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3話

 用は済んだが食事は済んでいない。やる事やったと気持ちが満たされただけでは午後からの授業に支障が出てしまう。俺の腹の虫が鳴ると誰ひとり反応する事無い微妙な空気が流れてしまう。




 そんな情けない話が起きないためにも俺はいつもの場所へと足を向けていた。特別棟の階段を下って一階へ。そしてそのまま廊下を突きあたりまで進んだ右手にその部屋はある。いや、部屋と呼んでいいのかは疑問なのだが。


 なにせ扉の小窓から見えるのは雑然とした内部の様子だけ。これは倉庫と呼んだ方が的確なのではないだろうか。





 一応の名称は第二資料室。第二という名が付いてはいるがほとんど使用されてはいない。なにせ職員棟にある資料室の方が広く綺麗で、必要になる資料も揃っているからだ。じゃあ何のためにこの部屋が存在するのかと言うと、処分するわけにはいかないが、どう考えても資料室のスペースを割いてまで陳列する必要のない書類などを押し込めておくためである。


 棚に収納されている分は見やすく整理されているため、なんとか資料室の名目は保てているが、それもそこらじゅうに積み重なっている段ボール箱の山で台無しである。


 この文書の墓場はあまりの使われなさに、整理作業を行う事を条件として昨年創設された新聞部の部室として提供された。されたが――まあ現在の状況が全てを物語っている。


 つまり、リサイクルされて、捨てられた物をもう一度俺がリサイクルしている訳である。主に俺の安息の場所として。これってエコになりませんかね。無駄を一つ排除したんですよ。あ、俺の存在が一番の無駄ってのはなしでお願いします。





 預かっている鍵を使って部屋に入り、すぐ脇に立てかけておいたパイプ椅子をつくる。窓辺に配置してある長机のそばに持っていき、腰を下ろす。




「ふぅ……」




 つい軽く息を吐き出した。別に常に緊張していたとかいうわけではない。それどころか始終気を抜いていると言っても良い。少なくともあれこれ考えながら会話しているような相手の顔色が気になっちゃう子とかよりは相対的には確実にリラックスしている。タイアップしてパンダやクマがマスコットになる、のはないな流石に。今では全く見かけないけど、あれはなんだったんだろうか。




 ただ、クラスの教室に居るよりは落ち着くのは自分自身感じる。あそこに居場所がないから、というのとは、ちょっと違う。そもそも居場所を作る努力をしていないのだから。あの空間において足元が不確かなのは自分自身に由来しているのだから。期待するのも悔やむのも何らかの行動をとったものにだけ許された行いだ。何もしていない人間が、いや違うな。不特定多数の人間に勝手に当てはめるな。そう、何もしていない俺がしても良いような事じゃあない。


 だから相対的に落ち着かない理由は他にある。それはやはり制限の有無だ。それは思考でもあるし、行動でもあるし、言動でもある。




 例えばだが、俺が唐突に好きなアーティストの曲を熱唱したくなったとしても教室ではそれはできない。別段やっても構わないんだが、アイツ何やってんの、気持ち悪いんですけど、と誰かを不愉快な気持ちにさせてしまう可能性が、つまりは非の無い誰かに不利益を与える可能性が高いのだ。


 納得できないならもっと例えを突飛にしよう。いきなり全裸になってブレイクダンスかましながら「のっぴょぴょーん!」と叫び続ける。うん、阿鼻叫喚の様相が容易に想像つくね。生徒指導やカウンセリングで済んだら幸いだ。最悪もっと危ない。


 そこまでの事はしないにせよ、ここでならある程度は制限が緩和される。適当な曲を口ずさむのも、持ち込んだクッションを使って机に横になるのも誰に迷惑がかかる事ではない。現在俺以外に利用される予定の無いこの部屋は、大変勝手ながら簡易的な自分の部屋状態というわけなのだ。




 ゆえにこの空間は高校内で最も落ちつける場所なのである。そうして今日ものんべんだらりと飯をつっつきなんでもないような事をして時間が過ぎる。これが俺の日常で、その事に満足していた。行動に見合ったものとしては十分すぎるものとして。


