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8話



 屋上と一口に言っても我が高には複数ヶ所該当する場所がある。全てしっかりと施錠されているので一般生徒が気軽に入りこむ事はできないようにされている。

 そのためわざわざ屋上近くに寄りつこうとする輩はそういない。静かな場所でじっくりと腰を据えて話をするには悪くないチョイスだ。

 いつも使っている資料室でもいいのだが、先輩が指定して去ってしまったのだから仕方が無い。さっき寄って資料室の鍵は開けておいたから美野沢は美野沢で勝手にしてくれているだろう。

 階段を昇って目的地にたどり着くと、先輩は床に座って携帯をいじっていた。仮にも先輩を待たせてしまったのはよくないよな。これも反省して次からは気をつけよう。俺って偉い。だから別に謝らなくてもいいよな。


「おう、来たか。ここじゃなんだし、出るか」


 屋上へのドアを親指で示す先輩。鍵は? と目で尋ねると先輩はにかっと自信ありげに口を吊りあげた。

 先輩は制服の内ポケットに手を突っ込みながらドアの前に移動した。間もなくがちゃりと音がして、あっさりと屋上の閉鎖は解かれた。俺に対してひらひらと見せびらかしているそれはどうやら屋上の鍵のようである。


「どうしたんです、それ」

「これか? 不注意な教師ってのはいるもんでよ。刺さったままの所を清掃の時間に偶然見つけてな。こっそり持ち帰って合いカギ作っておいたんだ」


 誇らしげに語る姿に俺は


「そうっすか……」


 気の無い相槌だけをしておいた。



 普段利用している一角なのだろう。その一帯は汚れが少なく、先輩はフェンスに背を向けてそこに座りこんだ。俺は何となくそうしたくなかったので、少し離れてフェンスに体重をかけつつ立っている事にした。


「まだ名乗ってなかったよな。俺は三年の宮下透だ。よろしくな」

 よろしくするかはまだ決めかけるが、名乗られた以上は名乗り返すが礼儀。

「二年の秋里仁です。えーっと、宮下先輩はどこで俺の事を知ったんですか」

「ん? ああ、まだ言ってなかったっけか。そうだよな、唐突に知らない一個上の人間に名指しで呼ばれるとか驚いて当然だよな。昨日は悪かった」

「それはまあ、いいすけど」


 頭を下げられた方に驚きだ。見た目に似合わずやはり真面目な気質のようである。特に先入観を持っていたつもりはないが、どこかでそう思ってしまっていたらしい。全くいかんね、これは。

 見た目で人の印象を決めつけてしまうというのは、建前上は否定されるような在り方ではある。しかし、誰もかれもが本音のところでは自然とそうしてしまっている。

 第一印象とはそれに対してのスタンスを決めさせる類のものではなく、単純にそれへの興味の度合いを左右するという意味で重要なものだ。例えば、実際に読んでみれば最高に面白いとその人に思わせる内容の本でもタイトルで興味を惹きつけられなければ手に取られはしない。評価されないならまだマシなほうで、勝手な偏見をぶつけられる事さえある。逆にキャッチ―なタイトルやコピーで売り抜くというやり口でベストセラーになったりするパターンもあるが、内容が伴っていないと後の評価で散々となる。

 人の場合もこれとさほど変わりはしない。社会人になっても公的な場所では露骨な差が起きないだけで、水面下でははっきりと明暗が分かれる。それでもその差をどうにかする機会自体は掴む努力をすれば得られるし、成果を客観的に判断して評価してくれる。私的な部分はどうかは知らないが、少なくとも公的な部分でならそれがある。


 だが、この小さな小さな共同体では、それはほとんど起きない。はじめの印象でほぼ全てが決まり、そいつの属する位置づけが出来あがる。その後はその位置づけに沿った役割や立ち位置を求められる。実際の性格や趣味嗜好とは無関係に。

