押しつけられた姫は誤魔化されない
※本日二話目の投稿となりますのでお気を付けください。
休憩のはずの時間で苦悶したガストンを待っていたのは、やはり変わらない現実だった。
しばらくしたところで使いの者に呼ばれ、移動したのは非公式な会見に使われる小さな部屋。
ファビアンを伴って入れば、そこには国王とガストンの父である辺境伯に数名の護衛、そして向かいの長椅子に娶らされることになった姫、イレーネと背後に立つ形でその侍女らしき女性が待っていた。
「うわ、まっじでほっそ」
などとイレーネを見たファビアンは思わず小さく呟いてしまったのだが、幸いにもガストンにしか聞こえなかったらしい。
そう、本当に細いのだ。
広い謁見の間で見た時にはまだ距離があったので実感は薄かったのだが、こうして間近で見ればその細さがよくわかる。
ガストンの太腿くらいしかない腰、身長は150cmくらいでガストンの胸どころかみぞおちの辺りに頭が来そうな小柄さ。
うっかりぶつかってしまえば、それだけでぽっきり折れてしまうか、それとも紙のように吹き飛ぶか。
そう思ってしまえば、どうにも近づくことが躊躇われる。
「これガストン、何を部屋の入り口で突っ立っとるんじゃ。ほれ、さっさと入ってこんかい」
「は、はぁ、では失礼します」
この場で一番偉い人間である国王が促せば、流石に拒否するわけにもいかずガストンは部屋の中へ。
イレーネの座る長椅子に座るよう指示されたため、万が一にも接触しないよう出来るだけ距離を取ろうと端に寄って身体を縮こまらせる。
そんなガストンの様子をちらりと横目でみたイレーネの瞳には、何の色も浮かんでいない。
それがさらにガストンの居心地を悪くする。
「さて、関係者が全員集まったところで、今後の段取りについて話すとしよう」
と、さも好々爺然とした顔で国王が笑う。
……が、今この場に居る者で、その笑顔に騙される者は居ない。ガストンですら。
困惑、無感情など様々な視線を一身に受けながらその顔が崩れないのだから、相当な面の皮なのだろう。
「今回の婚姻、今すぐ結ぶことも可能じゃ。何しろレーベンバルト王から婚約承諾書にも婚姻契約書にもサインを既にもらっておるからのぉ」
「うええ!?」
思わず悲鳴のような声を上げてしまったガストンは、慌てて口を押さえた。
いくら彼でも、非公式の場とはいえそんな声を上げるのが良くないことはわかる。
そのまま周囲を伺えば、父であるトルナーダ辺境伯はジト目でこっちらを見ているし、隣に座るイレーネからは感情のこもらない冷えた視線が来ているのがわかり、思わず首を竦ませた。
まだ、シュタインフェルト王が相変わらずの様子で笑っているのが救いと言えば救いだ。
今この場にいる最高権力者が何も言わないのだ、ガストンの頭に拳骨を落としたくてたまらないという顔をしている父トルナーダ辺境伯も何も言わないし、何も出来ない。
もっとも、後で何を言われるかわかったものではないから、救いは無いのだが。
「話を続けるぞ? しかしいくら何でも今日明日に婚姻させてしまえば、形式的なものであることが丸わかりじゃ。
形としては両国の友好のために戦時の英雄と相手国の王女が婚姻を結ぶ、というものにしたい。
そこは飲み込んでもらえるな?」
「はい、そこは問題ございません」
国王から話を振られれば、王女イレーネは一瞬の迷いも無く頷いて見せた。
その表情には何の動揺もなく、むしろ隣で見ているガストンの方が驚愕で目を瞠っているくらいである。
なんでそんなあっさり? それでいいのか?
