閑話・猫真緋嶺の白昼夢(4)
お待たせ!
「はぁー、助かった。いや、あそこで庇ってくんなかったら、絶対見つかってた。ありがとな、えっと……」
「猫真。猫真緋嶺ですよ、先輩」
先程のベンチで緋嶺の隣に座る少年は、一言で言って変わっていた。
猫真家といえば、それなりに名の通ったの家である。
【魔術師】としての能力・実績が共に高いだけでない。
家系図を広げれば、初代から辿って緋嶺に行き着くまでには、少々鬱陶しいなと感じるだけの時間を要するくらいには歴史がある。
何より、頭の猫の耳は猫真を象徴する特徴だった。
これを見れば、大抵は名乗らずとも、緋嶺がどこに属する人間であるか向こうが察するのである。
が、しかしだ。
どうにも知り合った少年は、猫真の名を知らない風だった。
「先輩?ってことは、ここの生徒か」
「その予定なので、便宜上そう呼ぶべきかと」
「な、なるほど。まさか、コスプレにゃんこが後輩になるとはな」
「私は別に、猫ではないのですが。魔術の副作用といいますか、それでこうなっているだけです。あとコスプレって何ですか」
「えっ、それマジの猫耳なんですか!すげぇですっ。俺ちょっと感動したぞ、魔法学院」
相手がどの家の人間かという事よりも、そんなどうでもいい話の方が重要だったのか、少年は感極まった表情を見せた。
【魔術師】らしくない【魔術師】だ、というのが少女の彼に対する最初の印象であった。
いや、あるいは本物の変人だろうか。
「で、先輩の名前は?」
別に全ての術師の家名を覚えている訳ではないが、全く身に覚えがない少年だ。
緋嶺は深紅の瞳を彼に向け、上目遣いで尋ねた。
「あぁ、そうだ自己紹介。俺は和灘悟。第一位階――最弱者の【魔術師】だ」
「第一位階!?って、あの噂の、……そうですか、先輩が。道理で」
「道理でって何だよ、おい」
緋嶺は若干の呆れすら浮かんだ眼差しで悟を見た。
魔術の世界には位階が存在する。
位階の数字が増える度に、高位の称号が【魔術師】には与えられるのだ。
その中には、ただ一人にだけ与えられるものもある。
第九位階の魔法帝、第十位階の賢者。
世界最高クラスの実力者を示す証だ。
しかし、それらが最上位の【魔術師】の象徴であるならば、最弱者はその逆。
無能に押される烙印だ。
この数百年間、誰にも与えられなかった最低最悪の称号。
確かに、悟から感じられる魔力は極端に少なく、まるで空気のようだ。酷く曖昧としている。
普通はここまで距離が近ければ、感覚を研ぎ澄ませずとも、明確に相手から漂う魔力を感知可能なはずなのだが。
こんな人間、今まで見た事がない。
「まぁ、先輩が世界一可哀そうな【魔術師】だという話は、この際どうでもいいとして……。先輩、隣町の土地勘はありますか?」
「?なんだよ、藪から棒に。そりゃあ、家はそっち方面だし詳しいけど。――まさか、案内しろと?」
「何の見返りもなく誰かを助けるだなんて、英雄じゃないんですから当然でしょう。少し用事がありまして、丁度良かったです」
「【魔術師】らしい立派な考え方だコト……。まぁ、お礼はしたかったし、夕方までなら」
これで町の魔術絡みの調査が出来る。
ネネもいないから、彼女の過保護で妨害を受けるなんて心配もないだろう。
僥倖だ。
緋嶺はベンチから腰を上げると、悟へ振り向いた。
「さて。そうとなれば、さっそく行きましょうか。ね、先輩」
◆◇◆◇◆◇◆
学院から件の町までは、そこそこに距離がある。
とはいえ、それは徒歩や自転車での話。
電車という人類の叡智の結晶を使えば、一瞬で着いてしまう。
改札を出て階段を下ると、そこはもう緋嶺が見た事のない世界だ。
知らない背の高い建物に、知らない道。
普段目にするのとは少し違った喧噪。
匂いも違う気がする。
何だか落ち着かなくて、いつもより周囲の視線が気になる。
緋嶺は頭の赤いベレー帽のつばに手を伸ばし、より深く被った。
「さて、着いたはいいものの、左に進むか右に進むか。普段なら直感に従うのですが、先輩はどう思います?」
「どうって、なぁ。そもそもここに何の用があるのか、まだ全然聞いてないんだが」