 俺はそれが気にいらない。自分も完全に排せているわけでもない癖に、そんな風に思うなんてのもアレだが。結局、俺もまだまだなのだ。


「どうかしたか?」


 気遣うようにこちらを窺ってきた宮下先輩には曖昧に笑っておいた。


「ああ、で俺が秋里の名前を知った理由だったよな。直接名前を知ったのは後輩伝手なんだけどな。きっかけはこいつだ」


 そう言って携帯を操作すると、目的の画面になったのか俺に差し出した。受け取って眺めてみると、最近俺も目にしたものだった。


「QP、ですか」

「あれ、お前も知ってたのか。そう言えば二年の間ではそこそこ有名らしいなこれ。俺もこのサイト自体は結構前から登録していたが、こいつを知ったのはそんなに前じゃない」


 携帯を宮下先輩に返す。口ぶりからして他の学年にはQPは知られていないのか。という事は友達承認に連なっていたアカウント達は現在二年生のものと推理できる。詳しい事は弓塚が調べ上げているだろう。


「これに書かれてるのも俺の代のは少ないみたいだから、仮に知っていてもそんなに盛り上がる事もなかったんだろ」


 なるほど、もっともだ。とすれば、


「ここに書かれてるのは現在二年のものがほとんどって事になるわけですよね」

「なるわけですよねって、お前の学年の事だろ」

「いやあ、俺はちょっとその辺り詳しくないというか、そもそも情報がまわってこないといううか……」


 そっと目線を逸らしてわざとらしく首筋をかいてみせると、どうやら察してくれたようだ。理解の早い人で助かる。


「……ともかく、確認は後でするとして、そうなんでしょう。それで、三年生の方で注目されてた訳でもないこれをチェックしてた理由ってのが――」

「――そうだ。美野沢らしき人物が書かれた日記が何度も更新されてたから、ちょっと気にしていたんだ」

「美野沢、さんを気にしてた理由というのはなんです?」

「中学が一緒でな。俺はバスケ部に入ってたんだけど、あいつはそこでマネージャーやってた。でまあ色々あったんだが――先輩後輩じゃなくて友達位の感覚で話す仲だったんだよ」


 なんだ、ただのリア充か。俺なんて中学はソフトテニス部に入ってたけど、男女間で対立しててぎすぎすした空気しか味わなかったぞ。そこで女子の現実見ちゃった気がする。


「その色々の中にあまり話したくないような事もあって。あいつ、今でもおどおどしてる感じあるか?」

「俺もよく知ってるわけじゃないすけど、まあ見た限りだとそんな印象を受けるでしょうね。びくついているというか」

「そうか……。まだ立ち直れてないか」

「話の流れ的に、その色々って奴が関わってるんすかね。教えてもらっても?」

「まあ、そうだ。だけど勝手に話していいものかどうか」

「ざっくりならいいんじゃないすか。実はですね、今調査部ってのに俺も美野沢さんも依頼してまして――」


 少なからず過去やプライベートについて知る機会が今後出てくる事を告げる。依頼についてもう少し聞きたげだったが俺の質問を優先させてもらった。


「じゃあ概要だけ言うとだな――」


 宮下先輩の言葉を大雑把にまとめるとこういう話だ。中学時代も男子に人気のあった美野沢は、同じように何人もの男子から告白された。一人や二人だってんなら振られたというのは自分の恥になるし、告白した事をひた隠しにしただろう。しかし、その数が多くなるとどうだろう。単独ならそれでも大きな変わりはない。しかし、そこにつながりができた。誰かがそのつながりを被害者の会と呼んで面白がった。彼らが声高に美野沢を非難するようになっていったのは一種自然の流れといえよう。人は集団になると平気で他者を踏みにじれてしまうのだから。


