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酒宴の主演

 結局屋敷の大掃除は、日が傾き始めた頃にはきっちりと終わっていた。

 ガストンは言うまでもなく、ファビアンもアデラもその他の面々も通常の1.5倍以上の能率で掃除を実行。

 イレーネが使う予定な部屋の掃除がされれば、侍女のマリーがてきぱきとベッドメイキングをし、衣装をクローゼットに仕舞いと大忙し。


「……わたくし一人が何もしてないような気がするのだけれど」

「いいんです、姫様は頭脳労働担当なんですから」


 申し訳のなさに小さくなってしまいそうになるも、イレーネに甘いマリーは全肯定。

 もちろん納得など出来はしないが、しかし掃除だとか片付けだとかの肉体労働でイレーネが役に立たないのは事実なので、部屋の隅で邪魔にならないよう大人しくしているしかない。


 そして、イレーネが大人しくしていたからか、彼女のためにと全員が奮起したからか。

 予定よりもかなり早めに掃除が終わり、全員がいい顔で玄関ホールに集合していた。


「よ~し皆、ご苦労! おかげで屋敷の中も綺麗になって、ぐっすり眠れるってもんだ!」

「「おお~!」」


 ガストンが言えば、聞いていた使用人達も声を上げる。

 その雰囲気は、貴族家のものというよりは軍隊の訓示のよう。

 武人であるガストンと辺境伯軍出身の使用人達なのだ、そうなってしまうのも仕方が無いのかも知れないが。


「皆さん、本当にお疲れ様でした。それから、その……ありがとう、ございます」


 イレーネがはにかむように笑いながら礼を言い、頭を下げれば、あちこちで息を呑む音が聞こえたり「ぐぅっ」だとか「はうっ」だとか胸を押さえる人間が続出し、全員が揃いも揃って締まりのない顔になってしまった。

 もちろんその中にはガストンも居て。思わず顔を赤くした彼は、視線を逸らしてゴホンゴホンとわざとらしい咳払いを数回。

 何とか落ち着きを取り戻した彼は、改めて使用人達に向き直る。


「で、晩飯なんだが、今日はみんな疲れてるだろうから、簡単に食えて美味いもんにしようと思う!」

「ってことは、あれですかい!?」


 『あれ』が何を指すのかわかっているらしい使用人達は、一斉に盛り上がる。

 ただ二人、知らないイレーネとマリーは、その盛り上がりについていけないでいた。


「あの、ガストン様。『あれ』とはなんでしょう?」

「ああ、うちじゃこういう時の定番があってなぁ。そうだ、あなた達にも覚えてもらわないとなぁ」


 問いかければ、ニコニコ顔で答えるガストン。

 イレーネは何となく直感した。これは、肉だ、と。


 そしてそれは、当たっていた。


「ちょっとちょっと、何先に盛り上がってんすか、荷物運ぶの手伝ってくださいよ!」


 玄関向こうから入ってきながら文句を言ってきたのは、ファビアンである。

 見れば、その向こうには大量の荷物とそれを運んできたらしき街の住民らしき男達の姿があった。


「おう、すまんすまん。んじゃ、男衆は何人か手伝ってやってくれ!」

「イエス、サー!!」


 筋骨隆々な男達が数人、ガストンの号令に対して直立不動の敬礼を返す。

 それに対してガストンが敬礼を返せば、すぐに彼らは外へと駆け出し、荷物を運び出した。


「あの方向は、中庭……? ということは、外でバーベキューのように?」

「お、流石にわかっちまうか。細かいことを気にしなきゃ、焼くだけだからなぁ。

 肉の切り出しは俺がやればすぐに終わるし」

「なるほど。……え? ま、まだ働くおつもりですか?」


 力仕事で大活躍していたガストンだが、本来はこの屋敷の主である。

 どんと腰を下ろして、運ばれてくるものだけを食べているだけでも文句を言われないはずなのだが。


「だってなぁ、豚を一頭丸ごと持ってきてもらってるはずだから、俺がやるのが一番早いし」

「はい? な、なぜ、豚を一頭丸ごと……?」

「いやぁ、その方が安いし、それくらい要るし」

「はい……?」


 返ってきた答えに、イレーネの目が点になる。


 ちなみに、標準的な豚一頭で精肉が50kg弱、食べられる内臓肉が10kg前後になるという。

 約60kgを仮に15人で割ったとして、一人当たり4kg。


「……ガストン様が10人くらいいらしたら、それくらい必要そうですが……」

「はっはっは、俺が10人だったら、それくらいじゃ足りないぞぅ!」

「自慢げに言うことではないですよ……?」


 楽しげに笑うガストンの、腹部辺りをつい見てしまうイレーヌ。

 確かに太くはあるが、しかし筋肉で引き締まっているのか、膨らんだりはしていない。

 食事の度に思うのだが、どうしてあれだけの量を食べて平気なのか。太らないという意味も含めて。

 それだけエネルギーを使っている、ということでもあるのだろうが。


「ま、俺が一番食うのは間違いないから、その分も働かないとな!」

「そうそう、それに大将がやってくれないと、名物も食べられないですしねぇ!」


 と、荷物を持って通りがかった使用人の一人が言う。

 

