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4話

 意気込みを示したはいいもののすぐに俺がどうこうする事があるわけでもなく。美野沢への意思確認に付き合うのにも邪魔にしかならないと判断されたのか、昨日の放課後はそのまま帰宅することになった。まあ、告白したされた奴らが会うってのも燃料注ぐような行為だしな、当然と言えば当然の判断。




 今日も特に呼び出しを受ける事も無いのであちらに任せておくしかない。正直言ってやる気こそあれど、解決するなら別段俺が無理に関わるような必要性はない。手伝いがいらないってんならそれだけスムーズに事が運んでるわけだし。


そんなわけで昼休みの今、第二資料室を常通り占拠しているのだった。




 やる事がないと人は堕落する一方だそうだけれど、そう決めつけるものじゃない。なるほどただぼうっとして時間を過ごすだけではそうもなりそうだ。が、俺は知っている。案外人はそういう風に見える時でも思考をはりめぐらしている事を。だから俺がこうやって椅子に完全に背を預けてだらけきった姿をしていても、実際は内部で緻密な計算を行っている事だってある。あるんですよ、ほんとですよ。


 これどこまで預けられるんだろうなと首を曲げてだらけの限界に挑戦しているとがらっと扉が開く音がした。


 こんな場所には間違っても入ってくる人間はいない。極々まれにある訪問者は、新聞部の顧問という役を押し付けられていた教師だけで、それもここしばらくはなかった。


 珍しくやってきたのかと姿勢を正す事も無くそちらに顔を向けた。だがそこに居たのは不機嫌さを全身で表している若手の女教師ではなく、噂の渦中の人、美野沢早雪だった。




「んはぁ?」




 予想外の訪問者に甲高い声をあげてしまった。我ながら気持ちが悪い。軽く体勢も崩して危うかったし、醜態だ……、




「は、入ってもいいかな? あのその、ノックはした方が良かったよね。ごめんね気付かなくって、余計な所にばっかり気がいく癖にこんな所にはまわらなくってそのもう」


「いや、気にすんな入っていいよ。ってか、今のは完全にこっち側の問題だったからな。でもノックはしろ。母親とかになってから気まずさをつくらないためにも今後は絶対に絶対しろよ」




 ほとんどの親子の反抗期が起きるきっかけって時期的にもそれなんじゃないかって思うんだ俺。息子が何やってるかわからないのに突然ドアを開けて入ってくるってマナーとしてどうなの? 一人の人間として扱う気はないの? 状況次第ではそれされたら発狂するまであるよ。俺の母親はその辺気をつけてくれたからしなくて済んだけど。




「うん、わかったよ……えっと、お邪魔します」




 おずおずと美野沢は部屋へと足を踏み入れた。俺の名誉のために言うと、俺の存在を恐れてのためらいながらの行動ではなく、慣れていないと足の踏み場を探して進まなければならないこの部屋へ入ることへのためらいだからな。そのはず、だよな。危ない人とかって設定ついてないはずだし。


 それでも長机周辺は片付けてあるのでいくらかはすごし易い。俺は窓際に重ねて置かれていた椅子を一つとって置いてやった。少し迷ったようだが彼女はそこに腰かけた。




「で、何の用なの? わざわざこんなとこ来る用事とか思いつかないんだけど。見ての通り荒れほうだいだからお構いできないぞ? お茶漬け位しか用意できないよ?」


「いきなり追い返そうとしないでよ……。話を切り上げるどころか始まってもいないよ」




 ちょっと露骨すぎたか。ついてこれる辺り意外に知っているなこの子。でも実際京都の人ってみんなお茶漬け食べますとかって言わないらしいね。あれって言葉の裏を読みあうやりとりを揶揄する例として有名なだけなんだってさ、どうでもいいね。




「そのね、昨日弓塚さんがきて、少しお話しをしたんだ」


「あー、ってことは大体の事は聞いたんだな」


「うん。私も気になっていたから、その、調べてもらう事にしたんだ。なんだかあっという間に全く知らない人にまで噂が広まっていてびっくりしたから……自分でやっておきながら勝手な話だけどね」