この平穏なる日常とこれからも共にあるのだと俺は思っていた。





+++





「あの告白の話が学年中に広まってる?」




 その事を聞かされたのはあれから二日後の事だった。


 後手にまわっちゃいましたと弓塚はぼやく。


 いつものように第二資料室で食事をとろうとしていた俺に「連絡事項あり、部室まで」と簡潔な内容のメールが来た。あまり良い予感はしなかったが、弓塚からの連絡は経験上重要なものが多いため無視するわけにもいかなかった。案の定ろくな話ではなかったのだが。




「そいつは何とも……しばらく居心地が悪くなりそうだな」


「そうなんですよね。あんまり望ましい事ではないので。噂される事自体が当事者にとっては大きな負担になりますから……。関わってない事ならともかく、関わっちゃった事でこうなるのは抑えたかったんだけど」




 力不足ですねー、と弓塚は俯いた。こいつが、知ってしまった事をそのままにしてはおけないという難儀な性分を持っているのは大して交流の無い俺にも理解している。


 そんな人間が色々な事を知ってしまえる、依頼されれば知ってしまわなくてはならない調査部の部長をやっているのはどんな因果なのか。俺にはわからない。知ろうとも思わない。




 だが、俺が知るきっかけを作ってしまった問題であんまり困られるのも気分が良いモノではない。柄ではないが、慰めに似た言葉をかける事にした。




「そんな顔するなよ。どうせ、もてない男が調子乗っちゃったってのが脚色された笑い話になって広まってるんだろ」




 その程度ならどうという事は無い。今朝がた時間ぎりぎりに登校した時にこっちを見て含み笑いしているのを何人か見かけたが、そういう理由だったのだろう。しかし広まっている割にはそれほど影響は出ていなかったように思う。実害がなければ俺にとってはそこまで気にする事ではない。




「むしろ笑い話になるように仕向けたのは俺の方だったしな。そうなった方が偽とはいえ告白してきた人間の存在をぼかせるわけだし。俺のやった事で生じた不利益が俺にだけかかるならそれは妥当な事で――」


「違うんですよ」


「違う?」




 かぶりを振って俺の言葉を否定する。


 違うってのは笑い話じゃなくて笑い物にしてやろうという悪意に満ちた内容になっていたとか、そんな違いか。その結果侮られて嫌がらせのターゲットにされるのは面倒だから、確かに話は違ってくる。




「多分、秋里さんが考えている方向性じゃありません。事実に限りなく近く、決定的に異なる話になっています」


「限りなく近くて異なる――おい、まさか」


「そうです。今回広まった話は、美野沢早雪さんが人知れず本当に好きだった相手に告白して振られた――そういう失恋話になってるんです」





 しばしば信憑性のある嘘は何か、という事が語られる。よく知られるのが「8割の事実に2割の嘘を織り込む」というやり方だ。一から十まで嘘を並べたてるよりもよっぽど矛盾や破綻が起き難いからだ。


 この理屈の通り、確かに出来る限り事実を話していれば、ここぞという時に小さな嘘を入れられても事前の知識がない限りはそうそう気付くことはできない。仮に知識があっても、それが相手に誘導された下準備の一環だとしたらなおのこと。


今回のケースもそれに近いと言える。




 美野沢が隣のクラスでほとんど喋った事も、ひょっとしたら認識した事もない俺に告白をしたという事実。一対一で放課後の校舎裏で話していたという事実。確かに校舎裏というのは人目につきにくいが、人目につきにくいというのが知られている場所でもある。


 だからこそ、逆に意識される場所でもあるのだ。そして人目につきにくいだけで、決して誰にも見られないわけでもない。話している内容こそわからずとも、目撃した人間くらいはいただろう。




