憂鬱な仕事始めの朝
※時系列がおかしな部分がありましたので、修正いたしました。
物語の始めが春、それから半年の婚約期間を経て婚姻しているので現時点では秋の筈が、春の終わりから夏にかけてとして書いておりました。
そのため、17話や18話の描写も修正しております。
連続してお読みの方には、この話から急に秋であるかのような書き方になっているかと思います、申し訳ありません。
こうして、屋外での食事、それもバーベキュー、更に内臓肉の挽肉ステーキという初めて尽しな一夜をイレーネとマリーが過ごした翌朝。
「おう、おはよう!」
「うがっ! ……た、大将、ちょっとこう、声、抑えてくれませんかねぇ……?」
予想通り全く酒の影響が見えず、むしろ思う存分食べたせいかすっきりした顔にすらなっているガストンと、やはり飲み過ぎて二日酔いのせいで死にそうな顔になっているファビアンが朝食時の食堂に顔を揃えていた。
なお、アデラは平気な顔、その他の使用人達は半数が飲み過ぎた顔をしている。
この分だと、今日は使用人達に移動の疲れを癒やすための休みを与えた方がいいかも知れない、などと考えながらイレーネはガストンへと挨拶を返す。
「はい、おはようございます、ガストン様。……ファビアンさんは二日酔いのようですね?」
「みたいだなぁ。全く、情けないったら」
「いや、大将が異様に強いだけなんですからね!? ったたた……」
自身の声で頭痛が増したのか、ファビアンがまた頭を押さえて突っ伏したが、誰も彼の心配をしない。
というか、他の二日酔い組も全員が自業自得だ扱いをされている辺り、中々に手厳しい。
「まったく、ここが『クリーニング』の終わってる安全な場所だからいいものの、戦場だったらどうするんだ?」
「うぐっ……それを言われたら返す言葉も……」
ガストンが呆れた声で言いながら苦言を呈せば、口の達者なファビアンも言い返せずに別の意味で頭を抱える。
なるほど、実戦の場に身を置く事が多い彼らからすれば、二日酔いになるなど自己管理が出来ていない証拠となるわけだとイレーネは感心したりもするのだが。
「あの、ガストン様。『クリーニング』とは一体?」
と、気になった言葉への興味が優って、そう問いかけずには居られなかった。
もちろん本来であれば掃除だとかの意味であることは知っているが、どうもそうではないような気がしてならない。
ファビアンへと呆れたような顔を向けていたガストンが「ああ」と気が付いて声を零しながら顔を上げ、イレーネへと向き直る。
「そっか、あなたは知らないか。俺の言った『クリーニング』ってのは、間諜だとかの掃除だな。
この屋敷に潜んでる間諜だとか、街に潜んでる組織だった敵対者だとかが今はいない状態になってるわけだ」
「……なるほど? いない状態になっている、ということは、もしかして排除行動なども……?」
「必要な時にはするけど、今回は必要なかったみたいだな! 終戦直後だから警戒してたんだけどなぁ」
「終戦直後で気が緩んだところに『影』だとかを使って何某かの工作を仕掛ける発想は、恐らくレーベンバルト国王や王太子にはないでしょう。
それよりも、暗殺などを防ぐために自身の周囲を固めるよう使うかと」
言うまでもなく、終戦した戦争の相手はレーベンバルト王国、イレーネの生国だ。
王女であった彼女は当然国王や王太子の性格をよく知っており、彼らならばどうするかもよくわかる。
彼らは、ほぼ間違いなく自己保身に走る。
「彼らの攻撃性の高さは、内面の弱さの裏返しではないかと思っています。
ですから、何かにつけて喧嘩をふっかけてくる癖に、予想以上の反撃を受けると途端に弱腰になってしまう傾向がありましたね」
「あ~……だからかぁ、こっちが反攻に転じたら、ある日を境に急に崩れだしたのって」
「ええ、恐らく想定以上の反攻を受けて、弱腰になってしまったのでしょう。
……そもそも、相手であるシュタインフェルト王国がどれくらいの強さなのか、きちんと調べていたのかも怪しいですが……」
ほう、とイレーネは大きく息を吐き出してしまう。
今回のシュタインフェルト王国とレーベンバルト王国の戦争において、イレーネは全く何もしていない。
というか、関わることを禁じられていた。
そのため、どれだけ準備して戦争を始めたのだとかも直接的にはわからないのだが……漏れ聞こえてきたところを総合すれば、準備が足りていたとは思えない。
