7話
「もっと早くに言ってくださいよ、こういうのは」
調査部の部室に顔を出して、朝の挨拶の次に出てきたのは弓塚の目の笑ってない笑顔だった。口元もひくひくしている。
「関連性がない情報が増えても取捨選択に困るだろ? 実際のところ、この画像の奴が一件に関わってくるのかはまだわからんし」
「それでも、何がつながってくるかわからないんですよ。秋里さんで止まっている情報が実は重要なパズルのピースになる可能性だってあるし――」
的確な指摘には俺も押し黙るしかない。俺もそういう事があるってのは理解しながら黙っていたのでぐうの音も出ない。
「まあ、そう言われると調査の邪魔しちまったみたいで申し分けないな」
「それだけじゃありませんよ!」
突然大声出すんじゃない弓塚。一緒に机も叩いたもんだから倍率ドンでさらにやかましい。
「いいですか秋里さん。確かに私たちは別に友達という関係じゃないでしょう。そういう物差しで言ったら顔見知りか知り合いあたりが妥当な感じで」
「知ってるか? 真正面から友達じゃないって言われるのって、人によっては寝込むくらいショックらしいぞ」
「その位の関係なら突っ込んだ事を聞いたり頼ったりというのはなかなかないでしょうね。しかしですね、ええしかし。秋里さんと私たちは依頼した側と請け負った側という関係性もあるんです」
ガン無視ですかそうですか。
「請け負った私たちには責任があるんです。その責任の中には、ハードボイルドな探偵ではありませんが、依頼人を守る事も含まれていると考えています。噂を抑えるという精神的なものだけでなく、その身辺を危険にさらさないという肉体的な事までです」
勇ましいもので、その姿勢は賞賛に値する。俺としても嫌いではない。
そんな余裕や手間がとれるか疑問ではあるが。最優先すべきなのは現在学内で広まっている噂への対処なのだし。
「いちいち全くもっともですよ。秋里さんが言っている事は別段間違っていません。実際私たちは情報を集めるのに手いっぱいでしたしね」
「なら、反省するからそれでよしとしてくれ。依頼人として頼んでいるというのに情報を隠してるなんて、責められても仕方が無い事だしな」
なんだったら反省のポーズをとってもいい。猿回しの猿よりもスタイリッシュ且つエクセレントに決める自身がある。
「――どうして。どうしてそんなに自分を除外して考えるんですか。なんで自分の事だからって全部抱え込もうとして――」
「――弓塚。反省してるんだ。二度も繰り返すほど学習能力がないわけじゃないさ」
「……知り合い程度でも、それなりに付き合いは長いんです。心配くらい、させてください」
彼女は絞り出すようにそう言った。俯きながらだったのでその表情から考えを読み取る事はできなかったが、言葉だけでも受け取れるものはある。
それでも俺は、俺自身で選択から責任までを負いきれるならば、全て俺自身の内におさめてしまいたいのだ。それがどれほど傲慢でも。それがどれほど強欲であっても。
どうか独りよがりであっても、誰かに迷惑がかからないのならば許してほしい。我がままで身勝手で、だだっこのような要求であっても。
それきり沈黙が空間を支配した。
これ以上ここにいても仕方が無い。俺はゆるやかにその場を離れた。
去り際に弓塚から、
「QPの日記が更新されてたので、見ておいてください」
「そか、わかった。調査、引き続き頼むな。なんだかんだでお前らの能力を頼りにしてるからさ」
俺は背中を向けていたので反応を見れなかったが、頷きを返してくれたような気がした。
特別棟の廊下を歩きながらため息をつく。どうにも意図せずに心を痛めさせる事になってしまった。後悔はないが、反省する必要はある。次をもっと上手くやるために、駄目だった点を考える事は不可欠だ。
それは前に進めなくなったかつての自分と向き合うのにも似ていて、やり慣れた行いである。
なあに俺にかかれば反省なんてちょろいもんさ。などと適度にふざけて心のバランスを取りつつ、予鈴が鳴るまでの時間をどう潰すかに頭を切り替えた。
そうだ、さっきQPの日記に更新があったって言ってたな。
携帯電話を取り出しながら廊下の端に寄る。窓に上半身をくっつけつつ内容を確認するために、ブックマークに登録しておいたQPのアカウントを開く。
日記の項目をタッチして目を通そうとした時だ。
「見つけたぞ」
低い声と共に肩にばしっと手がおかれた。
反射的にそれを払いのけ、前方に倒れこむ勢いを使って距離をとる。同時に体を捻って振り返る。とっさの反応としては上々である。日々脳内でシミュレーションしてきた甲斐があった。使う機会があるとか全く想定してなかったけどな。
俺の体に触れてコミュニケーションをとってこようとするのなんて、クラスメイトが俺の名前をよく覚えてないから呼びかけ難くて迷いながらもとりあえずちょんちょんと叩いて気付かせる位しかまずない。比較的友好的な彼らの可能性は、強めに置かれた段階でない。親密さからくるボディタッチの線を考える必要はまったくない。よって友好的な相手ではない可能性が高い。だからこんな大げさな対応をとっても特に問題はないだろう。早とちりだったら笑い物にしてもらえばいいだけだし。
はたして俺の推測は、おそらく当たっていた。というのも、友好的というわけではなさそうだが、敵対的というわけでもない相手だったからだ。
俺の動きに驚いたのか、そいつはぽかんとした顔をしていた。念のためにいつでも走り出せる準備をしながら話しかける事にした。
「ええと、昨日の先輩ですよね? 俺に何か御用ですか」
リカバリに数秒を要しながらも先輩は平常心を取り戻したようだった。
「あ、ああ……いや、驚かせたなら悪かった。お前が秋里――仁でいいんだよな」
「ええそうですよ。いやあ、昨日はすいませんでした。ちょっと急いでいたもんですから、つい口が動いちゃいまして。申し訳ないなーとは思ったんですけどね」
形ばかりの愛想笑いを浮かべながら口から出まかせを並べたてる。相手の目的がなんなのかわからない以上、とりあえずこうするのが適当だ。嘘臭いと思っても理由らしい理由を立てて置けばそれ以上追及はできない。
「……そうだったのか。まあ、それならしょうがないな」
「そう言ってもらうと助かります。それで、俺に何用ですか」
「ああ、それなんだけどな。早雪の――美野沢早雪について聞きたい事があったんだ」
昨日の俺の嗅覚はどうやら外れてなかったらしい。今の言い直し方から察するに、美野沢を知る、もしくは近しかった人間のようだ。
色々と説明を要求されそうな気がするので、正直けむに巻いてとっとと切り上げたかった。昨日までの俺だったら、多分そうしていた。
脅迫文の送り主という形ではっきりと現れた何者か。そいつに俺は目をつけられた。美野沢に関わるなと警告されたわけだが、何を持って関わった事になるのかなんてそいつの主観でしかない。俺が素直に従ってみてもそれで相手が納得するかなど、わかるはずもない。だからこそ、俺は自衛のために美野沢についての情報が欲しいのだ。
相手の用件もそれならば、今となってはむしろ渡りに船だ。
「いいですよ。こっちもちょっと質問したいんで」
「ん、そうか。それじゃあ――」
先輩が言いかけた所でチャイムが鳴り始めた。携帯で確認すると予鈴時刻になっていた。
「――ああくそ。じゃあ昼休みだ。ここの屋上前の踊り場に来い、忘れんなよ」
そう言って走り去っていった。なかなかに真面目な性格らしかった。
俺も俺で、あせらないあせらないと徳は高いが形式上は破戒僧とされていたお坊さんの如くゆったりとした足取りで教室へと足を進めた。
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