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1話


 例えばの話である。学年でもひそかに人気になる容姿を持ち、勉強もできて内気っぽいけど性格も良いという天は何物を与えてんの? という女子生徒から


 「ずっと前から好きでした! 私と付き合って下さい」


 とベタな告白を受けたとしたらあなたならどうするだろうか。場所はなんと驚き。人目に付きにくい高校の校舎裏で、二人っきりだ。




 「オーケーさ!」とさわやかな笑顔でサムズアップしてうける輩はきっと青春を謳歌できる。色んな意味で美少年になれるだろう。


 「願い下げだ」と唾を吐き捨てて表情も変えずにその場を去れる者には、何も言う事はない。そのままのあなたでいてください。痺れて憧れちゃう。


 「いやいや、俺が告白されるとかあり得ないから」なんて言って、俺悟ってますとしれっとした面をしているそこのお前。正しい、正しいがまだ甘い。時には柔軟性が必要だ。




 しかるに、そんなケースがあるとするならば、だ。経験豊富な諸君はすぐにピンとくるだろう。今となっては思春期の自意識をあざ笑う定番となっているアレだ。


 そんな状況下にあってクールな俺の導き出した答えは一つである。


 




 「そんな事より踊りませんか?」


 「ふへ?」





 俺の言葉に眼の前の女子生徒はあっけにとられたのか固まってしまった。淑女をお誘いするようにてんで似合わない優雅なポーズをとりながら言ったんだ。そうでなくては困る。


 夢の中には行ってみたいけど行き方を知らない俺だが、その隙を逃しはしない。ステップを踏みながら軽やかにその女子生徒に近づき、そっと耳打ちした。


 「で、嘘だよなそれ」


 ぴくんと反応したのが少し可愛らしかった。が、やっぱりそうですよね。これで確証はいただいた。


 再びステップを踏みながら彼女と距離をとる。


 同時に視線を走らせ周囲に潜む者はいないかを確認する。近くには人の気配を感じないが、少し距離をとった場所まではわからない。


 わかりやすく頭出してこっち覗いてればわかりやすいんだが、そんな間抜けは居ない。だからこそ、頼んでいた事が役に立つのだがどうだろうか。


 ともあれ今はここでの会話が誰にも聞かれてないという事がわかりさえすれば問題ない。





 顔を女子生徒の方へと戻す。彼女も硬直がとけたようだった。


 「あ、あの秋里君……さっきのは、何?」


 「何ってわからなかったか。古式ゆかりのある礼法にも載っている一般的な女性の誘い方だ、詳しいんだ俺は」


 「絶対違うよねそれ。それに――」


 「――ああ、ちょっとした確認をさせてもらっただけだ。深く気にするな、二年五組の美野沢早雪さん」


 「確、認……」


 繰り返すように言葉を発した後美野沢はおどおどとした様子でうつむいた。それによって髪で目元が隠されてなんだかますます内気っぽい雰囲気を出している。


 とてもこんな事をするようには見えない彼女だが、なぜこうなったかを予想するのは難しくない。隣のクラスのため委員会位でしか接点がなく、そこでも彼女と交流の無い俺にだってわかる。


 「そう、確認。それがとれた以上間違えようがない。ずばり、何かの罰ゲームで無理やりやらされたって所で当たり?」


 「あう、う…………その通り、です」


 ずばり正解だ。こういう状況での俺の正答率は100%。流石は俺、格が違うぜ。他より下って意味で。




 ちなみにこんなにすんなりいったのは初めてだったりする。大抵は「何言ってんのこいつ」という感じで機嫌悪くされたり、無駄に演技続けたりと鬱陶しいタイプが多い。


 その点彼女はかなり良質なタイプと言える。こんな事やっちゃう奴に良し悪しもないという意見もあるだろうが、これを一種のゲームと考えるといい。


 看破されてしまった以上は相手を騙すという目論見においては敗北したのだ。敗北を潔く認められないプレイヤーは良質とはとてもではないが言えない。


 まあ良質だからって性根がどうかは知らないがな。それはともかく。


 「なら話は早い。俺は、それに協力できると思うぜ」


 「――え?」


 美野沢がきょとんとした顔になったところで俺のポケットの携帯が振動した。画面だけ出して操作すると保険が効いたようだ。


 メールの短い文面で『壁に耳なし障子に目なし。報酬をお忘れになりませんように。ではでは』とあった。簡潔だが、充分な内容だ。


 これで確証も得られた。罰ゲームを実行させた連中が出てくる事はない。


 にやっとした顔を向けて俺は言ってやる。


 「嘘の告白の口裏合わせをしてやろうと言ってるんだよ。やったけどバレてしまいました、じゃ美野沢さんの面子が立たないだろ」






 仕掛けられた側が仕掛けた側を気遣う理由があるのか、と人は疑問に思うだろうが、何も相手を思いやっての事ではない。


 もしもこれがのこのこと呼び出し場所に出ていったらわらわらと人が出てきて「本当にきてやんの」「まじうけるー」「真に受けちゃったんだかわいいー」と笑い物にされるパターンだったりしたなら絶対に許さない、絶対にだ。どれだけ時間がかかっても――おっとこれ以上はいけない。