そして実際、奇襲気味だった序盤こそ押していたものの、辺境伯軍主力が到着した後は散々だったようだ。
「ですから、収穫前で物資が不足していた時期に再侵攻をかけてこなかったとも言えます。
今後は注意が必要ですね。痛い目に遭ったのを忘れて負けた屈辱を拗らせていればすぐに仕掛けてくるでしょうし、そうでなければ引きこもっているでしょうし」
「大分両極端だなぁ……あなたはどちらだと思ってるんだ?」
「そうですね……わたくしは後者だと思っています。
小手先の策を弄してくる可能性はありますが、大規模な侵攻を仕掛けるには、兵の数がまだ十分ではないでしょうし」
ガストンに問われて解説しながら、イレーネはふと思う。
両極端なのは、ガストンも同じではないかと。
こういった軍略絡みの話になった途端、多少表現が独特だったり簡素すぎることはあるものの、理解も早く、自身の考えもしっかりと発言出来ている。
王都に居た時の書類仕事をしていた彼とはまるで別人だ。
それが、頼もしくもあり……少しおかしかったりもする。
「おう? な、なんか俺、おかしな事言ったか?」
「いえ、何も。むしろ適切な発言ばかりかと」
「むしろ適切すぎて違和感あるんじゃないですかね?」
「なんだと!?」
「ぐぁっ!?」
ファビアンが混ぜっ返せば、ガストンが思わず大きな声を出して、結果二日酔いの頭を抱えてまたファビアンが突っ伏す。
自業自得と言えばそうなのだが、若干哀れみを覚えてしまうのは彼のキャラクターのせいだろうか。
「まあまあ、ガストン様落ち着いて。ファビアンさんも今日の所は自重なさいな」
「お、おう、あなたがそう言うなら……」
「は、はい奥様……ったたた……」
イレーネが穏やかに窘めれば、大の男二人が揃って肩を縮こまらせる。
別段脅したつもりもないのにそんな反応を見せられて、逆にイレーネの方が戸惑うくらいだ。
そんなに怖い顔をしたのか、後で鏡で確かめようなどと思ったことを顔には出さず、コホンと小さく咳払い。
「そういうわけで、しばらくは攻めてこないのではないかと思いますが、いずれ勝手に恨みを積み重ねて再侵攻してくる可能性は決して低くないのではとも思います」
「また面倒くさいですねぇ……」
ファビアンが漏らした感想は、恐らく使用人一同思っていることだろう。
何しろ勝手に攻めてきて追い返されたから恨みを重ねるなど、逆恨みもいいところなのだから。
「けど、その可能性があるなら備えるべきだよなぁ。何から手をつければいいのかわからんけども」
一人、あっさりとイレーネの推測を受け入れて頭を切り替えたのが、ガストンだ。
こういうところもまた、彼が戦場の英雄となった所以なのかも知れない。
普段は温厚で人情味の強いガストンだが、こと戦絡みの話となるとドライなくらいの切り替えが出来るようだ。
それは、イレーネの目から見れば頼もしく映る。
「そうですね、わたくしが思うに……まずは街道の整備から取りかかるべきではないかと」
「街道? 軍備とかじゃなくて、か?」
イレーネの提言に、ガストンは首を傾げる。
戦となれば武具がいる。特に矢の数を揃えるのは中々に大変で、専門の職人でも一人で一日に数十本が精々。
となれば、今からでも取りかかりたいくらいなのだが……そんなガストンにイレーネは首を横に振って見せた。
「確かに矢の調達は重要ですが、それは何もこの街でやる必要もないでしょう。
いえ、山の木々が矢に適した材質であれば、いずれは手を付けてもいいとは思いますが。
少なくとも現時点では、他で作られたものを早く安全に運んでくる方がよろしいかと」
答えながら、イレーネは頭の片隅に今の話をメモしておく。
辺境伯領に近いとあってこの辺りは山がちであり、木材を活かせる産業が興せるならばそれに越したことは無い。
もしも矢の生産が出来るようになれば、この子爵領の重要性は更に向上することだろう。
ただ、それは今ではない。
「運ぶべきは矢だけではありません。ありとあらゆるもの……辺境伯領が必要とするものを届けられるようにしたいところです。
恐らくそれが、国王陛下や辺境伯様の望むところでしょうし、ね」
イレーネが半分確信している口調で言えば、ガストンは驚いたような顔でイレーネを見つめた。




