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英雄は色を好まない。

「ガストンよ、此度の戦働き、実に見事であった。褒美を取らすゆえ、望みのものを言うがよい」

「はいっ、肉と酒がいいです!」


 ここはシュタインフェルト王国の、謁見の間。

 国王の問いかけに、黒髪黒目の大柄な青年が溌剌とした声で答える。

 年の頃は二十歳前後、身の丈は2m近くで筋骨隆々としており、そこに立っているだけで威圧感に尻込みしそうになってしまうほど。

 だがその表情は少年のように若々しく、無骨な顔つきだというのにニコニコと笑うからかどこか愛嬌を感じなくもない。

 その体つきも表情も、貴族の居並ぶこの場においては、色々な意味で異質だった。


「相変わらずそなたは欲がないのぉ。辺境伯殿も気を揉んでおったぞ」

「親父が……っと、すみません、父が、ですか? そういえば前もそんなこと言われたような……でも、俺よくわからないもので」


 マナー講師が目を剥くような言葉遣いをしながら、更にはとどめとばかりに頭をガシガシと掻いてみせている彼、ガストン・トルナーダはトルナーダ辺境伯家の三男。

 勇猛で知られる辺境伯家の中でも更に頭抜けた武勇を誇り、『歩く戦術兵器』『ワンマン・レギオン』などの二つ名を欲しいままにする男である。

 流石に、本当に一人でレギオン、つまり軍団を相手取れるわけではないが、それでも彼一人で戦場の流れを変えたことは一度や二度ではない。

 先陣を切って突っ込み、先端に斧が付いた槍、ハルバードを振り回して敵を薙ぎ払う様は人間のそれでは無く、相手側からは赤い竜巻などと呼ばれて恐れられているという。

 

 そんな彼であるから、これだけマナーのなっていない態度であっても咎められる者がいない。怖いので。

 まして、国王がそんな彼の気風を気に入っているのだから尚更どうしようもない。

 結果、それが気に入らない一部の貴族達はガストンを疎ましげに見るしかないでいる。

 おまけに今日は、更に不愉快な知らせがあるのだからたまらない。


「であるからして、今回はワシの方で褒美を用意した。

 そなたのこれまでの戦功を評価し、準男爵から子爵へ昇爵とする」

「ははっ、ありがたき幸せ! 謹んで拝命いたします!」


 国王がそう告げれば、ガストンは素早く膝を衝き恭しく頭を下げた。

 先程までの粗野な振る舞いはどこへやら、実に流麗な動きからのぴしっと文句のつけようがない礼を見せつけられて、好意的でない貴族達も言葉が無い。

 極めて高い運動能力と動作学習能力を持つガストンは、こういった身体を動かす礼法だけは得意なのである。

 その様子を見て満足そうに頷いた国王は、侍従へと目配せ。

 それを受けた侍従が一度奥へと下がった。


「それでじゃな、子爵ともなれば、いい加減所帯を持ってもらわんとならん」

「えっ、お、俺は所帯とか、要らないです」

「そういうわけにもいかんのじゃよ、法的にも慣例的にも」


 急に慌てふためくガストンへと、国王は首を横に振って見せた。

 子爵ともなれば家を繋げていく義務や夜会などでの社交が生じてくるのだが、その際には伴侶が必要となってくる。

 しかし、ガストンはいまだ婚約者もおらず、戦場での斬った張ったに明け暮れているのだから出会いもない。

 まるでそちら方面に興味が無いかの様子に、父である辺境伯もガストンを気に入っている国王も痺れを切らしたのだ。


「今回の昇爵によって、そなたには辺境伯領の近くにある領地が与えられる。

 街道沿いにあって、辺境伯領への物資輸送にも関係する要所ぞ。ここをよく治めることは、そなたの父や兄の大いなる助けになるであろう」

「うっ……ぉゃっ、父や、兄、の助けには、なりたいです……」


 兄貴と言いかけてどもりながら、ガストンは勢いのなくなった口調で答える。

 奔放で豪快な彼だが、父や兄のことは尊敬しており、いつか恩返しをしようと考えてはいた。

 そして、今回の昇爵がその好機となれば、断るという選択肢はなくなる。

 ガストンの性格をよく知る父、辺境伯からの入れ知恵である。

 

