街道整備の意義
「それが陛下や親父の望むところ、っていうのは一体どういうことだ?」
至極当然の問いをガストンが発すれば、イレーネが間髪を入れず答える。
「これはわたくしの推測ですが。
まず前提として、わたくし達が王都から使って来た街道は、恐らくわざと整備がされていなかったのではと考えています」
「へ? なんでだ? 街道をわざと整備しないだなんて」
イレーネの説明に、ガストンがすぐ疑問の声を上げる。
ガストンでもわかる、というよりガストンは遠征などで身に染みて知っているのだが、整備された街道とそうでない街道は、人も物も行き来の効率が大きく変わる。
道が悪く馬車の揺れが酷ければ、例えば酒瓶などは割れることもあるし乾物の食料だって欠けが生じやすい。
何より馬車自身が傷み、最悪の場合は道中で馬車が故障して立ち往生、などということも考えられる。
だから、街道の整備は優先的にすべきなのだが……イレーネは小さく首を振った。
「確かに利便性だけを考えれば、整備しないなどありえないでしょう。
しかし、その利便性が仇となる場合もあるのです。
端的に言えば、国境を突破され、敵国が街道に達した場合ですとか」
「あ。そ、それだと街道を使って王都まですぐだ!」
思わずガストンが声を上げれば、イレーネはゆっくりと頷いて見せる。
「はい、その通りです。実際、昔のとある国でそういったことがあったのだとか。
『全ての道は我が王都に通じている』と世界の中心であるかのように言っていたそうなのですが、その道を通って様々な敵が各方面から集まってきたそうですから……笑い話にもなりません。
恐らくシュタインフェルト王はその事例をご存じなのでしょう」
「あ~……それは、想像したくないなぁ……二方向からだけでも大変だってのに」
具体的な攻防の話になれば、ガストンの脳裏には鮮明にその様子が浮かんだ。
シュタインフェルト王都に置き換えて、考えられる限りの敵国が四方八方からやってきたら。
……残念ながら、いかな彼であっても防ぎきることは出来ないだろうと思うと、ぞっとしてしまう。
だが、そこまで考えたところでガストンは首を傾げた。
「いや待ってくれ? ってことは、道を整備したらだめなんじゃないか?」
「はい、多分今までであれば許可がおりない、もしくは勝手に取りかかったら後からお咎めが来たのではないかと思います」
あっさりと答えられて、ガストンは目を瞬かせる。
自分の思ったとおりだが、それを肯定するイレーネの言っていることが腑に落ちない。
だからますます首を傾げるのだが。
「だよな? ……うん? 今までであれば? 今ならいいってことか?」
「恐らく、ですが。以前と大きく変わったことがありますから」
「大きく変わったこと?」
思い至ったことを口にすれば、イレーネから肯定の言葉が返ってきた。
それは少しばかり嬉しいが、しかし結局疑問は解決しない。
だから改めて尋ねれば……イレーネが、小さく笑う。
「はい。ガストン様がこの地域の領主となりました。それが意味を持つかと」
「俺が? いや、俺は別に、領主って柄じゃないんだけどなぁ」
「そうですね。恐らく領主としての働きは然程期待されていないでしょう」
「うえええ!?」
上げて、落とされて。
まさかの言葉に、ガストンが悲鳴のような声を上げてしまったのも仕方がないところだろう。
だが、イレーネはそんなガストンの反応を、どこか楽しんでいる様子ですらある。
「正確に言えば、内政面での働きは、ですね。そこを補うためのわたくしですし」
「お、おう……そこは、確かに助けてもらうつもりだけども」
自画自賛とも取れる言葉に、しかしガストンは素直に頷いた。
イレーネの事務処理能力は王都で十分に見せつけられたし、今こうして話していても内政や戦略といったものに通じているであろうことが伺える。
しかし、ならばイレーネ一人でも、と考えて今更思い出した。
彼女は、敵国の王女だった、と。
「あ~……気を悪くしないで欲しいんだけど……俺はもしかして、あなたの監視役、か?」
「そうですねぇ……それが無いとは申しませんが。それならば別にわたくしを連れてこなくとも、国内の内政に通じた貴族の方にお任せすれば良いだけですよ」