そういったことを聞きたくてたまらないという顔をしてはいるが、何とか堪えて口にしないだけの分別は、ガストンにもあるようだ。
「ガストンはどうじゃ? まあ、王命じゃからそなたには飲み込んでもらうが」
「おっ、うっ……わ、わかり、ました」
思わず正直なことを言いかけたところに機先を制されて、ガストンは思わず言葉に詰まってしまう。
王命だ、とは先程も言われたことで、それを思い出して不承不承頷く。
普通であれば不敬だなどと言われるところだが、非公式な場だからか、彼だからか、咎めの言葉は無い。
そういったところは諦められているのかも知れないが。
「うむ、では二人とも了承したということで。
婚約期間は半年間、その間に二人は十分な交流を経て恙なく結婚。
外向きには、そういった話にしとかんとあちこちで角が立ちかねんからのぉ」
あまりのぶっちゃけぶりにか、イレーネの眉が一瞬だけぴくりと動く。
……国王は気付いたのか気付いていないのか、無反応だが。
「あの、陛下、質問いいですか」
「うむ、どうしたガストン」
小さく手を挙げて、許可を取るガストン。
ここで不躾に聞いてしまわない程度の礼儀は弁えているのは、軍隊仕込みだろうか。
国王が鷹揚に頷いて見せれば、ガストンはまだ遠慮がちではあるが背筋を伸ばす。
「角が立つ、とは具体的にどんなことが?」
「そうじゃな、例えばレーベンバルト王国の民からすれば、即日結婚などイレーネ王女の意思をまるっきり無視して強行したように見えるじゃろ。
しかし婚約期間を半年おくことで、解消を検討する時間はあった、しかし解消されずに婚姻が結ばれたと見えるわけじゃ。
実情はどうあれの」
「お、おう……流石陛下、そんなことまでお考えとは!」
「はっはっは、そう褒めるでない」
感動した面持ちでガストンが言えば、国王が得意げに笑う。
もっとも、心の底から得意になっているわけではないが。
このくらいのことは、恐らくトルナーダ辺境伯、そしてイレーネは理解していたことだろう。
ちらりと国王が視線を向けたイレーネの表情には、何も浮かんでいないように見えるけれども。
しかし恐らくそうなのだろうと思いながら国王は更に言葉を続ける。
「逆にじゃな、あちらを刺激するとすぐにまた戦が再開するやも知れん。それはまずかろう?」
「そっ、それはだめです! 皆傷ついて疲れてます、休ませないと!」
国王が問いかければ、ガストンは顔色を変えて首を横に振る。
ガストン自身は無双の武力と無尽蔵の体力で怪我なし疲労なしの状態だが、他の兵士、騎士達はとてもそうはいかない。
彼らを今すぐ戦わせるなどとんでもないことだ、と訴えるガストンに、国王は頷いて見せ。
「うむ、そうじゃな。ちなみに、そなたの見立てではどれくらいかかる?」
「えっ、それは……早くて半年くらいでしょうか。……あっ!」
「そういうことじゃよ。ということで、半年間刺激せんためにも、この婚約承諾書にサインをしておくれ」
「はいっ、わかりました!」
促され、ガストンは晴れやかな顔で婚約承諾書にサインをした。
「ああ……あんな化け物と姫様が婚約だなんて!」
「やめなさいマリー。どこで誰が聞いているかわからないわ」
王城内に用意された客室で、イレーネの侍女であるマリーが不満を口にする。
彼女はイレーネがレーベンバルト王国から連れてきた唯一の侍女であり、それ故イレーネへの忠誠心はすこぶる高い。
だから彼女が感情を高ぶらせるのもわからなくはないが、しかし場所が悪いと窘めたのだが。
「あ、それは大丈夫です。今、影の類いはこの部屋を見張ってないみたいなので」
「そうなの? ……それはまた、随分手緩いというか……」
急に感情を切り替えたマリーに少しばかり驚きながら、イレーネはそれなら大丈夫かと安堵し、すぐに怪訝な顔で小さく首を傾げる。
マリーは忠誠心が厚いだけでなく気配察知に優れ、隠密の類いが居ればすぐに気付く。
だからこそ連れてきたところもあるのだが、その彼女がそう言うのであれば、そうなのだろう。
しかし、ならば何故見張られていないのか。
今このタイミングであれば、緊張から解き放たれてうっかり何かを零してしまう可能性も高いだろうに。
「……まさか、わざと? 私達のガス抜きのため?」