 はじめの内は友人の女子らに庇われていた彼女だったが、段々とその友人たちも離れていってしまった。被害者の会には上級生らも交じっており、余り素行の良いとは言えない輩も含まれていた。少しずつボルテージの上がっていく集団と対していて、そこに危険性を感じてしまうのは仕方のない事だ。誰だって自分は可愛いし、その行動を悪だとか薄情だと断ずるのは簡単だが、当事者ならぬ者だから言える事だ。だからと言って容認していい事でもないが。


 そうして彼女は孤立していき、部活にも顔を出さなくなり、出席も減っていった。一般的な流れに沿うならば、そうして不登校になっていくのだろう。コミュニケーションをとる事無く学校に通うのは、自分が普通の範疇だと思っている人間にとってはとてもじゃないが耐えられない。それがどうした、と開き直ってしまえるのは普通の道を諦めたり、不要と切り捨てたり、何かを極めようとしたり、そうして己自身に依って立てるようになった人間位だ。それが良い事なのかはわからない。そうしなければ立っていられないだけなのかもしれない。だが、少なくとも俺はこう在るのが俺の道だと変に胸や肩肘張る事もなく言える。確実なのはそれだけだ。


 ともあれ、普通な彼女はドロップアウトしかけた。そうならなかったのは、宮下先輩の存在が大きいようだ。このあたりは照れ臭いのかなんなのか誤魔化しながら語っていたが、なんでも不登校なりかけの美野沢の下に毎日顔を出し、愚痴や思いのたけをきいてやり、果てには被害者の会のメンバー一人一人と話して説得していき解散までさせたらしい。なにこの人、男前すぎるんだけど。


「俺は大した事をやった訳じゃない。見ていられなかっただけなんだ。誰かがはっきりと悪意を持っていたわけでもない。いきすぎた行為を、誰もたしなめようとしてこなかった。誰かがそれをやっていたら、それが俺じゃなくてもあいつ等は止めていたよ」


 なんだか台詞まで男前に聞こえてきた。大したことじゃないと言うが、十分大した事をやったもんだと俺は思う。それに、大したことじゃないと言ってしまうのは、その程度の事もしてこなかった中学の友人らの立場をなくすし――彼女が、その程度の事さえしてくれる友人を持っていなかった事になってしまうのではないか。

 そんな経緯もあって宮下先輩に美野沢はなついていったようだ。よく話していた仲というのも納得である。しかし、そんな仲だったら高校でも継続するのではないだろうか。そういった様子ではないようだが。

 その事を聞いてみると宮下先輩は困ったような顔をした。


「それが俺にもわからないんだよな。高校でもバスケしてるから、入学当初あたりに部活見学にきてくれたんだけど、それっきりでな。学校で顔を見かけてもなんだか避けられてるみたいで……」

「それだけだと謎ですね」


 それっぽい想像はできるが、情報が抜け過ぎていて空想・妄想のレベルでしかない。

 ともあれ、一つの疑問が氷解した。美野沢に近しい人間だったなら何故直接聞きにいかないのかと思っていた。だが、そんな態度を取られていたんじゃ如何に中学時代に行動していた人間であってもためらう。俺だったら避けられたなら確実に嫌われてるんだなってまで考える。


「で、こんなところでいいか?」

「ええ、大分きかせてもらったんで」

「じゃあ今度はこっちから質問させてもらうぞ」

そう言って宮下先輩は座ったままの姿勢でこちらに体ごと向き直った。

「お前とあいつの関係ってなんなんだ?」


 その眼差しは鋭く、人に嘘をつかせない力強さを持っているように見えた。まあ、俺はここで嘘をつく気も、理由もないから関係ないけどな。


「QPの日記見たんですよね。最近のまで見たから俺の事知ったんでしょうから」

「ああ、そうだ。ただあれには最小限の事しか書かれてないからわからない事が

多くてな」

「でしょうねえ。余計な主観は極力省いてるみたいですし、その場合はそうわかるように書いてるようですから」

 脚色をしてないわけじゃないのがミソ。

「だけど、俺は本当に告白したされたの関係ですよ。冗談の類でしたけどね」

「冗談?」


 俺は偽告白を受けた時の事、噂が学年中に広まった事、それを不審に思ったために調査部に俺と美野沢が依頼した事を経緯を含めて伝えた。実際は罰ゲームを実行したのだという事は話さず、適当なそれっぽい別の理由をでっちあげておいた。実際に騙された人間はおらず、当人の俺がそれで良いと思っているのだ。要らぬ所で誰かの印象を悪くせずとも良い。


