第48話・猫耳少女の願い事(2)
緋嶺の声、それ自体はしっかりと耳に届いた。
しかし、耳が拾った言葉の意味を、未だに頭が処理出来ずにいた。
「そこまで驚く事ないじゃないですか、先輩。まぁ、【魔術師】も子孫繁栄だとか後継だとかの話には躍起になるので、結構ありがちな話ですよ。それにほら、私の家ってそこそこ有名ですから、ない訳のない話といいますか……」
膝を両腕で抱き寄せ、悟の方へ首を傾げるように顔を向けると、緋嶺はつまらないような表情でそう続けた。
ようやく彼女の話に追い付いた悟は、確かに【魔術師】らしいな、と思いつつ溜息を吐いた。
「相手は?」
「決まってません。というより、決めてないです。一応、候補はいくつか出てるんですけどね……私の意思は反映されてませんから」
「月並みな返答になるけどよ……嫌なら、親御さんに話してなかった話にする、ってのはどうだ」
「いえいえ、なるほどぉ。確かに普通ですけど、それは妙案という奴ですね。ちなみに、妙案過ぎるから、そうやって強引に避け続けて、それで今回はそのツケが回って来た感じなんですよね。それでも大丈夫だと思いますか、先輩?」
「ごめん、俺が悪かったです。だから、そんな遠回しに言わねぇでハッキリ「無理です」って言ってくれ頼む……」
参ったなぁ、と思いつつ、悟は緋嶺から受け取ったペットボトルの口に唇を近づけると、中身を軽く呷った。
そうしている間に何か案が勝手に出てくれる事を願いながら。
無論、無駄だったが。
――さて、どうするか……。
相談しようようにも、ノウズはこの話になってから直ぐに姿を消した。気を遣ったとでもいうのか、呼びかけにも応じない。
「……」
「それと、見捨てるという選択肢はありませんからね?」
「んだよ、藪から棒に。言われなくても、ちゃんと最後まで付き合うっての、この心配性」
「心配性じゃないです。でも……そうですか、良かったです。先輩も婚約者候補の内の一人ですから」
「は、はい……………………?」
悟の思考が、再び止まった。
手に持っていたペットボトルを思わず放してしまい、緩やかな坂を転がった。
飲みかけのスポーツ飲料水が、容器から撒き散らすように零れ、地面に染みていく。
「な、何で俺?」
「先輩が魔眼の所有者だからですよ。早い人なら、その力を求めてそろそろ先輩に接触して来ると思いますけど」
「……ぁあ」
緋嶺の指摘に思い当たる節はあった。
城谷白、あの少年がそうだろう。
「【魔術師】は魔術の探究に貪欲ですからねぇ、程度には差はありますが」
「それは、まぁ……否定出来ねぇな俺も。――って、あ、もしかして俺今、誘われてんのか!馬鹿な、婚約だぞ?お、おい運命、どういうこった。予定が10年近く前倒しになってんだけどッ」
「いえ、違います」
「……」
ただの早とちりだった。
固まる悟の様子を呆れた目で見る緋嶺は、盛大に溜息を零した。
「しっかりしてください。このままだと先輩を道連れに、本当に結婚までいきますよ私?」
「え、それは、いや、悪くないのか?ふっ、ついに来た、俺のモテ期」
「決め顔でくだらない事言わないでもらえると助かります」
「すまん、ちょっと調子に乗り過ぎた」
「……いえ、それは別にそこまで気にしてないです。でも、自分で決めない婚約や結婚は、出来ればしたくないんですよ」
そう呟くように言った緋嶺の横顔は、珍しく少し曇っていた。
いつもなら、飄々とした態度を崩さないでいるというのに。今日は久しぶりに違った。
不意に、彼女の指先がこちらに伸び、ジャージ袖をちょんと摘まんだ。
そうして、緋色の瞳が悟へ向くと、こちらの目を上目遣いに見た。
何か言おうして緋嶺は言い淀み、視線は直ぐ背けられる。
――少しの間を置いて、緋嶺は頼りない声で言った。
「だから、その……何とかしてください、先輩」
きっと、相談など建前で、本当はこの一言だけ言いたかったのだろう。確かめた訳でもないのに、悟はそう確信した。
「だったら、俺が婚約話に食いついて来た……って事にしちまえばいいな」
「えっ?」
「要は高位の【魔術師】だとかを、自分の勢力に引っ張って来たいんだろ」
「あ、はい。端的に言えば」
「なら、相手がそっちに行きたがってれば、別に今すぐ婚約する必要はないって訳だ。まぁ、途中で話がなかった事になるのが怖ぇから、婚約とか何かしらの約束が欲しいんだろうけどよ。――そういうフリするんなら、んな心配はしなくていいだろ?」
「……つまり、付き合っているフリをする、って事ですか?」
「駄目なら、もうちょっと知恵絞る」
幸いにも、悟には魔眼の力がある。一秒で万秒分の思考をするなど容易い。
が、緋嶺の反応は意外なものだった。
「分かりました。お願いしますね、先輩」
いつもの悪戯っぽい笑みを浮かべ彼女はそう言った。
「いいよ、落第しなくて済んだ礼もあるしさ」
「そうですか……そうですね。なら、定期的にデートとかしないと。お金は先輩が出してください」
「何故金がかかるのが前提!?てか、経費俺持ちかよ!いやまぁ、バイトも始めたしいいけどさぁ」
「ふふっ、では決まりですね」
「わーったよ……」
心なしかいつもより上機嫌な気もするが、先程までの雰囲気よりマシか。
溜息交じりに答えながらも、悟はそう思った。
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