「え、まさかそんな。そんなことする意味、あちらにはないじゃないですか」
「それはそう、なのだけど……シュタインフェルト陛下ならやりかねないわ。
あの方ならば、そうやってこちらを締め付けすぎない懐の広さを見せるくらいの余裕はおありでしょう。
むやみに追い詰めて、私が良からぬ事を考えたり、なんてことを防ぐのも兼ねて。
……わかってはいたけれど、父上や王太子殿下とは役者が一枚も二枚も違うわ……」
はぁ、と小さく溜息を吐く。
停戦条約が締結されてシュタインフェルト王国に来てからというもの、レーベンバルト王国との国力の差を随所で見せられてきた。
そして、それを生み出しているのがまさに国王の差だとも見せつけられた。
更に臣下達も優秀とくれば、勝ち目は最初からなかったのだろう。
「シュタインフェルト陛下がおっしゃっていた半年の意味だって、半分しか告げてないわ。
レーベンバルト側の人間が短慮で小規模な行動を起こすのを半年間抑えるだけじゃない。
国を挙げての大がかりな軍事行動は半年間起こせないことを見越してのものでもあるはずよ」
今は春半ば。
まだまだ十分な蓄えがあるように見えるシュタインフェルトと違って、レーベンバルトが十分な兵糧を持つには半年後の秋まで待たねばならない。
交易で手に入れるという手もあるが、戦争直後の今では十分な物流も見込めない。これも回復までに最低でも半年、というところだろう。
そしてその頃には婚姻が結ばれ、イレーネが人質として機能しはじめているわけだ。
「一度で二つ……いえ、あのガストン・トルナーダ卿の敬意も獲得したのだから、三つもの効果がある手になった。
きっと、毎度のようにこんなことをしているのでしょうね……」
ぼやくように言うと、イレーネはまた溜息を吐く。
輿入れが決まった際、あるいはシュタインフェルトの英雄を取り込んで、ということも考えたが、恐らく徒労に終わるだろう。
残念ながら、老獪さではとてもシュタインフェルト王には敵わない。
であれば大人しく、友好の証という道化を演じる方がベターなのだろう。
「だからって、他にも婚姻相手がいたでしょうに!
よりによってあのガストン・トルナーダですよ! 血しぶき撒き散らしながら駆け抜ける赤いサイクロンですよ!」
マリーはまた気炎を上げはじめた。
シュタインフェルトの英雄は、当然レーベンバルトの仇敵である。
マリーは文字通りガストンを仇のように見ているわけだが。
「あまりそう言うものではないわ。そもそもこの戦、レーベンバルトが仕掛けたのだし。
トルナーダ卿は、言われた通りに戦っただけよ。あの方は、自分で戦を作り出せるタイプの将ではないわ」
返すイレーネの言葉は、随分と冷静だった。
彼女は、王族だ。
もちろん国と民を愛する心はあるが、同時に、民を数字として扱わねばならないことも往々にしてあるのが王族というもの。
そして、彼女はそれがある程度出来て、だからガストンがレーベンバルトにもたらした被害についても、ある程度引いたところから見ることが出来ていた。
「そ、それは、そうですけど……」
一番怒っていい、あるいは悲しんだり怯えたりしていいはずのイレーネが、落ち着き払っている。
割り切った、静かな覚悟をその瞳に湛えて。
主人がそんな覚悟を見せているのだ、侍女であるマリーがこれ以上騒ぎ立てることも出来ない。
「……なんだか姫様、随分と落ち着いてますね? ま、まさかああいうのがタイプだったんですか!?」
「いえ、違うけど。むしろ真逆ね」
もしもガストンが聞いていたならば、がくっと床に膝を突いたことだろう。
マリーの悲鳴のような問いに、イレーネはさくっと答えた。
まあ実際のところ、イレーネが通常時に結婚するタイプとは真逆の存在である。
「だったら、なんでそんなに落ち着いてるんですか?」
「そうね……」
マリーの問いに、イレーネは少し考えて。
「字が、真面目だったから。まあ、そこまで悪くはならないんじゃないかって」
「へ? じ、字ですか??」
呆気に取られるマリーをよそに、イレーネは思い出していた。
ガストンの書いた文字は無骨で硬く、しかし真面目に、丁寧に書かれていたな、と
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