これで状況証拠は十分。




「美野沢さんも誰が好きだとかそういう事を口にする子じゃありませんでしたし、私の知りうる限りの媒体でそう言う事を発信してた事もありませんでした」


落ち込んでいた事等なかったように毅然とした態度だ。さらりと言ったがこの辺り流石調査部である。高校生が持ちうる範疇のツールはチェック済みですか。主流のSNSアカウントやブログ程度なら全校生徒分網羅していても不思議じゃない。


「私の知っている限り冗談でもそういう話題にのらないような子です。その態度を、勝手な深読みをするなら心に決めた人が居るというように受け取るのも難しくはないでしょう」




 公言していた訳でも友人間で話していた形跡もなかった。別に好きな人がいない位なんの問題もない。当人にとっては、だが。周囲の人間にとっては居てくれた方が良い。なぜなら、そのほうが自然だし面白いから。それだけで、だからその相手は面白ければ誰だって良い。


 むしろ俺のような冴えない見た目な男の方がいいのだろう。都合が良い。盛り上げるのも、話題をつくるのも。




「事実ではありませんが、事実でなくともこの辺りは構わないのでしょう。解釈の仕方だと言ってしまえばそれだけですから」


「気に入らないがその通りだ。噂したり囃したてる人間にとって、それが本当だろうがなんだろうが構わないんだからな。連中にとってはどうなろうが他人事でしかない」


「……痛烈ですね」




 む、いけないけない。いつの間にか語気が荒くなってしまっていたようだ。微妙になった空気をわざとらしい咳払いでごまかす。




「とにかくだ、どれだけ信用できそうであっても嘘は嘘だ。それも迷惑にしかならないような部類のな。さっさと抑えちまった方が良いだろうな。手っ取り早く美野沢さんに全部語ってもらうか? 俺が語ってもいいが」


「あー、いやーどうでしょう。それは難しいと思います」




 歯切れ悪そうに弓塚は答える。提案した側だが、俺もそれには同意見だ。確かに当人の口から出る真実はどんな虚言をも一蹴する。しかるべき立ち位置と有無を言わさぬ力のある人物のそれならば。当事者の方一方である俺はというと、当然それを持ち合わせてはいないので、その言葉に意味も価値もない。


 それにこの場合は他の問題もある。




「わかってて言ったが、やっぱり美野沢さんだけだと厳しいか」


「美野沢さんの言葉だけでは納得させられるだけの力はないでしょうね。否定をしても面白がる人は聞く耳を持たないでしょう。でもそれは彼女の友人たちと一緒になっての行動なら解決できますけど、こちらこそが問題で」




 そう、ここで言う真実は罰ゲームでの事とはいえ他人の純情をもてあそぶような行いを美野沢さんがやってしまったという事実なのだ。あの態度から分かる通り彼女自身は面白がってやった訳ではないのだろう。


 というよりもやりたくないとさえ思っている節があった。俺に問い詰められた時の彼女の表情は、ばれてしまったという怯えよりも、ばれて良かったという安堵のものだった。




 しかし、それを罰ゲームにする辺り彼女の友人らはおそらく違う。性根が、とまでは言わないがその手のろくでもなさを持っている。ここで一緒になって真実を語る事は自分たちの評価に良い結果を残すことはない。


 現状では自分たちに害は及んでいない。ならば、ならばやりはしない。誰だって自分の身は可愛い。そう思う事は一方的に糾弾されるものではない。誰だって、俺だって持っている普遍的な感情の一つなのだから。ただ、そんな在り方が気に入らないだけで。




 色々と口を出してはみたが、わかりきったことばかりで俺の方にはっきりとした対案があるわけでもない。口を閉じているしかない。


弓塚の方も思考が詰まったらしくうんうん唸っている。


現状はどうやら手詰まりらしい。




「これはもう考えてても仕方ないだろ。調査部らしく調査していった方が何か見えてくるんじゃねーの」


そーですねと弓塚は曖昧な表情をして


「やる事は一杯ありますから。どうして学年中に話が広まったのか。事実こそあれ、どうして広まるほどに信用されたのか。経緯や理由は調査の価値があります。それに――」


「それに?」




「先の依頼に関連する事を予防できなかったからここまで勝手に調査しましたが、我が部は依頼人あっての調査活動を行っています。今言ったような事も美野沢さんの意志がなければする訳にはいきません。調査の過程で人のプライベートを勝手に覗くような私たちの行いは到底許されるものではないのです。それでも、それを理解してなお、成すべき目的のために依頼人の意志と我々の覚悟を持って成すのです。どれが欠けてもいけません」


