閑話・猫真緋嶺の白昼夢(7)
店を出ると、街の騒がしい空気が緋嶺を再び包み込んだ。
柔らかく吹く風に拾い上げられたアスファルトの匂いが、周囲の様々な匂いに交じって鼻腔に届き、道を行き交う人や自転車、自動車の足音達が鋭敏な耳を撫で去って行く。
未だ見慣れない日常の景色。人。
少女の赤い瞳は、流れゆく世界をぼんやりと見つめていた。
情報過多に目が回りそうな感覚は新鮮で、やはり落ち着かない。
人ならざるこの容姿が、いつ衆目に晒されるのか分からないという不安もあった。
例えるならば、まるで丸腰のまま荒野へ置き去りにされたような気分である。
けれど、自由だ。
【魔術師】としての役目も、猫真家の人間としての責務も、ここには何もない。
緋嶺は微笑んだ。
「もう少し、遊んでおくんでしたね」
見上げれば日はまだ高い位置にあった。
まだ、あれから数時間しか経っていないのだ。
「?どうした?」
背後から声をかけた悟へ振り向くと、少年がこちらを不思議そうな目で見つめていた。
「いえ、何でもありませんよ。先輩」
「そっか」
「えぇ。調査も捗りましたし、それでは私はこれで。先輩も気を付けて――」
緋嶺は途中で口を止めた。
ふわり。少女の鼻を一つの匂いが掠め、空気へ溶けるように消えて行った。
それは常人も、【魔術師】にさえ嗅ぎ分けられない、緋嶺にだけ感じる事の出来る香り。魔力の香り。
「――【魔術師】?」
緋嶺は無意識に呟いた。
即座に匂いのした方を見ると、隣の横断歩道で佇む人影があった。
周囲には、他に誰もいない。
信号が青になる。緋嶺は道路を渡る【魔術師】を目で追っていく。
が、追えたのは、途中で店に入るところだった。
――見失った……。ですが、あんな場所へどうして。
いずれにしても、黙って見過ごす事は出来ない。
【魔術師】、性別は背格好や歩き方から見て恐らく男。
それ以外に情報は何もないが、こんな日中に、しかも一般人の店に【魔術師】が何の用があるというのだ。
無論確証はない。ただ、嫌な予感がした。
「?おぉ、ゲーセンか」
「え?」
「あぁいや、ずっとそっち見てるから、興味あんのかなって」
「私は別に……いえ、先輩、やっぱりもう少しだけ付き合ってもらえますか?ちょっと、あそこに行ってみたいです」
下手に【魔術師】の存在を伝えて、彼が首を突っ込むのは不味い。
かといって、何も言わずに一人でゲームセンターへ向かっても怪しまれるだけ。
隙を見て一人になってから、あの【魔術師】を探すしかないだろう。
文月です。
またかなり投稿間隔が空いてしまいました、申し訳ございませんっ。
ちょっと忙しかったり、体調崩したり……色々ありまして。もう一個の連載に気を取られていた、というのもありますが。
うーん、同時連載してる方はホント凄い……。
何はともあれ、頑張って書いていこうかと思います。
次回もお楽しみに!