 しかし、ここに一つ問題があった。


「だけども、無理でしょう。お嬢さん方は皆、俺のこと怖がってますし」


 しょぼんとした顔で、ガストンが言う。

 これが、辺境伯家の三男で国王陛下の覚えもめでたき男に婚約者がいない理由だ。

 何しろこれだけの巨躯だ、普通の令嬢であれば見上げるような高さ。

 首が痛くなる以前に、そんな巨大な筋肉の塊を目の前にして平静でいられる箱入り娘などそうはいない。

 結果、今まで見合いは全敗、政略優先で結婚させられるくらいなら修道院に行くとまで言われたことも幾度もある。

 そんな苦い経験をしてきたガストンが、結婚に尻込みするのも仕方のないところだろう。

 そして、もちろん国王もその辺りの事情は把握していた。


「案ずるな、此度そなたに娶らせるおなごは、決してそなたを拒絶せぬからのぉ」


 その国王の言葉が合図だったのか、侍従が一人の女性を連れ来た。

 年の頃は二十前くらい、ガストンと年齢の釣り合いは取れているように見える。

 だが、それ以外があまりにアンバランス。

 風に溶けてしまいそうな程に繊細な色合いの銀の髪、折れてしまいそうな細い肢体。

 透き通るような白い肌、品のある顔立ち。……ただ、その顔色は蒼白に近いが。

 蛮勇の権化たるガストンの対極とすら言えるその姿は、存在しているのか怪しくなるほど幽玄で。


 その姿を見て、ガストンは目を見開いて言葉をなくした。


「この者は隣国レーベンバルトの王女、イレーネ・アデラ・レーベンバルト。今回の停戦において、両国友好の証としてこちらに来たのじゃ」

「えっ、レーベンバルトっていうと……」


 目を見開いたまま、ガストンはそこから口籠もる。

 レーベンバルト王国とは、彼が戦功を上げたこの戦争の相手国であり、敗戦国だ。

 そこからやってきた王女となると、その立場はガストンでも察することが出来る。


 事実上の、人質だ。


 更にその彼女を、勝利の立役者であり、子爵という極めて例外的な前例はあれども普通であれば王族と結婚するなど到底あり得ない立場のガストンに娶らせる。

 つまりこれは、見せしめも兼ねているのだ、相手に敗戦国であると思い知らせるための。

 その上ガストンという希代の英雄、絶対に血を次代に繋ぎたい男の婚姻問題まで解決するというのだ、一石二鳥にも三鳥にもなりうる手だろう。

 普段は気の良い国王だが、こういった手も打てる強かさ、冷徹さも持っている。

 そのことを察したガストンは、目を瞠ったまま、口を開く。


「……お、俺は、肉と酒が、いいです……」


 頭の処理能力がキャパオーバー寸前になった彼は、ようやっとそれだけを口にした、が。


「もちろん肉と酒もたんとやるぞ? だが、イレーネ王女も娶ってもらう。これは、王命でもあるからの」


 にぃ、と笑った国王は、政治家の顔をしていた。





「うう……どうしてこうなったんだ……」


 謁見の間から退出したガストンは、あてがわれた客室の中で頭を抱えていた。

 大柄な身体を丸めてしゃがみ込んでいる姿は、戦場で恐れられた英雄の姿とはとても思えない。


「どうしてもこうしても、大将がいつまで経っても身を固めないからでしょーが」


 呆れたような声で、側に控えていた優男が言えば、その言葉にぴくっと反応したガストンは、ゆっくりと振り返り、恨みがましそうな顔を向ける。


「固めるも固めないもないだろ、ファビアン。お前が大体いっつもかっさらってくくせに」

「いや~、俺としてもかっさらうつもりはないんですよ? でも、なんでか、ねぇ。いや~もてる男はつらいっすわ~」


 威圧感のある巨漢を前に、しかしまるで動じた様子もない彼はファビアン・シャッテンボッフ。

 男爵家の次男でガストンの幼なじみであり、今は彼の従者を務めている。

 明るめの茶髪、同系色の瞳。細面のスマートなイケメンで、ガストンの隣に立てばその優男っぷりが一層引き立てられる。

 まして、ガストンの巨躯に怯えた令嬢が目にすれば。


「皆してお前に助けを求めて、お前がそのままどっかに連れてって。

 いやいいんだけどさ、それでお嬢さん達の気が落ち着くなら」

「いや、いいんですかい、大将。そこでもうちょい欲出さないからダメなんじゃないです?」

「だめだろ、俺がそこで欲出したら。お嬢さんなんてぶっ倒れちまう」


 はぁ、とガストンは大きな溜息を吐く。


 ちなみにファビアンがガストンのことを大将と呼んでいるが、つい先程まで準男爵だったガストンが階級としての大将の地位にいるわけがない。

 あくまでも景気の良い呼び名というだけのものである。一応、ファビアンなりの敬意もほんのり入れてはいるのだが。


「んでも、今回ばっかりは俺もかっさらえないですし。っつーか、かっさらったら俺の首が飛ぶし。

 良かったじゃないですか、これでやっと所帯持ちですよ?」

「良くないって。お前は見てないだろうけど、めちゃくちゃ細いんだぞ。

 俺が触ったら、腕も腰も折れちまうって」

「へ~、そんなに。……いや、大将だったら大体折っちまえる気はしますけど」

「だからだよ。だから、嫌なんだけどなぁ」


 ガストンは、また溜息を吐く。


 戦場にあっては無双の力を発揮するガストンだが、だからこそ女性の扱いには苦慮している。

 何しろハルバードを振り回せば大の男すら吹き飛ばすのだ、まして女性など。

 それをよく知っているから、ガストンは出来るだけ女性に近づきたくはない。


「だから、肉と酒が良かったんだけどなぁ……」


 ぼやくけれども。

 貴族の義務としていずれは婚姻しなければいけないこともわかっていた。

 ただそれが、こんなに一気に決められるとは、全く思ってもみなかっただけで。

 しかも、王命によるものとなればどうしようもない。

 そんなガストンの慰めになるようなことを言える者は、いなかった。

※ここまでお読み頂き、ありがとうございます。

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