「あぁ、そういえばまだでしたか。……私も詳しくは聞かされていないのですが、どうにもこの辺りで一般人による悪魔召喚の事件が多発しているそうなんです。召喚方法を広めている犯人は分かりませんが、確実に【魔術師】は関わっています。今回はその調査に」
一応、この件に潜む黒幕には心当たりがあるけれど、決めつけるには証拠が足りない。
無闇に言いふらすのもどうかと思うし、そもそも緋嶺は悟を案内人として連れて来たのだ。
わざわざ伝えて、巻き込んでも邪魔になるだけ。
万が一戦闘になったら、最弱者では敵に太刀打ち出来ないだろうから、その時は上手く逃がすつもりだった。
「なるほど、悪魔召喚か」
悟は顎の辺りに右手をやり、考える素振りを見せる。
何かのスイッチを入れてしまったのだろうか、突然黙り込んで表情は真剣そのものだ。
そして暫く思案顔を続けた後、顔を上げ、釣り上がりがちな双眸を緋嶺に向けた。
同時に、いかにも自信有り気な笑みを湛えながら。
「一つだけ思い付いた。そこで良かったら案内出来るけど、どうする?」
右も左も分からない緋嶺が、悟の提案に乗らない理由は一つもない。
ただ、眼前の少年の言葉を完全に信じている訳ではない。
半信半疑の中、連れて来られた場所は、人一人がやっと通れそうな細い路地裏だった。
まだ太陽は高い位置にあるというのに、左右の建物同士の屋根に陽光が遮られて薄暗い。
ともすれば、あまり近づきたくないような気味悪さもある。
「何ですかここ。まさか、こんな場所に誘き寄せて、私を襲うつもりですか。無理ですってやめましょう先輩、勝てませんよ?」
「安心しろ、知ってる。つーか、後輩に、んな馬鹿な真似するかよ」
「では、ここが先輩の言った心当たりのある場所ですか?」
とてもそうは見えない。
掃除はされていないけれど、ごみが落ちている様子はない。
ただ、当然汚れは多少あって、見た目通り人の行き来が頻繁にあるような場所ではなかった。
「【魔術師】の移動手段として、【魔術師協会】が全国各地に転移魔法陣を設置してるのは知ってるよな?」
「えぇ、はい。私もたまに使いますが、もしかしてここもそうだと?こんな近くにあるなら、私の耳にも入っているはずですが、聞いた事もないです」
「だろうな、何せほとんど使われてねぇらしいし。昔、俺の担任のドS教師が言ってた話だと、確かもう半世紀くらい使用されてなくて、【魔術師協会】の連中すら把握してないんだとか。で、今は【魔術師】の違法行為の巣窟になってるってさ」
「報告はしていないんですか?」
「『そんな事したら、犯罪の裏で暗躍してるお馬鹿さんの尻尾を掴んで、引き釣り出せないじゃないの~』って返されるぞ。一部の人間には知らせてるらしいけど、基本秘密。……俺が教えたって言うなよ、にゃんこ後輩」
「安心して下さい、私結構口は堅いですから」
まぁ、余計な事をして、わざわざ他の【魔術師】の不興を買う必要もないだろう。
緋嶺としては、この悪魔召喚事件さえ片付けられればどうだっていいのだから。
「それで、先輩は今回の件もここで起きている可能性があると」
「そう睨むね、俺は」
確かに、その可能性は十分あり得る。
ネネや【魔術師協会】が探しても、悪魔の召喚方法の出所が中々判明していないのが現状だ。
悟の話が本当ならば道理は通っているし、彼の読みが正しいかはこれから判断するしかないが。
「でしたら、相応に警戒して進みますか」
文月です。
何とか宣言通り2月中に投稿出来ました。まさかの月末になってしまったのは、本当申し訳ないです。
とはいえ、いい感じに話が進んで来ていて、ちょっと安心しています。
面白くなってきたぁ!こっからやねん、文月が書きたい事は!!
そうそう、それでいいますと、連載の『アンデット・ゲームズ・メモリー』の2章も後半を過ぎ、いよいよ佳境に。
魔眼の方の連載は基本結構遅いので、まだ読んでいない方は、暇つぶしにそちらをどうぞ(平均評価の数字だけは、ありがたい事にこれまでの連載作で№.1です)。
確か代表作設定にしているので、見つけやすいと思います。
次回は3月の投稿になると思います。
最後に、
本作を面白いと感じられましたら、
★評価、ブックマーク、感想など……頂ければ嬉しく思います。
《完了》
【追記・2024/3/25日】
文月です。
次の投稿は3月末にします。