 しかし、どうやらそのパターンではない事は確認できた。そして無理やりやらされちゃった系の女の子がたった一人でどうなるかわからないのに校舎裏で待っていた訳である。




 さらに言うなら、下駄箱に入っていた便せんの文章から嫌な匂いしか感じていなかった癖に来てしまったのは何を隠そうこの俺だ。


 向こうに非があるのは火を見るよりも明らかな事ではあるが、わかってて自分から火の中に飛び込んだ方に無いのかというと勿論ある。


 そもそも自分に良い目がやってくる因果がどこにあったって事になる。なにかそれだけの事をやったのかという話だ。


夢を見るにもそれ相応の行動が不可欠だ。棚ボタもぼたもちを棚の上に用意してくれた誰かの行動あってのものだ。俺にはそんな内助の功をやってくれる良妻賢母役はいない。いないんだよな……。




「どうかした?」


「あーいや、現実という怪物と闘う理論武装をちょっと……。ともかく、大体わかったか」


「えっと、大よその流れは。私の告白に対し秋里君は喜んだけども、断ったという事でいいんだよね」


「ああ、まあそんな感じ。もっとドン引きな発言やリアクションをしたとかでもいいだろうけど、下手にボロを出すよりは良いか」


「そうだね。私あんまり嘘得意じゃないから」


 「まあ上手く使う自信ないならあんまりつくもんでもないからな。そういやちょっと長話になったが、他の奴はどこに居るんだ?」


 さっきの連絡でこの近辺に潜んで居る訳ではない事はわかってはいるが、あんまり時間がたったらたったで待ってる場所からやってくるんじゃなかろうか。


 「あ、私も聞いてはいなかったけど、あんまり時間がかかり過ぎてるようなら様子を見に来るとは言ってたかな。多分教室で待ってるとは思うけど」


 ちょっと不用心じゃないかと思いはしたが、口には出さなかった。ある程度仕掛ける相手も選んでやってはいるんだろうが、何をするかわからないのが人間という者だというに。


 まあ多少意識は持ってるみたいだからそこまで友達を思って無いわけではないのだろうけども。




 「じゃあまあ、あれだ。もうそろそろ行った方が良いだろう。怪しまれるのもうまくない」


 「うん、そうだね――あのさ」


 「ん?」


 そう言って美野沢は口ごもった。


 何だというのだろうか。行くなら早く行くべきだ。


 「どうして秋里君はここまでしてくれるの?」


 「なんで……」


 「だって、私は騙そうとしてたんだよ。なのに私の立場とか考えてくれたり――普通はそんなことしないで、ただ怒ったりするんじゃないかな」


 「うーん、まあ普通はそうなんだろうが――つまりは俺は普通ではないのだろうが、ある意味普通の目的でやってる。つまりは自己満足のためって訳だ」


 自己満足と言われてもぴんとはこなかったのか美野沢は首をかしげた。


 もっともである。これはあまりに俺の個人的すぎる事だ。


 「いやまあ、ここに来たのは俺の選択な訳だ。よくない事が起きるのも覚悟してきた以上、予想の範疇なら怒る必要もない。で、その選択の結果が出来得る限り多くの人にとって悪いものになっては欲しくない、とかそういう感じの自己満足。美野沢さんが気にしなくても良い事だ」




 来ない事も選べた。しかし、その結果無理やり何かをさせられた誰かが待ちぼうけを喰らうというのもあまり気分の良い事ではなかった。どこまでも――本当にどこまでも、ただの自己満足である。


 「そう……なんだ。わからないけど――わかった。なら、私は、その、こうするべきだと思う」


 申し訳なさそうにしている表情を引き締めて彼女は俺に正面から向き合うと勢いよく頭を下げた。


 「ごめんなさい――――本当に、本当にすいませんでした」


 深く、深く下げられたそれはなんだか俺の心をいたたまれないものにしたので、少し注文を付けさせてもらうことにした。


 「あーその、顔上げてくれ。謝罪もありがたいんだけど、俺としては一つだけ約束をしてもらえればそれでいいんだ」


 「約束、ってどんな?」


 美野沢は言った通りに顔を上げて聞いてきた。


 これから俺が口にする事はちょっとした考えの押しつけだ。だけど、俺の根幹としてあるものだ。


 だから謝罪を受けるよりもよっぽどありがたい事である。




 「非の無い誰かに一方的に不利益を与えるような事はやめてくれ。今回は俺で、全部了解した上で来たからそうではなかったけど、もしも俺じゃなかったなら許せる行いではなかっただろう。それさえ守ってもらえたら満足だ。そして、もしも守れなかったならば、その責任はしっかりとってくれ」


それは、これから先も俺が許せそうにない行いだから。誰かにしてほしくもない。


 俺の言葉に何を感じたのかわからないが美野沢は申し訳なさそうな顔をやわらげて、


 「……そっか。うん、私もそんな事はしたくない。わかった、守ってみせるよ秋里君」


 ほがらかな笑顔。決して陰の無いそれではないが、それでも人の心に残るそんな表情だった。ひそかに人気がある理由がよりはっきりとわかった気がする。ここに居るのが俺でなければ、そいつもその一員になっていた事だろう。俺はその表情を見ながら内心で納得していた


それじゃあ、ともう一度頭を下げて去っていく美野沢を見送った。俺は携帯で時刻を確認し、思ったよりも時間が過ぎていた事を確認すると思いっきり背伸びをした。やはり女子と会話をするのはなんだかんだで緊張する。可愛いが付けば尚更だ。知らずに力が入っていたようだった。それも仕方ないねと独りごちる。


 壁に立てかけておいた鞄を拾い、自分もまたその場を離れる。少し遠くから野球部の掛け声がまだまだ元気よく響いてきた。


 願わくはこれからも納得のいく人生を。沈みかけの夕陽を横目にしながら俺はそう思い、家路に着いた。


 これからまた不本意なる出来事がやってくるのも知らずに。




お読みいただき誠にありがとうございます。


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