「名物、ですか?」


 もちろん知らないイレーネとマリーは首を傾げ。

 そんな彼女達に、ガストンと使用人はにんまりと悪戯小僧のような笑みを見せる。


「これは見てのお楽しみにして欲しいところですな!」

「そうだな、見りゃわかるしな!」


 二人してそんなことを言われ、謎は深まるばかり。

 バーベキューで見てのお楽しみ、つまりアトラクションのような出し物があるのだろうかとまで考えて、しかし即座にイレーネは首を振ってその考えを否定した。

 あのガストンが、食べ物で遊ぶはずがない。ましてそれが、肉であれば。

 

「あ、用意出来ましたよガストン様、奥様! マリー様も早く早く!」


 頭を悩ませていたところにアデラが呼びに来たため、イレーネは思考を打ち切った。

 考えても答えは出ないし、どうせすぐに答えはわかる。


 そう切り替えたイレーネとマリーが中庭に出れば……ふわり、秋の香りがした。

 夏も終わり、暑さが薄れ涼しくなってきた空気の中に流れる、木や炭が焼ける儚げな煙の匂い。

 初めて経験するはずなのに、何故かイレーネはそれらに秋を感じてしまう。

 この空気の中、外での飲食。

 

「……マリー、わたくし、少し浮かれてしまいそうなのだけれど、おかしいかしら」

「いえ、私もちょっと、なんだかワクワクしてきました」


 バーベキューなど初めてである主従は、そんなことを言い合いながら、アデラに案内された席についた。

 いわば主賓席とも言えるそこからは、人々が思い思いに談笑している様子がよく見える。


「……使用人達だけでなく、街の人も呼んだのね?」

「はい、荷物を運んでくれた人や豚を締めてくれた人を労ってやれってガストン様が。後、街の役人とかもですね」

「なるほど、それで。……あの方らしいと言えばらしいわね」


 アデラの説明に、イレーネは思わずくすりと笑ってしまう。

 食卓を囲めば家族、仲間。そんな主義を持つガストンであれば、こうしてバーベキューに呼ぶことで仲間に引き入れようとするのも自然なこと。

 まあ、単に人が多い方が楽しいだとか単純な理由もあるかも知れないが。


「よぉし、それじゃ始めるかぁ!」

「「おお~!」」

「お、おお~……?」


 ガストンのかけ声に、盛り上がる使用人一同。

 遅れて、合わせようとする街の人々。

 何故かイレーネが申し訳無い気分になってしまう中、宴が始まっていく。


「そんじゃまずは、肉だ!」

「え?」


 設置された調理台になるテーブルの上に大きなまな板らしきもの、その前にガストンが陣取る。

 そしてそのまな板の上に、締められ皮を剥かれた豚が一頭丸ごと置かれ。

 

「よいさぁ!」


 ガストンが大振りな包丁を操れば、すっぱりと肉の塊が切り離される。

 そして左手一本で豚の身体をグルグルと動かしながら、スパスパ包丁を振るい、次々切り分けていった。

 その豪快な光景に、使用人達は大盛り上がりである。


「……嘘でしょ……? あんな大きな物体を、片手で転がしてる……?」


 その光景を、イレーネは呆然とした顔で眺めるしか出来ない。

 成長した豚は、大体100kgから110kg程度。

 そんな重たいものを時に片手で吊り下げながら解体するなど、普通の人間が出来る所業ではない。


「そもそも姫様、普通、肉はあんなにスパスパ切れません」

「え、そうなの? でも、紙を切るみたいにスパスパいってるわよ?」


 調理したことのあるマリーが言えば、したことのないイレーネが不思議そうに小首を傾げる。

 いや、肉を運んできた男達が呆気に取られた顔をしているのだ、恐らくそうなのだろう。


「一体どういうことなの……あの包丁がよっぽど鋭いの? それともガストン様がとんでもないの?」

「包丁もあるのでしょうが、ほぼほぼ間違いなく大体ガストン様が原因だと思います……」


 いくらガストンが破格な戦士だからといって、そんなことがあるものだろうか。

 いや、実際目の前で行われているのだから、あるとしか言いようがないのだが。


 などと言い合いながら現実として受け入れがたい二人の目の前で、いつの間にやら解体は終わりを迎えていたのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] なるほど、これが「豚の解体ショー」か、豪快で愉快な名物だ 真っ当な王侯貴族でも滅多に見れない見世物だろうに領主自らやるんだから更に珍しいねw
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