「そうだったのか……」

「納得してもらえましたか。そろそろ昼飯食ってきたいんですけど」

 時計機能で確認すると昼休みも半分以上過ぎている。今から教室行って資料室に向かうのも面倒だな。偶には教室で食べるか。

「ま、待った!」


 ドアに向かおうとしてると呼び止められた。それとも教室で食べるのに対して待ったなのか。アウェーに飛び込む危険性を考えてでもくれたか。一応あそこホームなんだけどな。


「その昼食についてなんだけど、美野沢と一緒にとってるってのは本当なのか」

「それはまあ事実ですけど――どこでそれを?」


 前にも言ったが基本会話がないあの状況を一緒に食べていると果たして言えるのかは疑問でしかないが、一応外見的にはそうなるのだろう。それよりも、その情報の出所が気になる。


「どこってそりゃあ――これだよ」


 そう言って見せられたのはさっきと同じQPのアカウントだ。そこから画面を遷移させて日記のページに移る。最新の日記は二日前の夜に更新されたばかりのようだ。そこにはこう書かれていた。

『振られたはずのMと振ったAとが校内で一緒に食事をとっている姿を見つけた。それも密室の部屋に二人きりで。ひょっとしたら誤報を書いてしまった可能性がある。先日の日記と併せて不確実なものとなってしまった事をここでお詫びする』

 詫びる相手が違うんじゃないのかと小一時間説教してやりたい。

 一体どこから見られていたのだろう。あの資料室は一階にあるから外から窓ごしに覗けはする。しかし、位置的に大分奥まった所にあるため、わざわざ覗こうと思ってこない限りは窓から見るのは無理だ。何かのついでで通るような場所でもないしな。

 じゃあ廊下側からかというと、こっちもこっちで首をかしげる。特別棟を部室にしている生徒が居るとはいっても、あの資料室近辺ではない。声や気配が気になるどころか物音一つ立てない時だってあるほどで、むしろ誰も居ないんじゃねって思われてもおかしくない位だ。


「頭痛くなってきたな……」

「さっきの話も本当なんだろうけど、これはどういう事だよ。その密室だとか、二人きりだとか――」

「言葉に興奮しすぎです。詰め寄らんで下さい、近い近い」

「――っと、悪い……」


 二、三歩下がって軽く深呼吸して落ちつこうとしてるけれど、どうも俺の言葉だけでこれも納得してくれるか不安だな。実際に来て見てもらった方が早そうだ。


「なんだったら明日の昼休み来てくださいよ。その方がよさそうだ」

「それは、いいのか」

「別に誰の許可が必要とも思えませんけどね、あそこは。強いて言えば俺の許可くらいかな」

「だけど、ほら美野沢もいるんだろ。俺は何か、避けられてるみたいだし。行ってもあいつが迷惑に思うんじゃないかなって」


 そう言って宮下先輩は右下に視線を向ける。一転してうじうししだしたな。

 このまま付き合うのも時間が無駄に過ぎるばかり。多少強引にいかないとますます飯を食う時間がなくなってしまう。


「それだったら扉の窓からでも覗いて判断してください。特別棟一階の第二資料室ですんでよろしくどうぞー」


 まだぐちぐち言っている宮下先輩を置き去りにして、俺は屋上から去った。

 俺が居なくなっているのに気付いたのだろうか、階段を下りてる時に何事か叫んでるのが耳に届いたが、聞かなかった事にしておいた。



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