「いいんじゃねえの。やられた方の俺としては謝罪もらえたからあれ自体はそれでお仕舞いだと考えてる」


 罰ゲームを考えた人間の方からは何も聞いてないから絶対に許す気はないがな。


「うん、本当に、ごめんなさ――」


「だからいいって。一回でいいんだ。何回もされたらそれは逆に嫌味にしかならない」


「――そうだったね、うん。こういう時はありがとう、だよね」




 えへへと頬をかいて穏やかに彼女は笑う。いちいち仕草がなんというか、そのあれだ。あれったらあれなんだよ、別にいいだろ。




「それで、調査部に依頼したってのはいいけど、それとここに来るのと何の関係があるんだ?」


「関係ないって、秋里君は調査部の人じゃないの?」




 おいおい質問に質問で返すなよ。テストでやったら0点が付くのを知ってるか。まあ、これでマヌケ認定してると大多数がそうなるので気にしない。




「俺はあそこの部員じゃないよ。名目上は新聞部に所属してるって事になってる。ここがその部室な」


「新聞部、新聞部……聞いた事がある気がするけど」


「まあ、記憶には残らないわな。気にしなくていい、どうせ活動してないからって俺が勝手に使ってるだけなんだからな」




 実際この部屋を一番使ってるのが名簿上の存在だったはずの俺って位に他の部員寄りついてないし。




「こっちは答えたんだから次はそっちの番だ」


「私が秋里君を訪ねてきたのは、改めて謝りたいって事もあったんだけど。ああ、もうごめんなさいって言わないよ。もう一つ理由があって――そのう」




 何が言い辛いのか、もじもじと手遊びをしている。そのまま微妙な間が空いて、このままだと無駄に時間が過ぎるばかりに思えたのでこちらから聞いてやる。




「別に何を言われたってそうそう怒ったりはしないから言ってみろよ。こっちは最近も罰ゲームの告白をはいそうですかと流した実績持ちだぞ、ん?」


「うう、いじわるだよ秋里君。じゃあ、そのお願いしたい事があるんだけど」




 組んでいた足を組みかえて心なし偉そうにふんぞりかえってみる。俺としては話を聞こうという体勢をとったつもりなんだが、これどう考えても嫌な奴の態度だよな。


 机をはさんで向こうに居る美野沢と正面から向かい合う形になったが、また数秒間が空いた。また促した方がいいのか、と思ったが今度は不要だったようで彼女は口を開いた。随分とためをつくったものだがどんな事を言い出すのやら。


聞き流そうと思いながら耳を傾けた俺だったが、すぐにそれは間違いだったと気付く事になる。




「あの、今日から私もここでご飯食べてもいいかな?」


「あーはいはい……は?」




 俺はそうとう間抜けな顔を晒した事だろう。






 美野沢の話をまとめるとこういうことらしい。


 件の噂は沈静化するどころか依然としてその鮮度を保ち続けているらしく、日々その影響が強くなってきている。告白の翌日は、つまり俺が何気なく確認した時にはそれほどの影響が無いように見えたのはまだ面白がるだけの土壌が出来あがっていなかっただけだったようだ。


 それもあれから数日経ってくると十分なものになっているらしく、食事中にも関わらず好奇心半分いじる気半分で直接聞いてくる輩が絶えないとのこと。美野沢自身落ちついて食べる事ができないし、何よりも騒がしくなって友人たちに迷惑をかけてしまっているというのが一番こたえるのだという。


 確かに俺もそんな状況になったらいたたまれなくなって昼休みくらいは独りになった方がいいのかな、とか考えちゃうだろう。




「それで、手頃な食事場所がないか弓塚に相談したら、ここを紹介されたって事でいいのか?」




 俺への断りもなしにそういうことをされるのは困るんだが。本当にもう少し俺への気遣いというものをしてくれれば大変助かる。




「それで合ってるよ。普段からここを秋里君が使ってるっていうのは聞いてなかったけど……」


「ああその辺聞いてなかったのか。あいつも何を考えてるんだか」




 噂の当事者を一か所に集めるとか面倒事が起きる予感しかないぞ。


 いや待てよ。これはつまりそういう可能性があるのを理解したらとっとと出ていけと言う事を暗に伝えているのか、俺に。横暴過ぎないかあいつ。




 だが合理的ではある。美野沢に対しては遠慮もなにもなくちょっかいかけてる連中が居るみたいだが、今の所俺に対して何事か言ってくるような相手はいない。いるにはいたのだが、俺がつまらない反応をしたからなのかそれ以降は遠巻きにくすくすとやられるだけだ。慣れていない人間にとってはこれもそれなりに効くのだが、幸いといっていいのかは疑問ではあるが、俺にはそんなに効き目がない。