「もう一人の当事者である俺の方の意志は?」


「あれ? ひょっとしてその気はなかったんですか、納得する事が第一のあなたが」




 嫌な聞き方をしてくれるもんだ。ああ、そうだ。どうにもこの一件納得するには難しい事がある気がしてならない。それがなんであれ、関わってしまった事なら納得して終わらせなければ寝覚めが悪い。


 それに、自分が選択した行動の結果だから後悔こそありはしない。だが、その行動によって自分以外の誰かに不利益が及ぶのはなおさらに気分が悪い。それこそ自分がのこのこと呼び出されなければ避けられた事ならばだ。




「……言われずとも依頼するつもりだったさ。しっかし、俺の意志だけじゃ不満かね」


「ええ不満ですよ。なんせ秋里さん友達いないでしょ」


「……関係あんのか」




 ぐさっとくる言葉をさらりと吐くなよ。昔の俺だったら男女関係なく平等に殴りかかってる所だぞ。返り討ちにあって調子こいてごめんなざいっ、と土下座するまでが基本セット。




「大ありですよ。被害のある当事者全員の意思確認はしておかないといけませんから。勝手な事をしないでほしいと思う人だって当然います。その時にはある程度の配慮はしないといけません。調査の過程でその人自身や周囲の人を探るんですから気分の良いモノではないでしょう」


「まあな、俺だって自分の事を探られたりするのを好きにはなれない」


「でしょう。友達の居る人ってのはそれだけでなく、知らなければ良かった友達の一面にも調査によっては踏み込むわけで、それを目の当たりにする覚悟も必要になってくるんです。場合によってはとってもショックでしょうね」




 つまりあれか。秋里さんには友人がいないからそんなリスクはないですよねーって言いたい訳か。


 目で訴えかけると、その通りですとサムズアップを返してきやがった。ねえ、分かってる?


結構お前酷い事言ってるよ。




「心配ご無用です! 用法容量投与先には細心の注意を払ってますので」


「その注意をミクロンほどでも俺に向けてはくれないかね……」


「そんなことはどうでもいいのです! それよりも早速放課後から行動開始です!」




 さっきまでの落ち込みはどこへやら。すっかりやる気を取り戻しているようだ。俺としても沈んでいるのを見るよりはよっぽど気分が良い。




「秋里さんも、お願いする時があるかもしれませんのでよろしく」




 依頼者として頼まれる事もあるのだろう。だが、基本的には出しゃばらない方が吉だ。そういったノウハウも経験も無い人間がやるよりは任せた方が良い。悪い方向に転がってしまうよりはよっぽど。けれど――




「――まあ、出来る事だけ、な」




 自分の意志に則る限り、やる事、やるべき事は成して行く。それが俺の求める納得に近づける道である事を俺は経験上知っている。


 それに、人のうわさも七十五日とされ、自然と消えるのだから放っておけばいいと諭されるが、俺はそうは思わない。少なくともそれだけの間は噂に晒され続けるのだ。


 それを時間が過ぎれば終わると言われて、はいそうですかといくだろうか。俺個人の考えを言えば、そうは思わない。そして、例え七十五日で噂される事がなくなっても、その間に受けた傷はその後も自分自身を苛み続けるのではないか。


 これが俺とは何の関係も無い事態から始まった事ならば頬かむりを決め込んでいられたし、そもそも人づてに聞く事も無いから知らないままだったろう。


 しかし、今知ってしまっているし、自分の行動が一因となっている。ならば俺自身のために、進む以外の道を持ってはいないのだ。




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