく頷いて見せた。
「ええ、宴の時は暗かったからか、炎が近くにあったからか、気がつきませんでしたが……ガストン様が振るう斧の刃周辺が揺らいでいるように見えます。
あれは恐らく、刃が魔力を纏っているから……ではありませんか?」
「流石、ご名答です」
イレーネの言葉に、ファビアンが肩を竦めながら答える。
魔獣が存在することからわかるように、この世界には魔力と呼ばれるものがある。
生命の根源とも言われ、生物であれば大なり小なり持っているが、それを意のままに操ることが出来る存在はそう多くない。
人間もかつては魔法使いと呼ばれる存在が自在に魔力を操って魔法を行使していたと言われるが、現在では定型的な効果しか発揮できない魔術を使う魔術師が時々いる程度だ。
そんな中、稀にその魔力を己に利する形で使うことが出来る人間がおり、彼らを『祝福』持ちと呼ぶ。
魔術よりも効果はさらに限定的で、大体一種類から二種類の効果しか発揮出来ないが、その変わり呪文だとかの手順なしで使う事が可能なため、場合によっては魔術よりも有用だ。
そしてガストンのそれは魔力を刃に乗せることで切れ味を増す『祝福』なのだろう。言うまでもなく、とてつもなく有用である。
「ガストン様の身体能力だけでも英雄と呼べるものでしょうに、『祝福』まで持っているとなれば天下無双とすら言えるかも知れませんねぇ」
しみじみと言うイレーネへと、ファビアンはしばし探るような目を向け。
それから、少しばかり怪訝そうな顔でイレーネへと問いを発した。
「あまり、気にされないんですね?」
何しろ戦場においては恐ろしく有用な力だ、それこそイレーネが言う通り無双の力をガストンは発揮していた。
だがイレーネは、そんなことは当然想像出来ただろうに、恐れる様子も、逆に利用してやろうと欲を出した様子もない。
それが不思議でならなかったのだが。
逆にイレーネの方が、不思議そうに小首を傾げていた。
「何か気にするようなことがありますか? ガストン様の性格でしたら、むやみやたらと振りかざすこともないでしょうし。
むしろガストン様の武功に納得がいったと言いますか」
当たり前のようにあっさりと言われて、ファビアンは二の句が継げない。
同国人の令嬢達は、『祝福』の存在を知らないにも関わらず、ガストンの体格と身体能力だけで彼を恐れ、遠巻きにしていた。
まして『祝福』のことが知られれば、一層遠巻きに、いや、ややもすれば彼と同じ場にいることすら拒否するかも知れない。
だというのに、この隣国からやってきた元王女様は、全くガストンを恐れる様子がない。
かといって、利用しようと欲を出した様子もない。
ただ淡々と、彼にそんな能力があると受け止めるだけである。
「ああ、ですが先に知っていれば、伐採計画もそれを盛り込んだものに出来たなとは思いますが……それも明日から修正すればいいだけですし」
「そ、そんなもんですか……奥様にとってはそんなものなんですねぇ」
一瞬呆気に取られ。
それから、ファビアンの顔に喜びが滲む。
本当に、ガストンにふさわしい人が来てくれた。そのことが、我が事のように嬉しい。
「後もう一つ言うならば、あの様子ですと刃が保護されていて欠けることがないようですから、斧の損耗がかなり抑えられるのが嬉しいですね」
「あ、あはは、そこですか!」
「それはそうですよ、かなりの数を伐採することになるのですから、斧も何本使い潰すことになるやら。
ですがガストン様は一人で何人分も切り開くのに斧の損耗は何分の一にも抑えられるとなれば、どれだけ経費が抑えられることか」
随分と現実的な意見に、ファビアンは思わず吹き出す。
不必要に恐れることも、過剰に見積もることもなく、淡々と冷静に、現実的に。
イレーネにとってガストンが、悪い意味で特別ではないことが伺い知れる言葉だ。
それを聞けば、思わずファビアンの頬も緩んでしまう。
「斧なんて、そう高いものじゃないでしょう?」
「それでもお金はかかりますし、鉄の消費も抑えられますから。
人を増やしてそちらに回すなり、出来ることも増えます。
まあ、あまりガストン様に頼り切りになるのも良くないので、適度に、ですけれど」
こうして話している間にも、イレーネの中では計画の修正と計算がされているのだろう。
その横顔は、ガストンとは別方向に何とも頼もしい。
「いやあ、大将なら、頼られただけ喜ぶと思いますけども?」
「喜ばれるからといって、際限なく振って良いものでもないでしょう。
書類仕事はともかく、肉体労働は疲労の蓄積が大怪我に繋がりかねません。
恐らくガストン様は体力がありすぎて、ご自分が疲れていることに気がつきにくいタイプでしょうし」
「あ~……それは、否定できないっすねぇ……」
「でしたら、そこを管理するのも…………つ、妻の勤め、でしょうから」
不自然な間、微かなどもり、ほんのり赤くなっている頬。
なんとも初々しい様子に、ファビアンは吹き出しそうになり……堪えた。
ここで笑ってはいけない、流石に主人の奥様相手に失礼千万であるから。
「そっすね~、奥様から言われたら大将も素直に言うこと聞くでしょうし、是非とも管理してやってください、お願いします」
「ええ、お任せください。……その方が、ファビアンさんも安心でしょうし、ね」
くすりと笑うイレーネから、視線を外す。
見透かされるのは、何とも気恥ずかしいものだから。
だから。
「あ~っと、枝打ちなら手伝えるし、行ってきます!」
ファビアンはわざとらしく声を上げ、ガストンが切り倒した木の枝を切り落としているところへと駆け出したのだった。