 その辺りをわかっているからこそ、この部屋を紹介したんだろうかね。調査部の部室を使わせるにしてもあいつはあいつで昼休みも調査に乗り出しているからわざわざ部室を開けに行くような暇はないだろうしな。




 なんだ、結論は出ているじゃないか。彼女にここを使わせるのを断って、間接的に精神を疲弊させる原因になるのは俺の趣味じゃない。俺の行動のせいで誰かが嫌な思いをするのは避けたいのだ。俺自身の心の安定のために。




「さっきの話だけど、別に構わない。俺に決定権があるかは疑問だが、まあ一応先住者の言葉なんだからそれなりに法的根拠になるだろ」




 ネイティブの人間だまくらかして得た言葉でも土地を所有する根拠になる位なんだから問題無い。むしろふてぶてしい態度をとっていいまである。




「じゃ、その辺にあるもの勝手に使っていいから」




 それだけ言って昼飯の入った袋片手に席を立つ。善は急げである。しばらくここが使えないのならば仮初めの居住地を探さなければ。千年単位で放浪してしまう。




「あ、あの! なんで自然に秋里君が出ていく流れになってるの」




 何だこの子は。頭の回転が鈍いってわけでもあるまいに。俺が導き出した完全な結論と弓塚の意図する所に食い違いはないはずだ。ああ、それともあれか。一応引きとめっぽいのしておかないと道義的にまずいからポーズだけでもってことか。




「ああ、そういうのいいから」




 軽く左右に手を振って示してやる。どうせこの一件が済めば関わりなんてなくなるのだから変に気を遣うだけ無駄である。俺としてもそんな気遣いはされるだけおっくうだ。


 そう思ったのだが、どうやら向こうは本気で言っているらしかった。




「だ、だめだよそんなの! 私が押し掛けてきた側なんだから、筋が通らないよ」




 意外にも筋や道理を大事にするタイプのようだ。まあ確かに、これで俺が出ていったら少しは申し訳なさとかを感じるのが人情という奴だろう。そんなに持続しないだろうが、それをつくった要因に俺がなるのは勘弁だな。




「……俺もここに居ていいの? 迷惑じゃないのか」


「迷惑だなんて、そんな。私の方こそご迷惑じゃない、かな?」




 ちらちらと上目づかいに美野沢はこっちを見てくる。なんだかんだで人気があるだけあって、それはなかなかに破壊力を秘めたものだった。そんな子に、そんな風に聞かれて。迷惑か迷惑じゃないかなんて、そんなのは決まってる。




「迷惑に決まってんだろ。なに言ってんだ」


「きっぱりと!? その、こういう時って迷惑じゃないよ。困った時はお互い様だよ、みたいな事を言うものじゃ」




 本当になに言ってんだこいつ。映画やドラマの見過ぎで脳の構造が随分ご都合の良い事になっているらしい。


 前にも考えた事があるが、この資料室を安住の地と思えているのは学校と言う空間の中にしては、制約というものが大分ゆるくなっているからだ。ある程度までは誰にはばかることなく好きなように振舞っていられる。


 それは周囲に人気がないかつこの空間に俺以外の他者が居ないってことが条件だ。だってのに他人がまじってくるとか、要素全部ぶち壊しじゃないか。




「自己主張ははっきりしましょうって昔通信簿に何度も書かれたもんでな。俺は根が真面目だからしっかり反省して実践してるんだ」


「反省のしどころを間違っている気がするよ……」




 一般的に考えれば間違っているのは知っているが、俺はこれで良いと思っている。俺の判断以上に俺自身に有用なものはない。ゆえにどこにも問題はない。流石俺、一分の隙もない論の展開だ。ほれぼれするぜ。


 向こうでうううとか何とかうめいて涙目になっているが俺には何の関係も無いな。とりあえず、ここを出ていかなくて済んだんだ。さっき考えたリスクは、まあそのレベルのモノ好きがいない事を願うばかりだ。




 椅子に座り直して先ほどしまいこんだサンドイッチを取り出す。またしても形が崩れてるのが気になったが腹に入ってしまえば同じだ。些細な事に気を取られ過ぎるのは心の贅肉である。そこまで望んで繊細になることもないだろう。




「いいのかなぁ……ううん。あの、秋里君。じゃあお言葉に甘えて少しの間、お世話になります」


「ああ、よろしくどうぞ」




 かくして、何の因果か奇妙な関係の食事相手が生まれる事になった。

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