「そ、それはそう、だな……? じゃあ、なんで?」
ガストンの問いに、イレーネの笑みが少し変わる。どこか、誇らしげに。
ただそれは、自身を、ではなく。
「ガストン様がここに居ることに、最も大きな意味があるのです。
もし万が一辺境伯軍が破れて国境を突破されたとしても、この地域にガストン様が後詰めの兵とともに居れば、王都になだれ込まれるのを防ぐことは十分期待できますから」
「あ。な、なるほど、そういうことか……どこで迎撃すればいいかとか、わかるし」
少し想像すればわかる。
勝手知ったる辺境伯領の近く。
子供時代に野山を駆け巡った経験から、街道を通って敵軍がやってきたらどこに兵を伏せることが出来るか、などすぐに浮かぶ。
また、辺境伯軍との戦いで疲弊した敵軍が休憩を取りそうな場所も知っているから、夜襲だってかけられるだろう。
何より、ガストン本人は自分のことだからそこまで考えが至らないが……家族や仲間を倒されたガストンが、敵討ちとばかりに鬼神のごとく暴れるのは間違いない。
そうなれば、あまりの武威に敵が怖じ気づいて逃げ出す可能性すら十分にある。
辺境伯領の一つ後ろにガストンを配置する、ということは、そういう意味を持つのだ。
「ええ、戦において地の利は極めて重要と伺っております。これはガストン様相手にわたくしが何か言うなどおこがましいですから、割愛いたしますが。
ここにガストン様がいるだけで、街道を使われるデメリットをかなり抑えることが出来るでしょう。
また、裏切って辺境伯領を背後から攻めるよう敵側が工作を仕掛けてきても、ガストン様が裏切ることなどありえませんし」
「そりゃそうだ、親父や兄貴達を裏切るなんてとんでもない!」
ブンブンと拒絶するかのように激しく首を振るガストン。
いや、実際に拒絶なのだろう。彼にとって親兄弟は、それくらいに存在が大きいのだ。
そんな彼を微笑ましげに見ながら、イレーネは頷いて返した。
「やはりそうですよね。ですから、ガストン様が子爵としてここを治めることに意味があり、このタイミングであれば街道整備もお許しいただけるのではないかと。
後は……街道が整備されて物流が多くなれば、当然動く金額も大きくなります。
そうなると、不心得者であれば要らぬ色気を出して横領などをする可能性もありますが……ガストン様であれば、その心配はありませんし」
「そりゃそうだ、それも陛下と親父達を裏切る行為じゃないか」
「……その通りです。流石ガストン様、よくおわかりで」
驚きで、イレーネは一瞬言葉に詰まった。
辺境伯領へ向けて街道を通る荷物は、多くが辺境伯軍へと向けて国が送る物資になる。
そこから利益をかすめ取るなど、国王や辺境伯への背信行為、つまり裏切りだ。
ガストンは、そのことを理解していた。直感的なものかも知れないが。
そのことに、失礼ながらイレーネは驚いてしまったのだ。
少し申し訳無い気持ちになったのを、小さな咳払いで誤魔化して。
「ということで、今ならば街道整備を国王陛下に申し出ても、色よいお返事をいただけるのではないかと思います。
計画書などはわたくしの方で作成いたしますから、是非ご一考いただけたらと」
「お、おう。そういうことなら、いいと思うぞ」
イレーネの提案を、ガストンはあっさりと承認した。
むしろあまりの快諾ぶりにイレーネの方がとまどった様に瞬きをするくらいに、あっさりである。
「あ、あの、よろしいのですか? もう少しじっくりお考えになっても……」
「あ~……全部がわかったつもりはないけど、わかった部分だけでもやる価値はあると思ったし。
それに、多分長々と考えてもわからんし、変わらんだろうからなぁ。
何よりあなたがそこまで言うなら、きっと大丈夫だ」
言葉通り、すっきり理解したわけではない顔ではあるものの、ガストンに迷いは無い。
まっすぐに向けてくる視線には言葉通りの信頼が感じられて。
「そ、そうですか……でしたら、そのように進めさせていただきますね?」
答えながら、何だか顔が熱くなってきたような気がして、イレーネは手で顔を扇いだのだった。
※段々趣味走ってまいりました、すみません。
こういう内政つよつよヒロインが好きなのです……っ




